Eve of War
「大変だ!!オーク共が...オーク共が、この街に向けて!」
ぼろぼろの男が、飛び込んできていきなりそう言い放った時、俺はひどく落ち着いていた。
ああやっぱり。
ああいうセリフは...というか、ここまでご丁寧にフラグを立てておいてこうならない訳が無かろうて。
呑気している俺を他所に、ギルド内の空気が凍り付く。
「じ...事前情報だと...数百匹...でしたっけ」
表情が急速に冷えたヤンが恐る恐る、男に問う。
「数百?ああそうか。字の上じゃ間違っちゃないな。でもアレは百や二百じゃない...!千に届いてなくてよかったってレベルだぞ!」
吐き捨てるように...恐らくは本人が見てきたであろう光景と、己より前に偵察したモノへの呪詛を答えとばかりに口にする。
ざわり、とギルドが震えた。
...ええと。
「II級が千匹...?」
ヤンが呆然と呟く。ああ、オークはII級なのね。
男は近く、走り寄ってきた別の受付嬢から水を貰い、漸く落ち着いたと言った風に溜息を吐いて。
「それじゃ済まないぞ。確認できただけで豚頭将軍が12、豚頭魔術師が一部隊級、豚頭呪術師も混じってるだろうな。それ以外にも”役職持ち”だらけ...オマケの豚の王だ。II級、III級の混成軍。プラスIV級の頭領。それが...帰還までの時間を考慮すると、あと十日ちょいの所まで来てる」
ざわざわ。冒険者たちが俄かに騒ぎ出した。
「想定の三倍以上...!?流石にムズイぞこりゃ」
「どうせいつもの過少報告とは思ってたけどさぁ...」
「逃げる?」
「逃げるッつってもよォ」
「今回は”大発生”だし、領主軍も出てくるでしょ?」
「豚どもの襲来まで十日ちょいだろ?主力が来るまでは一日二日は常備軍+俺等で耐える必要があるぜ。冒険者は軍どもよか足が速いが...他の街で備えてる連中も駆けつけるのには時間がかかる。これて半分...かね」
「うーんめんどくさい」
「魔物の方が軍勢としての機動力は上だからな...何しろ飯を炊く時間も、寝る時間もねえ。対するこっちは騎馬部隊っつってもな」
「だからと言って住民避難はムリだな」
「まあ間違いなく追い付かれッからな」
流石有事だというのにギルドに居た連中だ。想定外の事態に喚くでもなく計画を立てていく。
「幸いここにゃ一応だが石造りの街壁がある。”マステーラ小街”よりかはマシな防衛戦が出来る」
「この街に引き付けて、ありったけの矢とか集めて、ってかんじね。大きくは事前に準備してた作戦と変わりなし」
一体何処にいたのか、と言うくらいの人が出てきて、次々と話し合いに加わっていく。騒がしさも比例して上昇していく。だが、とある女の一言が、ギルドを再度静寂に陥れた。
「...ねえ、いくら何でも近すぎない?」
言葉を放ったのは、いかにも魔女といった...現代にやったら痴女といわれそうな恰好をした女だった。
一気に注目を浴びた彼女は少しばかり慌てた様子で言葉を続ける。
「だってそうじゃない?前の偵察では少なくとも、どの街に来るか分からない程度には遠くに居たんでしょう?...それが、二度目の偵察で急に?」
「....確かにそうだ」
ぼそり、と偵察帰りの男が同意する。
「思ったより遭遇が大分早い、とは思った。森の中故に距離感を見誤ったのかと思ったが...あともう一日もすれば仲間たちも帰還する筈。確かめてみるしかないか...」
「待てよ」
大柄な、これまた如何にも格闘家です、と言った風貌の男が偵察に詰め寄る。
「ってことは、もっと早まるかもしれねぇってことか?」
「...ああ」
びしり、と格闘家(仮)の男が...いや、ギルドに居た全員が固まる。
「...だがなぜ...!?」
格闘家の疑問に答えたのは、先ほどの魔術師だった。
「...魔術師や呪術師がぽんぽんいる様な規模の軍勢を創れるキングなら...ありうる」
「...ぐ、軍団魔術...か?」
「ええ。...多分、過去の事例からしても...最下級の身体強化...移動力を引き上げるくらいのモノでしょうけど」
こくり、と魔術師が頷く。
「そんな...大国ですら殆ど使えない大魔術だぞ!?それが本当なら軍団全体の危険度はIV級じゃすまない!」
軍団魔術、か。
現世でも戦争における重要なファクターの一つだったソレ。最下級クラスというと≪迅速な進撃≫あたりだろうか。ミリオタ要素を少しは齧った事のある俺からすれば、正直お粗末だ。最低限≪電撃作戦≫、いや、≪浮団行軍≫は欲しい。だがまあ、剣と槍が主武装の時代にそんなものがある訳もないか。軍団魔術自体が珍しそうだし。
「戦うに辺り影響のある軍団魔術を引っ提げてこないことを祈るしかないな」
偵察の男がぼやく。
再度俄かにざわつき始める中、俺は少し前に出て、ぴしりと...まるで学生かの様に手を上げた。
「...あ?」
「ええと...さっきの新入り君かしら。ごめんなさいね、急に。...何か質問でも?」
俺に見覚えが無かった偵察に代わり、魔術師が話題を引き継ぐ。
「軍団魔術、過去の事例ってのは、≪迅速な進撃≫であってる...か?」
名前が違う可能性はあるが、というか言語が違う以上固有名詞も変遷しているはずだが、そこらへんは女神のインチキ翻訳に賭けよう。
「...ええ。良く知ってる...わね?軍団魔術の魔術名は基本的に機密だと思うのだけど...」
おっと、思ったより偉い相手らしいな。機密扱いを知ってるのか。
「...なら。≪迅速な進撃≫が使えるのなら、≪嵐の歩兵≫を数分なら使える可能性がある」
言うと、魔術師は絶句し、ついで急速に、必死に思考を始めた。
「なんで知ってるのか、と言ってる場合じゃないわね。ええと...確か...」
「≪迅速な進撃≫は風系の身体強化魔術。あくまで動作速度を少し上げる効果しかないが、それを全身に適用できれば戦闘能力は...無視できない程度には向上する。原理自体は”全く”同じものだ。...魔物の思考回路なんざ知らんが」
すらすらと基本事項について説明する。ミリオタ的嗜好だけでなく、宇宙進出に使えるんじゃないかと言うことでそっちの研究も少ししていたからな。あまり良い結果は得られなかったが、詳しいことは詳しいのだ。
「ほんと何者...?ありうる。としか。確かに過去の事件では最初の数分にやたらと被害規模が多いと記されていた。完全に同系統の魔術である以上、ぶっちゃけ見分けは付かなかった可能性が高い。...となると」
まずい、と言う言葉は紡がれなかった。全員が分っているからだ。
「集められている冒険者は殆どがオーク数匹に太刀打ちできる程度だ...。想定三倍だけでやべえのに、一体一体が強くなる、だと?崩れるぞ...!」
「壁で防ぐにも限度はある。防衛部隊の機能は必須。...ダメもとで聞くが、どれぐらい強化されるか分かるか、小僧」
小僧じゃないやい。多分お前より年上だぞ。
「10%。あらゆる行動が10%高速化する」
即座に答えると、全員の顔色が悪くなる。
「最下級でそれかよ...!II級の殆どの支援師は数人に4%の身体強化付けるのがやっとなんだぞ!」
「いや、新入りが何で知ってるんだ、俺でも軍団魔術の情報は微塵も...」
「嘘だって言いたいのか?シーターのやつがあの表情で固まってるんだぞ」
「元ヘルヴィス公国の筆頭魔術師だった女だ。この手の情報で間違いがあったら即訂正が返ってくるはず」
「マジってことか...」
シーターとかいうこの魔術師、一国家の筆頭を張ってたのか。そりゃ凄い。
「ええと...シーター...さんは...」
「魔術系VIII級よ。実質は...IXに届くか届かないかってくらいかしら。あとシーターで良いわ、大型新人君。変に固くなることもないわ」
「俺もアステリオス...アッシュって呼んでくれ。あんたなら軍団魔術は使えるか?」
「無理に決まってるでしょ。アレは一人で発動するモノじゃないわ。発動起点になら...なれるかもしれないけど。下手したらいまここにいる魔術師や支援師のほぼすべてを動員する必要がある。他にも仕事があるってのに現実的じゃなさすぎる」
と、言うことは。
「っつーと、セオリーとしちゃあ、妨害か、それとも基点の破壊か」
軍団魔術は発動に難く、維持に易い。常識だ。安定感がある。だが、一部妨害が可能な事例があるのと、あとはシンプルに発動してる物や人をぶっ飛ばせば途切れる。どちらにしても基点にある程度近づく必要があるのが難点か。
宇宙空間用に作った事のある安定化式を使われていると、例え基点が破壊されても暫く残留する。そうなるときついが...
大量の人にビビったらしく、隅の方で縮こまっているリリムに視線を向ける。首を振った。
察しが良くて助かる。
「そう...ね。軍団魔術の維持には相当な集中力を必要とする、小石の一つでも当てられれば、意外と解けるかも...」
...あれ、安定感 is どこ?
「...安定するんじゃないのか?」
「何言ってるのよ。...まさか使えるとか言わないわよね?」
「調整なら出来んこともないが魔力が足らん。Vll級じゃな」
足りない魔力量は半分じゃ効かない。
「IXある私でも使えないしそりゃそうよね。...え、調整できるの?」
?当然だろう?自分でも一度宇宙に行った事はあるんだ。軍勢魔術よりやっやこしい魔術の調整だろうと出来なきゃ死ぬぜ。...ああいや、そう言えば死なないんだったな。
「マジ何者?...ええと。あなたの常識は知らないけど、特に魔物は魔術に安定感がないのよ。≪火花≫とかでもわりと妨害は出来るわ。その分身体能力で無理やり放ってくるけど」
成程。
「んじゃあ暗殺か」
「...本気?」
一斉に可哀そうなモノを見る目を向けられる。酷ない?
「要するに、ぶっ殺せなくても、軍団に突っ込んで一発小突いてくりゃ良いんだろ。軍団魔術はイチから構築しようとしたらアホほど時間かかるし、最悪でも一日に一度くらいの頻度で小突きに行きゃいい」
「いや、無理でしょ。それならまともに殺しに行った方が良いくらいの偉業よ、それ。少なくとも私には無理。そしてこのギルド内で一番強いのも今は私よ。...これは断言するわ。そしてもう一度言うけど、無理」
誰も反論しないのを見るに事実なのだろう、現状このギルド最強の女はムリと断定する。
だが。
「俺なら可能だ。なんなら手ぶらでも行ける」
はあ!?と複数人が驚愕の声を上げる。
「な訳ないでしょ!?」
シーターが語気を強めるが、俺は取り合わない。
何せ死なないのだ。
ぶん殴って帰ってくるくらいは楽勝だ。
「俺に非策アリ、だ。どうせまともな対処法は無いんだろ?」
「対処法が確立されてたら大国が切り札にするわけないでしょ。...ギルド所属一日目の。まだ武器も持ってなさそうな新人をどう信じればいいのか、とは言いたいけどね?」
ふむ。まあ、そうだろうな。俺も転移二日目でこんなことになるとは流石に思ってなかったし。
「...あー、魔術知識が証明にはならないか?」
「ならないわね。ってか余計怪しいわよ。あと何となくだけど実践経験はないでしょ?」
ないっすね。良く分かるな。
「例え楽勝だとしても実践を経た者は多少の緊張感は常に持つモノよ。あなたにはそれが感じられなさすぎる」
...まあ、反論はしない。例え死なずとも、ってこともあるしな。緊張感はもっておかねばならんか。
つっても俺、そもそも軍人でもないしなぁ。ちょっと腕っぷしが強いくらいの一般人だ。
「...どうすればいい?」
「...せめて模擬戦でもしてもらおうかしら」
おっと、テンプレって感じだな。
「お相手は?」
「当然私よ。大丈夫。万一にも殺さないから」
...どうしよっかな。ぶっちゃけ俺より強そう。
...
.....
「よ、っと」
冒険者ギルド特設リング。
強力な魔術師の模擬戦と言うことで強化魔術やらで囲まれた...冒険者ギルド裏のただの空き地である。
どうも多少なりとも荒くれやら飲んだくれやらがうろつくことがあるとあっては土地が売れないらしい。南無。
「魔導発動媒体は持ってるのかしら?」
既に足を踏み入れ、俺を待っていたシーターが問うてくる。
「問題ない」
なんなら置いて来ることも出来ないんでね。心臓の代わりに埋まってるし。
「...えーと、アッシュ君?」
うおっ。
こっそりと寄ってきていたらしいリリムに話しかけられて飛び上がる。
「リリムか。...お前人見知り過ぎないか?」
「内弁慶の根暗陰キャだもん。自覚はしてるよ...」
お、おう。
まあいいや。性質ばかりはどうしようもない。
「...あー、これでやることはあってるか?」
一応聞いておく。正直、俺には選択肢が三つあった。
一つはこの街で戦うこと。かつ、”完璧な”勝利を目指すこと。
二つはこの街で戦い、撤退を目算に入れる事。
三つはさっさと尻尾巻いて逃げる事。
「うん、合ってる。...それから言えば、多分だけど、君の作戦が最善」
頼りないが神のお墨付きか。ラッキーだな。
...死なないのをいいことにして鉄砲玉をやる、なんてアホな作戦に最善もクソもないだろうが。
俺は...無条件で人助けする程お人好しかと言われるとそうじゃない、と思う。
所詮、死なない...いや、違うか。死んでも治るだけの、中身は只の一般人。見知らぬ人のために痛い思いをしたいか?俺はそうではない。と言うだけだ。
だが。所詮は只の一般人だ。べつに、訪れた街で、他人が大量に死ぬのを無関係と切って捨てる程気はまだでかくもない。
後は女神のお墨付きをもらえるというのなら...少しくらいは、やってやろうじゃないか。
「...あまりイチャイチャされると困るのだけれど?」
巨大な帽子であまり表情は見えないが、それでも”イラッ☆”、という文字が見得そうなシーターがぼやく。ま、時間はないからな。
「...妬むなよ、独り身か?」
「...、おーけ、ぶっとばす」
おっと効き過ぎた。なんあらギャラリーの面々、それも多方面から殺意の視線を受けて苦笑いを一つ。
ははは、俺からすりゃオツキアイ二日目なんだよな。イキり過ぎても碌な事にはならんか。
何処か怒気をにじませたヤンが手を空へと掲げる。
...ああ、うん。彼氏いないのね...。
「始めますよ~」
後で謝ろう。
大体の戦術は立てた。ぶっちゃけリリムにもう少し情報を聞いておきたいところだったが。今の時代に使われている魔法についてとか。しかし時間がなかったのだからしょうがない。自分の武器を振るうしかなかろ。
「3、2、1、ファイト!」
何処か気の抜けた宣言と共に、即座にシーターが魔法をぶっ放す。
「まずは小手調べ!≪ファイアバレット≫!」
いつの間にか握られていた長大な木の長杖から7発の炎の弾丸が放たれる。現代の教科書通りなら基礎の攻撃魔術。
だがしかし、結構な魔力を感じる。
ゆっくりとした弾速は、対処の時間を与えるためか、それとも威力向上の引き換えか。
いやあ、不味いな。
ぶっちゃけ魔術戦とか疑似攻撃魔術をつかった競技しか経験がない。喰らったらどうなる、どれくらいの防御魔術なら防げるか、がまっっったく解らん。
アーーーもうめんどくせえ。耐久試験やりまくった防御手段なんてあれしか持ってないし使うか!
「≪魔力構造体≫」
ぼう、と魔力...人によって異なる色のそれが、光球となって浮かび上がる。いつもと変わらぬ赤い光に、勢いよく手を突っ込む。
「ーー”疑似構成・六角結晶・無限構造”!」
ばきん。
産まれ出づるは六角の壁。巨大な紅玉の雪結晶。
フラクタル構造とは、一部分をクローズアップした時、必ず全体を構成する形と全く同じ形状が必ず存在する図形...無限に小さくなる図形を無限に繰り返し重ねた図形。この図形で造られた構造は...表面積が理論上無限となる。
見た目には如何にも脆そうなそれだが、魔力で構成された疑似的な無限は、衝撃を無限に分散できる、という”矛盾”が成立し...宇宙船の外郭を構成出来る程に堅牢だ。
魔力効率云々も中々。形状を考えるのがクソ難しいという欠点さえ除けば理想の盾と言っていい。
ぼふう!
赤い雪に当たった炎は、情けなくも七つの花を散らす。当然ながら偽物の”無限”は小動もしない。無限の表面積に運動エネルギーが、熱エネルギーが伝わる前に霧散する。
「...え、ちょっとまって何それ。盾に出来る≪魔力構造体≫とか聞いたことない」
呆然と、シーターが呟く。
「≪魔力構造体≫は脆いのが常識、か?幾何学を勉強したいなら付き合うぜ」
≪魔力構造体≫で鉄骨を作ったとしよう。しかし、それは相当な魔力...本当に相当な魔力を込めない限り、力を込めると割れる程度の強度しか出ない。それを強度は兎も角形は”矛盾”してようが絶対に思い通りになる性質を利用して、構造的に強度を確保する、と言うのが術理となる。
ま、表面積は無限だが体積はそうも行かない、と言うのがこいつの弱点である。実は吹っ飛ばそうと思えば何とかなったりもするのだが...教えてやる義理もなしか。
「むぅ...ならこれはどうかしら。≪斧形≫!」
半透明の青色をした斧が3本浮かび上がる。純魔術師向けの近接攻撃法、武器形系の魔術か。運動が苦手でも近接戦ができるとかなんとか。細かいアレは知らん!
というか、近接向けの筈なのに斧が飛んできた。アレンジらしいが、くそ、魔術のエキスパートは文明レベルが違ったとしても伊達では無いか!
魔力を注げばそのまま浮かして動かせる、という≪魔力構造体≫の特製を利用して、飛来する斧を防ごうとーーー
「かかった!」
がきん、と。殴るのではなく刃を扶持に引っ掛けられる。
「マジか!?」
ええい勘が良い!
体積が無限ではない、という術理のせいだろう、この盾は”継続的な力”に弱い。
衝撃には強いが、こうして押されると...。
「軽い盾ね!」
簡単に放り投げられてしまう。
クソッたれ、初見突破されるとは思わなかった。戦闘思考は学びとるしかなさそうだな!
「そのままぶっ飛ばすわよ!」
持続性も俺の知識よりうんと良い。盾をどかした斧三本はそのまま俺に襲い来る。
ぐっ。
「複合術式ッ!≪複合積層防盾≫!」
防御力そのものは一段どころじゃない程落ちるが、純粋な防御魔術の組み合わせで出来たそれは、教授時代に知り合った奴が考案した魔術装甲。歩兵の死亡率を大幅に引き下げたらしいその発明は、戦車の砲弾すら一発は防ぎ、軍用攻撃魔術を寄せ付けず、小銃弾ではマガジン丸々防ぎきる優れものらしい。理論強度としてはフラクタルの方が強いが、これで展開も早い上に燃費も良いのがすごい。
がちん、とぶつかった中世の武器は最先端技術に傷すらも与えられない。
「かったぁ!?...これもくらっていきなさいな!≪グラウンドボム≫」
投げられる土色の弾。ぶっちゃけ聞いたことないな、と思っていたら爆発し、岩塊をまき散らす。
魔術式破片手榴弾か。斧を維持しつつさらにこれほどの魔術を使うとか、魔術師としての腕はホントに凄まじいな。知識を与えたら現代でも通用しそうだ。
まあ効かないけど。
「...ホントに?一応、城壁でも壊せる威力あるはずなんだけど」
ただの石壁じゃね。現代戦じゃ木の盾だ。
「≪ボルトショット≫」
お返しに、俺は初めて攻撃魔術を使用する。放たれた黄色の短矢は高速で飛翔する。
「≪シールドIII≫!」
おっと、強化シールドか。IIIは意外と固いんだよな。コイツを一瞬で張るのは意外と難しい。
あくまで覚えておかなければならないのは、現代魔術は”効率最強”であるということ。如何に長持ちで、素早く、簡単にするかを考えて作られている。≪複合積層防盾≫とて、強度そのものであれば匹敵する魔術は幾らでもある。シールドで言えばシールドVIIあたりなら超えられる程度でしかない。だがそれを、只の一兵士が、瞬間的に、長々と使えるからこそこの魔術は戦争を変えた。
「≪バレット≫!」
ババっ!
20発。小さな赤い弾丸が放たれる。
何もしていない、ただの魔力塊。それを高速で”押し出す”だけの魔術。現代基準で、+さらに効率化したそれは、意外と侮れない威力を持つ。
バチバチとシールド表面で弾けるのを確認しつつ、さらに俺は魔術を使う。
「≪加速!≫≪月面宙返り≫!≪身体強化ll≫!」
身体に魔力の光が奔る。
”並列強化”という技法だ。競技者向けの小技というか、そんな類のもの。身体強化系は持続発動(魔術をずっと展開し続ける)しておいた方が正直楽だし、融通も効く。しかし、時限発動(一度展開すれば設定した時間、勝手に持続する)すると、複数の身体強化系魔術を簡単に使える。魔術の同時発動は結構な高等テクなのでこうしたズルは随所で使われていた。
「なっ!?強化系三重!?」
「しかも≪身体強化ll≫まで!」
その裏技を知らないのであろうギャラリーが沸くのも仕方あるまい。
これ高校陸上レベルでもインハイ出るには必須技能だけどね。
走る。速力強化、重力軽減により只の一歩で接近する。
「ッ!」
驚きに目を見張る間も与えない。
「魔術付与・拳...」
拳を振り上げる。
「≪シールドII≫!」
がしゃん!
「きゃあっ!?」
拳がシーターのシールドを叩き割る。
身体強化系以外にも肉体を強くする方法はある。それが魔術付与。本来は剣などの器物に魔術効果を付加するものだが、応用すれば効果時間は短くなるが、同様の事を肉体に使うことが出来る。たぶん、攻撃魔術を付加した方が強いだろう。が、喧嘩をするときなんかは、攻撃魔術を使えない一般人たる俺はシールド一択だと思っていた。
つまり固いもので殴れば痛いのだ。
「っ、≪シールドII≫!≪シールドII≫!≪シールドII≫!≪シールド≫!≪シールド≫!≪シールド≫!」
「ラァッ!せい!ハァッ!オラオラオラオラァ!」
矢継ぎ早に張られるシールドを次々割砕く。
一つ、追加情報を記す。シールドを付与した場合、許容値以上のダメージを通す代わりに、効果切れまでシールドが解除されることはない。硬いままなのだ。
終わりの方は間に合わなくなり遂にただのシールドすら作りかけではあったが、シーターはよく防いでいた。
一応学生時代は武術とかやってたんだけどな。ギリ師範代やれる資格も持ってるし。やっぱ実践経験がある奴とは違うのか?
「ぐっ...!≪ルトの短剣≫!」
...やべ、知らない魔術だ。長杖の先、魔術発動媒体の本体らしき宝玉から青い魔力の刃が生える。短剣と言うよりは槍の様な見た目。
「やぁっ!」
シールドを浮かべつつ、短剣と言う名の槍が振るわれる。
「ち...まさか杖術使いか!」
「おどろいたけど...接近されることを想定していないとでも!」
結構な鋭さのそれを、向上した身体能力で避けていく。長物相手は慣れていないもので、どうしても大きく避け隙だらけになるそれを何とか押さえつけていく。
対するシーターは、身体強化などしていない筈なのに、俺の隙を潰すように立ち回る。
シールドを移動の妨害に使って、袋の隅へと鼠を追い立てる。割砕いても補充され、突き抜けようにも短剣の刃が邪魔をする。
...ああもうやってられるか!
俺は喧嘩は兎も角ガチの魔術戦は初めてなんだぞ!
「マグネシウムフラーッシュ!!」
ぺかー!と急な閃光がシーターの目を灼く。
べつに何のことはない。工学野郎なら全員が出来る事。
無詠唱の錬金術。
錬金術とはいっても、別に金を無から作り出せたりはしない。ぶっちゃけ造形に便利な魔術と言ったところ。応用すれば、疲れはするが化合物を分解したりも出来る。
一応と思って合間合間に粉末を集めておいたのだ。マグネシウムなんて殆どの植物は持っているものだ。雑草さえあれば適当に攫ったって採れる。領としては微々たるものだが、一瞬光らせるくらいなら訳はない。
それに何より、単なる物理現象だ。魔力云々で先読みすることは出来ない!
「めが、めがぁ....」
真面に至近距離で直視したらしい。目を抑えてふらふらするシーターを。
後ろに回り込み。
「せりゃっ!」
容赦なく蹴り飛ばす。
「ひぎっ!?...ぶぎゃん!」
スタイルが良い割に思ったより軽い彼女の身体はふわっと一瞬浮き、思い切り顔面からずっこけた。
「勝負あり...で、良いんだろうか」
ふわりと舞った彼女の魔女帽子をキャッチしつつ尋ねる。
「いたた...あとでやり方は説明してもらうわよ...」
そう言いつつ、彼女は赤くなった頬を抑えつつ立ち上がる。
おお。まじまじ見るとかなりの美形だ。紫色のアップにした髪に緑のたれ目の、おっとりした雰囲気。
恐らくは負け惜しみだろうそれに、ヤンは手を挙げて終局を宣言した。




