戦場
手違いで書き上げた文章を、古いファイルで上書きしてしまいデータを消し飛ばしてしまいました。同じ流れでも同じ文章は書けないと痛感しております。だからもうアップしておきます。
一緒に来ていた兄さま達とははぐれてしまった。今なら逃げ出してもバレないだろう。でも私は命が奪われそうになる瞬間に立ち会ってしまった。あまつさえ、私自身も危ないところだった。
私一人では自分自身の命をかけても救えたかわからない。だけど、フーちゃんは堂々と私ごと救ってみせた。きっと他の人たちも逃げ出したいはずだ。怖くてたまらないはずだ。それでも、大切な人を守る為に戦っている。自分の意思でここに来たわけではない。でも私はここにいる。ここにいる以上戦えるチカラがある私が逃げ出す事なんてできない。
防壁からケガをした人が運ばれてくる。たくさんの血をながして痛みに呻いている。ケガ人を治療するためにたくさんの人が動いている。
傷ついた眷属を必死に治療していた人が、治療を終わって休憩する間もなくまた戦場へと戻っていく。みんな必死だ。
私もその人の後をつけて防壁の上に立つ。おそらくこの場にいるのは兵士よりも一般の人たちの方が多いだろう。統一された装備ではない人たちが防壁上で散開して眷属に指示をだしている。
私も空いた場所を探して、その先を見た。
私の目に飛び込んできた光景は予想を遥かに超えていた。
「うそ......」
森へと続く平原が魔物で溢れている。いったい何体の魔物がいるのか数える事もできない。それなのに今もなお、遠くの森からまだ魔物が飛び出してきている。城壁近くは特に密集しているように見えるがよく見れば動いている魔物はすくない。そのほとんどが死んだ魔物なんだ。
酷い惨状だけど、ちゃんと戦線は維持されている。
「嬢ちゃん!なんでこんなところにいるんだ?!ここは危ないから用事が済んだら早く戻るんだ!!」
「私も戦います!」
「何を言って......」
その時、また魔物の魔法が私たちのもとに飛んできた。
「しまった!」
「フーちゃん!」
「ギャ!!」
フーちゃんが私たちの前に立ち盾で魔法を弾き返した。
「おぉ!!」
近くに居た人たちから感嘆の声が漏れる。
さっき声をかけてくれたおじさんが胸を撫でおろしてもう一度話しかけてきた。
「すまねぇ、助かった」
「私も、私ができることをやります」
「今のを見せられちゃなんも言えねぇな、でも無理はしないでくれよ。おじさんたちはお嬢ちゃんたちを守るために戦ってるんだ。嬢ちゃんが傷ついたらいけねぇ」
「ありがとうございます」
おじさんがニッコリと笑って声を張り上げる。
「おい!女神様が俺たちのところに来てくれたぞ!こりゃ頑張らねぇといけねぇな!!」
「「「おぉぉ!!!」」」
太鼓の音が<ドンドンドン>と一定のリズムを奏でている。そしてひときわ大きな太鼓の<ドン!>という音が紡がれると同時に一斉に眷属たちから様々な魔法が放出される。
私がびっくりしてその放物線を視線で追っていくと、
魔法は広範囲を覆うように飛んでいき、迫りくる魔物を穿ち討伐すると同時に、地面を削り足場を悪くした。どうやら外れた魔法でも魔物の進行を遅らせているようだ。
討ち漏らした魔物が防壁に突進してくるが、それらは下で待機している兵士たちの手により速やかに討伐される。
事前に数を減らしているから問題なく対処できている。最初に飛び込んできた魔物の軍勢は私の脳裏に絶望を掠めたけど、落ち着いて情報を整理していくと、防壁までたどりつけた魔物はいない。油断ができるような状況ではないけど、人間側が優勢なんだ。
「すごい......」
「はは、すごいかい?ここの団長さんは魔物の氾濫が起きることを見越して、俺たちにも訓練を施したんだ」
「魔物の氾濫が起きることがわかってたんですか?」
「最近は森の様子がおかしいってんで、万が一の事があるといけねぇ。それで演説して、俺たちに危機感を持たしてくれたのさ。大した人さ」
「すごい人ですね」
「あそこに深い溝ができてるのが見えるかい?あれは訓練の時の魔法を活用して作ったんだ。あんなの作ったら邪魔になると思ってたんだが、あれのおかげで魔物が易々とこっちまで来れないんだ。よく考えたもんだ」
きっとここの戦線が維持できているのはその団長さんがいたおかげなのだろう。こうやって話している間も攻撃は続いている。
私とフーちゃんは攻撃には参加せず、魔物が放つ魔法を打ち消す為守りに専念した。フーちゃんの魔法は氷。どうやら質量のある魔法は防御に向いているようでどの魔法にも対処することができる。
「リョウリョウリョウリョウリョウリョウ」
その時どこからか奇怪な魔物の叫びが聞こえた。その声に狂わせられるように全体の攻撃が乱れてしまった。
いけない!今の攻撃の乱れで多くの魔物を打ち漏らし、大群が押し寄せてきてしまった。このままでは下の戦況が崩壊してしまう可能性すらある。万が一にでも町へ侵入させてしまっては大事だ。
私は戦況を見て選択する。
「私!下の援護に行って来ます!!」
「何言ってんだ嬢ちゃん!!ダメだ!危険な事はするんじゃねぇ!!」
「大丈夫です!私のフーちゃんは強いですから!!」
私は迷うことなく走り出した。
「リョウリョウリョウ」
「え?」
声のする方向に顔を向けると、皺くちゃな顔で不気味に微笑む魔物と視線があった。全身は毛むくじゃらで長い手で壁を掴みその体を支えている。その魔物と相対した瞬間に全身に悪寒が走り体が硬直する。なんでこんなところに魔物がいるの?!
「うああああああああ!!」
「魔物だ!!魔物が侵入してきた攻撃しろ!!!」
毛むくじゃらの魔物は手を伸ばし一番近くにいた眷属を捕まえ、その口に咥えようとした。
瞬時にフーちゃんが動き、盾を使って身体ごと体当たりして防壁から毛むくじゃらの魔物を引きはがす。つかまっていた眷属は衝撃で拘束からはずれ無事に脱出した。
毛むくじゃらの魔物が仰け反りその身が地面へと吸い寄せられるその刹那に、フーちゃんの体を捕まえ落下に巻き込んだ。
「ギャ!!?」
「フーちゃん!!」
すぐさまドシンという重い音が響き渡る。
私はあわてて下界を見下ろして状況を確認する。毛むくじゃらの魔物とフーちゃんが地面に横たわっている。
その様子に気付いた兵士が現場に駆けつけていく。その中の一人は見紛うわけもない召喚騎士である私の兄さまだ。
毛むくじゃらの魔物はすぐに飛び上がるように立ち上がった。フーちゃんも盾を支えに立ち上がる。
「兄さまお願いフーちゃんを助けて!!」
こんなことを言っても兄さまがフーちゃんを助けることはない。そんなことはわかっている。でもそれでもいい。あの魔物さえ倒してくれたらフーちゃんは自分の身は自分で守れる。
兄さまは躊躇うことなく眷属に指示を出して巨大な火球を作り出す。人ひとり飲み込んでしまうほどの大きさだ。あの大きさではフーちゃんにもダメージが及んでしまう。
「フーちゃん防御して!!」
この騒がしい中私の声が届いたのかわからない。でもフーちゃんは状況を察知して盾でその身を守った。
兄さまの眷属である炎狼から放たれた巨大な火球は毛むくじゃらの魔物に命中しその身を業火に包んだ。
仕留めたと思ったその攻撃は、毛むくじゃらの魔物の腕を焦がす程度で、毛で覆われた全身にダメージがあるかどうか読み取る事はできない。
「なに......効いてないのか?」
毛むくじゃらの魔物は発狂して長い手で地面をバンバンと叩いた。今の攻撃が相当に気に障ったらしい。
「リョオオオオオウ」
さっきまで安定していた戦況がほんの一瞬の間にひっくり返ってしまった。乱れた戦況のリズムを取り戻すために太鼓は一定のリズムを奏でている。
誰もが焦りの表情を隠せていない。はやる心を律して太鼓のリズムに合わせて全体攻撃を続行していく。
中には太鼓のリズムよりも早く攻撃できる者もいるだろう。個人の最高を引き出すならその方が良いかもしれないが、全体で考えるならそれは悪手となってしまう。
特別に突出したチカラを有していないのなら、個人で動くよりも全体として動いた方がより良い結果を掴み取ることができる。
もし、個人で戦況をひっくり返す事ができるほど突出したチカラを持つものは召喚騎士ぐらいなものだろう。
今一度、全体を確認すると召喚騎士達が大型の魔物に対応している。
傾いた戦況を立て直す為、人間側の有利を掴むために召喚騎士がいるのだ。召喚騎士は絶対に負けることが許されない。兄さまが一番それを理解しているのだろう。
兄さまの気迫に呼応して、眷属である炎狼の身に纏う炎が一層勢いを増した。
兄さまは攻撃の手を緩めず次の行動に移っていた。兄さまの指示のもと炎狼が毛むくじゃらの魔物との距離を一直線に詰めていく。
それを見た魔物は不気味な笑顔を向けて手を振り上げた。迫りくる炎狼に対して叩き潰すように振り下ろす。炎狼は難なくそれを回避する。
毛むくじゃらの魔物は攻撃が回避されるとすぐに体を回転させてその長い腕を振り切り薙ぎ払いを仕掛けた。
炎狼はたまらず後ろに後退して避けると思われたが、更に加速してその身を毛むくじゃらの魔物の懐へと掻い潜った。すごい!!!
そのままの勢いで、回転の際に上がった体に突進を仕掛ける。獣と獣がぶつかった音とは思えない衝撃音が響く。
炎狼は突進した後は後ろ足で蹴り毛むくじゃらの魔物から距離を取る。
魔物から距離をとるそんな刹那の間に炎狼の口には火球が用意されていた。至近距離から放たれた火球は毛むくじゃらの魔物の顔面を捉え業火に包んだ。
これにはさすがに堪らずに苦しみ悶えている。毛むくじゃらの魔物は自身の手で顔を叩きその火を消火しようと躍起になっている。
このような隙を兄は見逃すほどやさしくはない。追撃で火球を連続で放出する。
毛むくじゃらの魔物は天高く跳躍し、炎狼の火球を回避する。そのまま落下を利用して炎狼に飛びかかり攻撃を仕掛けるが、炎狼は容易く回避した。
毛むくじゃらの魔物の攻撃は地を穿ち、地面に大きな亀裂が走り、大地がめくりあがった。恐ろしいほどの威力だ。あんな攻撃を受けてしまったら一撃で戦闘不能になってしまう。
しかし、どんなに威力のある攻撃でも当たらなければ意味がない。
炎狼の脅威はその火球にあるが、炎狼の持つその素早さも強力な武器だ。回避から反撃に移るまでのスピードがとにかく早い。
毛むくじゃらの魔物が地面を穿ちその体が固定されている瞬間にはもう反撃に移っていた。崩壊した足場なんて関係なく、回避体勢から一気にトップスピードまで加速してその喉に噛みつこうと毛むくじゃらの魔物に飛びかかる。
その攻撃は成功すると思われたが間一髪毛むくじゃらの魔物は再度跳躍してその攻撃を避けた。
炎狼のスピードは速く攻撃によって生み出された運動エネルギーはぶつける対象を失い、自身の体を流した。地面に着地して完全に体が止まるまでに盛大な砂煙を舞い上げた。
一方、毛むくじゃらの魔物はただ跳躍して回避したわけではない。その落下の進路方向には兄さまがいた。最初から兄さまを攻撃するために跳躍したのだ。
炎狼は自身の攻撃につられて遠い場所にいて間に合わない。炎狼の時は軽々と回避した攻撃だけど、生身の人間が対処できるような代物ではない。もし、対処できたとしても運による要素が大きいだろう。
事実、兄さまはその攻撃に気付いていながらもその場から動けずにいた。
兄さまがその攻撃を受けてしまうのは確実であった。でも、毛むくじゃらの魔物は忘れてしまっている。最初に壁から剥がした存在を。数々の魔法による攻撃を弾き返してきた私の眷属を。
「フーちゃんシールドバッシュ!!」
「ギャ!!」
兄さまに飛びかかる魔物のタイミングに合わせてフーちゃんのカウンターが炸裂する。いくら巨大な魔物と言えど、フーちゃんの全身を覆うほどの盾の衝撃は無視できるものではない。
体格差など関係ないと誇示するように、フーちゃんは毛むくじゃらの魔物を弾き飛ばした。




