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これにて完結となります。
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ユグランとセルイムの同盟を揺るがしかねない醜聞は、新たに王太子となったヴィクトールとイザベラが婚約を結び、醜聞の主役となった者達に厳罰を処す事で無事終幕した。
協議の間、二国の間で確執となりうる場面は幾度も訪れたが新たに婚約を結んだ二人が仲睦まじい姿を見せて双方の親族を説得し、また怒りを抱くユグランも、その怒りこそが敵国の真の狙いと理解しているが故に矛を収めた。
前王太子であるラインハルツは廃嫡され、今後子を残せぬ処理をした上、北の塔での幽閉を課せられた。
本来であれば数年で命を落とすような環境だが、王妃に配慮したイザベラからの温情によって室内は整えられ、格子付きだが窓も開けられ、食事も改善された為、その後二十年余りを小さな部屋で一人過ごしたのち、死病を得て床についたのをきっかけに恩赦を受けて離宮に移された。
幽閉中は母である王妃が人目を忍んで月に一度、年に一度は密かに父たる国王も訪れて言葉を交わし、幼い頃からのわだかまりを解消した結果、離宮に移ってからは既に退位していた先王夫妻が傍に付き添い、彼らに看取られてその生を終えた。
リーシャはすでに捕縛されたマルコシアスがリーシャの関与について自供しているとも知らず、彼についてだけは最後まで口を割らなかったが、妊娠していない事が確認された後、やはり今後子を持てぬ様処置された上で彼女がイザベラを送ろうとしていた娼館に引き渡された。
イザベラの父たるユグラン国王、一人息子を廃嫡に追い込まれたセルイム国王はもっと厳しい罰……具体的には数年間地下牢に入れ、背後関係に関して厳しく尋問し、拷問を与えた上での斬首を望んでいたが、イザベラが自覚は無くとも操られた結果でもあるのだから、ととりなし、様々に協議された末にユグラン大使の提案した彼らがイザベラに対して行う予定だった事をそのままリーシャに与える、という事で落ち着いた。
イザベラとしては、そもそも淑女である彼女は娼館についてあまり詳しく知らない上、仮にも隣国の王女を入れる予定だった場所だからそこまで酷い場所では無いだろうと思っていたのだが、その判決を聞いたリーシャは泣き叫び、イザベラを罵倒しながら狂ったように拒んだ。
あまりの狂乱ぶりに裁判官がリーシャを監視していた者を証言台に立たせてその内容を問えば、彼女が用意していたと言うそこは下層階級の男や過度な嗜虐趣味を持つ者が愛用する場末の娼館で、彼女自身が裏社会の男経由で娼館の主に要請し、ラインハルツや他の男達から貢がれた金を使って様々に指定していた内容が公の場で初めて明らかになった。
曰く、身請けを禁じ、足抜けを防ぐ為に腱を切り、言葉で同情を買えぬよう舌を抜き、髪を切り刻んで顔に消えぬ傷を付け、厠の仕切り壁すら無い、寝台一つがやっとの虫やネズミがうろつく狭い部屋に監禁して、食事は娼婦や客の残飯のみを与えるが長生きさせる為の治療代や高価な魔法薬はこちらから払う。
最初の客はリーシャが選んで金を渡していた、おぞましい容貌で激しい嗜虐趣味を持つ男を相手に他の下層民の客たちと特等席のリーシャに見物されながら取り、その後は最も安値の娼婦として殺さなければ構わないという触れ込みの上で、姿がまともな客、娼婦を丁寧に扱う客は取らせず、他の娼婦が嫌がる客や病気持ちの客を取らせる、稼いだ金は全てリーシャに渡される、という契約だった。
その内容は全てリーシャが決めていたらしく、直接的な言葉を避けてさりげなく吹き込まれ、誘導された末に自分達の意思でイザベラを娼館に送ろうとし、リーシャに別件で紹介された愛想は良いが後ろ暗そうな男に預ければ、ただそれなりの娼館に送られるだけ、としか考えていなかったラインハルツや取り巻き達はあまりにも非人道的な内容に青ざめ、リーシャに化け物を見る様な目を向けていた。
温情をかけたつもりだったイザベラは、監視者の証言の前に女性にはこれ以上聞かせられぬ、と言われるまま、傍聴していた他の女性達……王妃や取り巻き達の母親、元婚約者達と共に一旦退出したので、後々少々手荒に扱われる場所らしい、と聞いた程度でそれ以上は知らぬままだったが、リーシャは自身がお膳立てした待遇のまま弱る度に回復させられて十余年を生きた後、これ以上は使い物にならぬと国の許可を得て路地裏に捨てられた。
それからしばらく病と怪我を抱えてさ迷ったが救いは訪れぬまま飢え、かつて彼女によって妹を自害に追いやられた監視者に、リーシャがここに至るまで庇っていたマルコシアスが王の落胤などではなく敵国の間諜であり、事件後すぐに彼女の名を吐いたと冷酷な声で教えられて絶望した後、それでもマルコシアスを呪うことなくイザベラを呪いながら命を落とした。
その末路についてはリーシャの計画の詳細を知らなかった筈の無いユグラン国王及び大使、セルイム国王の思惑通りに進んだと言えるだろう。
取り巻き達は、全ての家が絶縁を希望し、ないがしろにしていた婚約者達とは婚約を破棄された。
しかし放逐して下手に敵国と通じられては困る上、リーシャの甘言に乗り、彼女が王妃になっても関係を続ければ己の子が王位に、と漠然と考えていた事を簒奪と断ぜられ、外部の者が入り込めない場所で下層階級の労働者や犯罪奴隷たちと共に肉体労働につき、その給金を婚約者達への慰謝料に宛てる事が決められた。
彼らは涙ながらに簒奪の意思など無かったと罪の減免を乞い、実際彼らの浅はかな頭にあったのはそんなだいそれた事ではなく、権力を盾にリーシャを手に入れたラインハルツへの意趣返しと色欲程度だったのだろうが、それが聞き入れられることは無かった。
日も差さぬ坑道で課された足枷を付けての労働は騎士見習いだったシュルツにすら厳しく、更には貴族に恨みの有る犯罪奴隷や労働者たちからの虐待も受け、短い者は一年、長い者でも十年ばかりで儚くなったと言う。
敵国グランによる暗躍は公にされることは無かったが、過去の事件から全て洗いなおした上で両国内にはびこる間諜の大多数が捕縛された。
その中にはリーシャやラインハルツの乳母をそそのかした者達も含まれ、全てが尋問の上秘密裏に処理された。
同時期に姿を消したとある人気役者は高い人気のあまりその失踪に様々な憶測を呼び、その中には敵国の間諜であり、それゆえに捕らえられたのだとかはたまた逃げおおせたのだとか、或いは捕らえられたのちに改心し、王家に仕える影になったのだとか様々に囁かれたが、真実は定かではない。
掃討に当たって手柄を立てたヴィクトールは事実を知る高位貴族や高官達にも王太子として揺ぎ無く受け入れられ、己の地盤を盤石なものにする。
彼はかつてラインハルツの元から離れていった高位令息達を側近としていずれ国を継ぎ、より発展させるための努力を積む中でもイザベラとの交流を怠る事無く、折に触れて語らい、成人して婚礼を挙げる頃には互いの心を通わせた。
イザベラはより一層公務や勉学、セルイム貴族達との交流に励み、国を負って立つべく邁進する婚約者を支え、時には自らが表に立って様々な政策を進めて王妃としての足場を固める事に成功する。
婚約から一年の時を置いて周囲の祝福を浴びながら婚礼を挙げると、やがてヴィクトールとの間に三男二女を設けた。
二人の治世は安定したものとなり、古くからの同盟をますます強固にしながらもそれぞれに発展を遂げ、名君として歴史書に記される事となる。
同時に、彼らは両国を繋ぐ歴代の夫婦の中でも特筆に値する程仲の良い夫婦となり、のちの世まで理想の夫婦として様々なエピソードが語り継がれたと言う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
日間ジャンル別の1位、日間総合でも2位という栄誉をいただき、本当にありがとうございました。
最後まで読んで面白かった、続編・後日談が読みたいなどありましたら評価いただけますと嬉しいです。
その後の話をいくつか考えているので、ストックが出来たら書いて投稿しようと思っています。
また、本日同時刻に新作を投稿しています。
これまた婚約破棄からの復讐ものです。
よろしければ作品一覧よりご覧ください。
よろしくお願いします。