最終話
魔法少年プログラムの終焉から、六年。魔法少年だった彼らは、皆それぞれの道を歩み始めていた。その内の一人、不浄共鳴は。
『来たよ、遂に。管理局からの勧誘だ。しかも、下部組織じゃない。共鳴にナンバー9だ、もう一人の新入りより格上』
エルエウスが興奮冷めやらぬと言った口調で、不浄共鳴にそう告げた。
『組織もかなり大きくなってきたしね。管理局も放っておかないわけだよ』
「そ、その件で話がある」
続けて言ったエルメウスに待ったをかけて、不浄は口を開いた。
「エ、エルメウス。雲の網はお前に託す。ぼ、僕の代わりに、か、管理局に入ってくれないか」
そんな、不浄のおよそ信じがたい返答を聞いて、エルメウスは一瞬、フリーズした。
『…あー、共鳴、正気?』
エルメウスの問いは至極当然のものだ。管理局のナンバーと言えば、異能に関わるものたちにとって、何よりの称号であり、何よりの後ろ楯だ。それを譲るなど、正気の沙汰とは思えない。
「わ、悪いが、正気だ。お、お前のこ、貢献への感謝として、う、受け取ってくれ。お、お前なら、充分運用できるだろう?」
『まー、そうだよね。いいでしょう、貰ってあげますよ。身を軽くしたいんでしょ?今までの感謝ってことで』
そう言って、エルメウスはふ、と笑って、最後に言った。
『また、どこかで』
「ああ、必ず、また」
共鳴はそう言って、通話を切った。彼の口角は確かに、小さく上がっていた。そして通話の終わりを待っていたかのように、ドアベルが鳴った。不浄は迷うことなく、来客に会うために腰を上げた。
「どうも、不浄くん。お別れは済みましたか?」
「―あ、ああ。問題ない、く、雲の網は彼女に譲ったから、問題なく合流できる」
来客は不浄と同年代の少女、仮天真琴。彼女の急な来訪にも驚くことなく、彼は淡々と事実だけを伝えた。
「それじゃ、行きましょうか、【怠惰】さん」
「…そ、その呼び名は勘弁してほしいんだがね、真琴」
不本意な呼び名で呼ばれた不浄は頭を抱えながらも、仮天と共に外へ出ていった。
*
「んー…やっぱり、うまく使えないなー」
「どうしました?黒羽根朱」
黒羽根朱は。薄暗い建物、まるで陽の光が遥か遠くへ消えてしまったかのような、薄暗い部屋の一室でぼやき、通りがかったハングドマンが無機質に尋ねる。
「どうも、先輩。嫌さ、僕の異能、【ね、】、あるでしょ?」
「ええ。それがなにか?」
「大抵の物は真似できるんだけど、どうしても真似できない異能があってさ」
包み隠さず、黒羽根は自らの悩みを話した。ハングドマンは悩んだ様子も無く、すぐに解決策を提示した。
「簡単な話です。鍛錬の問題です」
「鍛錬?」
黒羽根の問いに、ハングドマンは頷く。
「解釈と呼ばれもしますがね。異能には種類があります。得たその日から使えるような単純明快な力と、最初は使い道が分からなかったものが、日が経つ内に、あるいは日常的に扱うほどに、使い方が分かってきて扱いやすく、または強力になる力、両者を併せ持つ力」
ハングドマンはそこで説明を終え、腰を落ち着けた。
「…と、いう訳で、貴方が上手く扱えないと言う能力は、二番目の、扱いが難しい能力なのでしょう」
「へぇ、なんだか面倒くさいね。僕には向いてなさそうだしやめとくよ」
つまらなそうに呟いてから、思い出したように、黒羽根はハングドマンを見た。
「そういや、先輩。先輩も一応、異能持ちなんでしょ?見せてよ、コピーできるかもしれないしさ」
「ええ、まあそうですが、どなたからお聞きに?」
「ボスからだけど…隠してた?」
「いえ、隠しているわけではないのですが、そうですね、広く知られると少し厄介なことになりますね」
含みを持たせた言い方に、黒羽根は首を傾げた。
「つまり、どういうこと?」
「この前、貴方に空間移動の魔法を教えてあげたでしょう?」
「うん。便利だよね、あれ。良く使わせてもらってるよ」
「実はね、異能者は魔法を使えないのですよ」
「…ん?」
明らかに矛盾した発言をするハングドマンに、黒羽根は眉をひそめた。
「魔力という物を人は元来、皆体内に宿している。それが逆境に立たされることで、生存本能は体内の魔力を活性化させ、異能が生まれる訳です。そのため、異能者は魔法に使えるリソースが殆ど残っていないんですよ。故に、異能者に魔法は扱えない」
「いやいや、そういうことじゃなくて…つまり、何?あの空間移動は魔法じゃなくて、先輩の異能だったって事?」
「いえ、あれは本当の魔法ですよ。集会が開発した、本物の魔法です」
そう言って、ハングドマンは立ち上がった。黒羽根からは、ハングドマンの存在感が、今までとは比べ物にならない程に、大きく見えていた。
「つまり、私の力は、体内から生じたものではないということです。強大な物から与えられた、ギフトなんですよ」
「…なんだよ、それ」
「それに、貴方は私の力を既に知っている」
ハングドマンは、二つの手が顔を覆いつくす、紳士的な男はそう言って、口角を上げた。
「いつか、教えてあげますよ。それまで、指折り数えて、待っていてください」
彼は黒羽根に背を向け、全身を無数の手に包まれて、何処かへと消えた。
*
今日の魔女集会は慌ただしい。学び舎たる本分を忘れてしまったかのように、携わる人々がてんやわんやと駆けまわっていた。
「レオン?準備できたか?」
それもそのはず、最高責任者足るリリスター。そして、教師兼魔女集会の最高幹部の殆どが不在となるのだ。彼女らの不在を埋めるべく、多くの人員が動員されている。
最高幹部の内、例外的に校内に残るアナリリスは、身内の喧騒を忘れているかのように、とある生徒に声を掛ける。
「アナリリス先生、おはようございます。準備できてます、いつでも大丈夫です」
「よし、それじゃあ、行こうか」
彼女がレオンと呼んだ少年は、リリスターに帯同する唯一の学徒。彼は課外実習の名目で、外に連れ出されることになっていた。
「他の方々はもう空港に?」
「うん。全く、せっかちな奴らだよ。無駄を楽しむ心がないんだよな、姉さんは」
「あはは…」
軽口を叩きつつも、アナリリスは慣れた手つきで魔法を構築し、次元転移のポータルを生み出した。
「はい、じゃあ行ってらっしゃい」
「…」
「どうした、レオン。不安?」
中々ポータルに飛び込もうとしないレオンに、アナリリスが心配そうに尋ねた。
「…はい、少し。僕なんかがついて行って、本当に良いのかなって。皆さんのご迷惑にならないかなって、心配です」
「馬鹿言わない。姉さんはこの魔女集会をたった一人で管理してる化物だよ?それが現場じゃ、子供一人カバーできないって?もしそうなら、引退だよ引退。だから、安心していいんだよ、レオン」
「ふふ、ありがとうございます」
心配げなレオンだったが、アナリリスの言葉で好転したようで、微笑んでさえくれた。
「それじゃあ、行ってきます。先生」
「ああ、気をつけて」
挨拶を交わし、レオンがポータルに足を踏み入れた瞬間に、既にそこは空港の中。
「レオン、遅ーい」
「は、はい。ごめんなさい、ヴェルデッサ先生」
「ヴェル、いじめないの」
意地悪な笑みでレオンを揶揄った小柄な女性、ヴェルデッサを長身の女性が窘めた。
「気にしなくて良いのよ、レオン。初めての海外、それに初めての実戦なんだから、気負って当然」
「ミステーク先生、ありがとうございます」
レオンが頭を下げると、ミステークは優しく微笑んだ。
「あら、レオン。ようやく来たのね、留守番かと思ったわ」
そこで、席を外していたリリスターが戻ってきて、そんな皮肉をレオンにぶつけてしまった。委縮するレオンを見て、ミステークが頭を抱えてリリスターを睨みつけた。
「…リリスター、後で説教よ」
「あら、でも事実よ。ここで臆しているようでは、魔女集会の中核は務まらない」
ミステークの言葉を意にも介さず、リリスターは言う。そして、レオンの頭を撫でながら言った。
「だけど、こうしてこの場に立っている。なら、最低限の資格はある。私の後継者としてのね」
レオンの頭から手を放し、満足気に笑った彼女は、顎で付いてくるように示した。
「さ、行くわよ。メルトルリが先で待っている。そして」
そう言って、彼女は窓の先、遥か彼方を見据えて言った。
「日本で、あの子がね」
*
日本、一宮院市。深夜、浜辺。当然、人は一人もいない時間帯。そのはずだった。
「…あ、うう」
だが、砂浜の上で痛みに悶える少女が一人。気を失っていた彼女だったが、数分が経つと目を覚まし、よろよろと立ち上がる。
「何、ここ、どこ?」
彼女は周囲を見渡し、困惑する。夜の闇の中にいるのに、何故か、光が灯っている。ふらふらと、彼女はその光に吸い寄せられていく。
そして、その道筋で、彼女はいくつも、常識外のものに出会う。コンクリートで作られた道や階段、駐車場に止められている車、プラスチックごみ、そのどれもが、彼女にとっては理解の外であったが、幸いなことに彼女はそれが理解の外であることでさえ気づかなかった。
「…何?」
しかし、街灯は、彼女にとって明確な異常だった。それは一つではなく、等間隔で並んでいることに気付いた時、彼女はその光を追っていくことにした。
それから何分か歩いた頃、彼女はひときわ大きな光があることに気付いた。自然と足取りが早くなる。
それはコンビニだった。彼女はそれが何なのか、まるで理解できなかった。しかし、店員と、客が買い物を済ませて外に出たのを見て、ひとまず、その中に足を踏み入れることに決めた。
「らっしゃあいせー」
彼女の姿は現代人から見れば、酷く薄汚れていたが、無関心且つ酷い眠気が襲っていた店員はその違和感には気づかない。気づいたとしても、眉をひそめる程度だろうが。
当の彼女はきょろきょろと首を回しながら、明らかな異常に驚愕しつつも、高揚していた。何もかもがある。高級牧場にしか存在しないと言う、書物が幾つもあるし、奇妙な何かに包まれているものの、食べ物もいっぱいある。そのほか、使い道も分からない物もいっぱいあるが。
(ここは、もしかして、天国なのかなあ?)
余りに潤沢な物資の数々に、彼女が目にしたこともない量の食物の量に、彼女は、自分が死後の世界にいるのかと疑い始めた。
彼女は弁当のコーナーに移動して、勢いよく、包装を破った。いくつかのおかずが床に落ちてしまったが、そんなことを気にせず、彼女は手づかみで弁当を食べた。
「…うっ!」
美味い。感じたこともないアミノ酸と糖分の波に、彼女の頭がチカチカと輝くような錯覚に襲われた。一心不乱に弁当を食べつくし、二個目も一瞬で食べてしまった。
「ちょっと、お客さんこまるすよ」
唯一の客の奇行に気付いた店員が、三個目に手を伸ばそうとしていた彼女を制止するも、彼女は止められた理由が分からず、ぽかんとした表情を浮かべた。
「あれ、通じない?外人?どくせえなあ、どうすんべ。あー、うぇいと、うぇいと」
言葉が通じないと勘違いした店員は、ジェスチャーと片言の英語で彼女に止まるように要求し、彼女は大人しく従った。
「マニュアルどこだっけなあ…店長に連絡した方が良いか?」
「失礼、どうしました?」
面倒くさそうに対応策に悩む店員に、新たに来店してきた青年が尋ねる。
「あーすんません、外国のお客さんが弁当をレジ通す前に食っちまって。見るからに子供っすし、どうするかと思って」
「ああ、そうでしたか。それでしたら、こちらで支払いますよ?」
「…いいんすか?」
悩んだ様子も無く言う青年、余りの淀みのなさに、店員は訝しげな視線を向けた。
「というか、実のところ彼女の捜索が私の仕事でしてね。出入国管理局のものです」
「はあ、どうも…?」
そう言って手帳を見せてくる青年だったが、手帳の真贋など見分けられる訳もない店員はただただ困惑する。
「実を言いますと、さるお方のご子息でしてね。余り大事にしないでくれると助かるのですが」
「…ああ、まあ、いいっすよ。こっちも面倒事はごめんすし」
考えるのが面倒になってきた店員は、この男の言うことに従うことに決めた。店員は彼女が食べた弁当のバーコードを手に取り、青年は支払いを済ませた。
「さあ、それじゃあ行きましょう、ハジメさん」
少女に手を差し伸べた青年だったが、少女はその手を掴もうとしなかった。流石に、店員も青年に警戒を始める。この男が少女誘拐犯だったらそっちの方が余程厄介だからだ。
「…ま、しょうがないか。なら―」
青年が少女の耳元に何かを呟いた。すると、少女は警戒を止め、青年に従い、彼の手を掴んだ。
「それでは、お世話になりました」
二人は手をつないだまま、自動ドアをまたぎ、店の外に出て行った。
「…ありあとしたー」
店員は今起きた出来事に言いようのないもやもやを抱えつつも、癖になってしまった定型文を口にした。
*
「うん、用事は済んだ。車を出して頂戴」
一さんを車に乗せてから、僕は運転手にそう言って車を発進させた。
「改めて、名を名乗っておくよ。僕は二条院空、空で良い。この土地での君の庇護者となる」
「ヒゴシャ…?」
「君を守る者、かな。君の村における神みたいなものと思えばいい」
「神…!」
「ごめんごめん、今の無し」
怯えさせてしまった。神というワードが良くなかったね!彼女たちの世界で言う神は、人身御供とか求めるタイプらしいし、もっと手ごろな単語はないかな。
「…家族、みたいなものだよ」
「家族…」
そう言うと、彼女はどこか安心した表情を見せてくれた。良かった。
「でも、なんで、ソラが家族?」
「なんで、か」
そう聞かれると、少し困る。だけど、伝えたいことは既に決まってはいた。
「僕は、ずっとさ、出来ないことなんてないと思っていた。自分は何でも、一人で出来る完全無欠な人間だと思っていたんだ」
「だけど、違った。ある日、とんでもない失敗を犯していることに気付いた。だけど、止められなくて、僕は自分の力が実は大したものじゃないって事を知った」
「そんな時、ある人に助けてもらったんだ。その人のお陰で、自分の失敗は何とか、取り返しのつくものにしてもらえた」
今の彼女に伝わるかは分からない。というか、全然通じちゃいないだろう。ぽかんとした顔をしている。でも、それでもいい。
「だからだよ。君を助けたのは。あの人と出会ってから、僕は、手の届く範囲内ではあるけど、人助けをしてるんだ。あの人に恥じないために、あの人に胸を張れるように、あの人に―」
僕の心を真っすぐに伝えたい。それだけのことなんだから。
「負けないように、ね」
そう言って、僕は彼女の頭を撫でた。触れたら壊してしまいそうな、か細い体だ。遠い、遠い未来の彼女とは、似ても似つかない程に。
「…良く、分からないけど、ソラが良い人なのは、分かった」
「そう?悪い人かもよ?」
「だって、そんなに、泣いてるもん」
そう言われて思わず僕は、目元に触れた。確かに、目元には溢れかえる程の涙が溜まっていた。参ったな、泣くつもりじゃ、無かったんだけど。
「…ハジメ、君はここにいる限り、新しい名前を持たないといけないんだ」
「うん、分かった。ソラが決めて」
信頼されたもんだ。本当はもう少し、時間を掛けて仲良くできればと思っていたのに。
「二条院、一。これからは、そう名乗ると良い」
でも、それならそれでいいさ。どうせ、未来は決まっているけど、誰にも分かりはしないんだから。
という訳で完結です。お付き合いいただきありがとうございました。完結か?
というのも、この作品は一応ラ・バースという共通世界の一環としての作品でして、ただいまカクヨムに投稿している【純愛剣は貫けない】のスピンオフ的位置づけの作品になっています。
本当はこちらを完結してから投降したかったのですが、想定以上に難産になってしまい、先に純愛剣~を書いていました。
この先が気になったという方は、純愛剣の方もこちらに投稿いたしますのでそちらを読んでいただければと思います。
ここまで読んでいただきましてありがとうございました。




