ステラという人間
今回から視点がステラに変更されています。混乱してしまったらすみません。
「今日はいっぱい奢らせちゃってなんかごめんね?」
「いや、こういうの初めてだったし、楽しかったから」
......初めてだったんだ?
「私も楽しかった。おかげで今日が良い日になったよ」
「それは良かった」
スライ君が少し心配そうに見てくる。あぁ、やっぱり元気なかったのバレてたか、失敗したなぁ。でもおかげで元気出たよ。ありがとうね。
「......じゃ、部屋に戻るね」
「あ、あぁそうだな」
本当はもう少し、もう少しだけでいいから一緒に居たかったなぁ。私はとぼとぼと歩いて立ち止まった。
「スライ君、......おやすみなさい」
「......おやすみ」
(......またね)
ざーんねん。引き止めてくれないのかぁ。今のは減点1だよ。だから今日のスライ君は99点だ!惜しかったね。ふふ。
部屋に続く廊下をフーちゃんと一緒に歩く。
「フーちゃん屋台の料理美味しかったね」
「ぎゃ」
「実はねー。収穫祭さスライ君と一緒に行けたらいいなぁって思ってたんだ」
「ぎゃぎゃ」
「叶っちゃったね。......すごくたのしかった」
「ぎゃぁ?」
部屋のドアを開いて中に入る。ドアを閉めてしまうと明かりがなくなり、部屋は暗闇に包まれる。私は灯りも点けずにその場に座り込んだ。
「ねぇ、フーちゃん。スライ君もいつか私に愛想が尽きちゃったりするのかな?そばからいなくなっちゃうのかな?」
「ギャーギャ?」
「スライ君が私に優しくしてくれるのは、私に利用価値があると思っているからだよ」
「ギャギャギャ」
「ううん。きっと私に価値がないってバレたらスライ君も兄さまみたいになっちゃうよ。人ってね、嫌いな人にはすごく冷たい目で見るようになるの。1度そうなるともうダメなんだよ。失敗したらダメなの。私ね今日思ったのスライ君といる時間が好き。スライ君にくっついてる時だけ心が楽なの。だから......怖い」
「ぎゃぁ......」
「ひとりがね私の事を価値がないって言うと、みんながそう思うようになる。だからスライ君にはバレたらダメなの。
言う通りにできなかったらすごい怒るようになるの。兄さまがそう!わかるでしょ?今日だってすごく怖かった!フーちゃんが死んじゃうじゃないかってぐらいボロボロになるまで攻撃して!ひどいよ......嫌いなら、傷つけるぐらいならもう放っておいてほしいのに!」
あぁダメだ。さっきまで楽しかったのに。ひとりになるとダメだ。
「ごめんねフーちゃん。私がフーちゃんを召喚しちゃったから。辛い思いばっかりさせてるよね」
「ぎゃーあ」
「フーちゃんは水の中が得意なんだよね?何となくだけどわかるよ。本当は強いのに、水のないところに呼んじゃってごめんね」
「......ぎゃぁ」
「私がなんもできないから。ちゃんとできれば怒られないで済むのに」
「ギャ!ギャギャ!ぎゃーぎゃ」
フーちゃんに頭を撫でられてやっと顔をあげた私に、フーちゃんは大丈夫!俺に任せろというように胸を叩いた。
「......フーちゃん」
フーちゃんが私の手を引いてベッドまで連れて寝かしつける。
「これじゃ私、赤ちゃんみたいだよ」
「ぎゃぎゃ」
フーちゃんがおかしそうに笑うから、私もつられて少し笑った。きっとフーちゃんはずっと私の傍にいてくれると思えた。だから聞いて確かめる事ができる。
「フーちゃんはずっとそばにいてくれる?」
「ギャ!」
「そっか。ありがとう。フーちゃん。大好きだよ」
――――私は、私の事があまり好きじゃない。自分がズルい人間だってことを私が一番よく知っているから。
§§§
私はフーちゃんを召喚したとき、そのぬいぐるみみたいな可愛さにとても喜んだ。でも、家族のみんなは違った。フーちゃんを見て困惑した。そして、ランクDの眷属で、魔法も小さな氷しか作れないと知ると、興味が失せたようで、フーちゃんの存在はないものとして扱った。兄さまたちが召喚して眷属を家に連れ帰った時に毎回あったお祝い事が、フーちゃんの時にはなかった。
フーちゃんをみたみんなが口を揃えて「ハズレか」と言われた時すごく悲しくて、部屋に籠って泣いた。その時私の中で何かが変わってしまった。
翌日に見る家族は、他人のように見えた。あれ?こんな顔してたっけ?あれ?こんなに冷たかったっけ?いつもどのように接していたっけ?なんか、わからなくなった。前からそうだったような気もするし、でも前はもっと優しかったような気もする。ううん。優しくされてると思いたかっただけなのかもしれない。
私は、「おはよう」と「おやすみ」だけの会話で数日を過ごし、養成学校の寮に入った。家を出る時に最後に言った私の「いってきます」には誰の返事も帰ってこなかった。別に返事は期待していなかったけれど、言葉にしちゃったことで気持ちが沈んじゃったから言わなければよかったなって後悔した。
その場の沈黙によって、『私は誰にも見てもらえない要らない子』それだけがわかってしまった。
最初の方の授業で、眷属の調子の悪い生徒が居た。それがスライ君とマル君。
「なぁ!誰か!氷を準備できないか?!」
――その声の、氷という言葉に、私は反応した。フーちゃんなら氷が作れる。気は進まなかったけど、本当に困ってるみたいだったから勇気を出して応えた。
「あの、大丈夫?私のフーちゃんは魔法で小さな氷なら作れるけど」
――その時、すごく弱ってるスライ君をみて、私は安心してしまったんだ。自分より弱い存在がいることに、人前で涙を流している姿に憐れみを持つことで私の中に余裕ができた。......少なくとも同情して憐れみを持てるほどには。
それに、フーちゃんの氷を必要として、感謝された事がとても嬉しかった。これから先もスライ君は私を必要としてくれるんじゃないか。それも私が有利な立場で付き合えるのではないか?そんな打算が私の中で沸き上がった。
いつもひとりでいるスライ君の存在が私のゆとりとなっていた。あの件もあってか私とはちゃんとコミュニケーションをとってくれるようになった。最初不愛想だったスライ君が、段々と笑顔を見せるようになって嬉しかった。
「スライローゼ君、眷属の調子はどう?」
「あぁ、おかげさまで元気になったよ。あの時はありがとう助かったよ」
「ぎゃ!」
「......えっと」
「この子はフーランっていうの。私はステラ覚えててくれてた?」
「......いや、ごめん。でも今覚えたから。フーランもありがとうな氷を作ってくれて」
「ぎゃぎゃ」
「また氷をくれるのか?ほら、プレゼントだって」
「丸くてかわいいその子の名前はなんていうの?」
「......名前?」
「え?」
「そっか、名前か」
――1番最初、自分の眷属の名前すら付けてないダメさ加減には驚いた。他にも影のあるところとか、ちょっとひねくれたところとかを知ると嬉しくなった。
......私の性格は最悪で、スライ君のダメなところがわかるとその度に私の自尊心は満たされていた。
スライ君と一緒に居ると笑顔の自分がいる。もしかしたら心のどこかでバカにしていのかもしれない。ううん、確実に下に見てた。
どれくらい私を許容するのか何度も接触して確かめた。わざと手を繋いだり、わざと体を密着させたり。私が何をしても1度も拒絶される事はなかった。ドキドキさせて私の事を好きにさせてやろうとさえ思った。そんなこと都合よくできるわけもないのに。でもそうなればいいなと思った。そうすれば私から離れられなくなるでしょう?
フーちゃんとマル君の模擬戦、私は「引き分けだよ」って口では言ったけど、心の中ではフーちゃんが勝ったと思っていた。フーちゃんが強い事が証明されたみたいで嬉しかった。
だから、スライ君と一緒にいると、私はすごい自分でいられるようですごく安心できた。
収穫休みでスライ君が実家に戻らないと聞いて、ほっとした。食堂が閉まっていたらきっと食べる事すら満足にできないだろうし、しょうがないから私がスライ君の面倒を見てあげようと想像を膨らませていた。美味しい御飯を作って食べさせて、「ステラはいいお嫁さんになるな」とか言われるんじゃないかと思うと楽しくなった。
私の中ではそれが確定事項で休暇の初日にスライ君の部屋に行ったら、スライ君は全然私の事を必要としていない事がわかって。目の前が真っ暗になった。
(あれ......?おかしいな......私がいないとダメじゃないの?)
――スライ君は振り返る事なく、そのまま出て行った。
「最悪......なによ、用事があるなら先に言うでしょ普通」
「ぎゃあ?」
「あーあ、せっかくご飯作ってあげようと思ってたのに、もう......作ってあげない」
私は、自分でも酷い言い草だと思う事を口にしていた。私は何の約束もしていない。ただの言い掛かりだった。
長期休暇の目的を失った私は、茫然と毎日を過ごしていた。どうやって時間を潰していたのかさえ覚えてない。でもよくスライ君の事を考えていた。
休暇も残り少なくなった頃、街の騒がしさに気付き外に出た。世間はすっかり収穫祭一色になっていた。
「そっか、収穫祭だ」
最初の予定では、スライ君と祭りを楽しむ予定だった。予定って言ったらおかしいか、ただの私の妄想。
「フーちゃんちょっと回ってみようか」
「ぎゃ」
それが間違いだった。すぐに部屋に戻ればよかったのに。
「ステラ、こんなところで何をしている?」
「......兄さま」
「なんだ?ステラかどうだ?少しは強くなったか?」
「そのチンチクリンは成長してもあまり進歩はないようだな」
「......フーちゃ、フーランはちゃんと強いです」
「なるほど。なら、私が稽古をつけてやろう、養成学校の自由訓練場なら空いているだろうどれくらい成長したか見せてみろ」
「いえ!わざわざそんな!」
「いいからついてこい」
「......はい」
私は兄さま達に連行されて自由訓練場に到着した。
「そいつの全力を見せてみろ」
兄さまの狼の眷属が体に炎を纏い威圧を飛ばしてくる。狼の顔が人間の顔と同じ位置にあるような大きな体から放たれる重圧は凄まじい。現役の召喚騎士のプレッシャー。こんなのとまともに戦えるわけないよ。
「フーちゃん......」
「ギャ!」
フーちゃんが当然のように前に出る。
「ごめんね......頑張って」
「ギャ!」
フーちゃんが手からあふれるほどの大きさの氷弾をつくり投げつける。
「ふん」
兄さまの眷属は前足の一振りで氷弾を払いのける。フーちゃんは氷弾を小さくして、マル君との闘いのように連射に切り替えた。
「......くだらない」
兄さまの眷属は体に炎を纏い風のように走って来る。フーちゃんの氷弾を最低限の動きで避けるので、一直線に走り抜けてくる。まるで、氷弾の方から勝手に避けていっているように見えてしまう。
あっという間にフーちゃんの元にたどり着いてしまった。そのままのスピードで体当たりが炸裂した。フーちゃんはボールの様に飛ばされ、地面の上を何回も跳ねた。
「魔法っていうのは投げるんじゃなくて、放つものだ」
フーちゃんがよろよろと立ち上がる。炎狼の口に熱が集まり、炎弾が吐き出される。フーちゃんが咄嗟に氷の壁を作って受け止める。
「ほぉ、防御はなかなかやるようだな。だが、どれくらい耐えられる?」
さっきのは一応手加減していたのだろう、今度はさっきよりも大きい炎弾が形成される。
「兄さま!!」
私の呼びかけには反応せず、無情にも炎弾はフーちゃんに向かって放たれる。フーちゃんが作った氷壁はいとも簡単に砕け、炎弾がフーちゃんの体を燃やす。
「ギャッ!」
「フーちゃん!!」
フーちゃんが黒焦げになって倒れる。警鐘が鳴り響くように私の中に焦燥と嫌悪が混じったような感覚が広がる。
炎狼は次の攻撃を仕掛けようと再び炎弾を形成する。ッ!!そんな?!やめて!!フーちゃんが死んじゃう!!!
「もうやめて!!!お願いします!!!やめてください!!!」
......私は顔をぐちゃぐちゃにして頭を地面にこすりつけて許しを請う。
「......稽古で殺すわけないだろう。治療してやれ」
「はい!」
私はすぐさま駆け出し、フーちゃんを抱き寄せて治療を開始する。
「フーちゃん。フーちゃん。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。ごめんね。」
私の魔力なんて全部あげるから、治って。はやく、治って。
フーちゃんの火傷がみるみる回復していく。フーちゃんも意識が戻ったみたいで返事をした。
「ぎゃあ......」
「良かった!フーちゃんごめんね。大丈夫?!」
「ぎゃ」
「ごめんなさい」
私はフーちゃんを抱きしめてぽろぽろと涙をながした。
「兄さま、そろそろお腹が空きましたね」
「そうだな、今日はせっかくだ屋台で食事を済ませるか」
「そうしましょう」
「ステラ治療はもう済んだか?済んだのなら祭りの方へ行くぞ」
「いえ、私は大丈夫です」
「......行くぞ」
「はい......」
兄さま達の拘束はまだ続くようだ。祭りの中心へ向かう途中に反省会が行われた。
「おまえの眷属は弱すぎる。ろくに動けないし、攻撃スピードの遅い。威力も中途半端だ。唯一見どころがあるのは防御ぐらいだ。ちゃんと考えて訓練しているのか?」
「......すみません」
「なにも考えなしに鍛えても意味がない、そんなのはただのお遊びだ。もっとしっかりと考えて行動しろ」
「はい」
「......ステラ、なんでお前はこうもダメなんだ」
「ごめんなさい。兄さま」
「まぁ、ステラは女の子だし、召喚された眷属もチンチクリと来たもんだ。空も飛べない鳥みたいな変な生き物に期待する方が酷ってもんですよ兄さま」
「それでも、兄さまが直々に特訓を付けてくれたというのに、相手にもならないのは予想外すぎましたね。あれじゃ特訓をしてあげたのに、まるで虐めたみたいで兄さまが不憫ですよ」
「はい。せっかくのご厚意を受け取ることもできずに、恥ずかしい限りです」
「恥ずかしいと思う気持ちがあるなら、ちゃんと眷属を鍛えろ。私たちは召喚騎士を代々生み出す優れた血統だ。お前の兄たちを見ろ。全員がランクBの眷属だ。もう召喚騎士となる事が確実だろう」
「......はい」
「確かに、俺は最初こそランクCの眷属を召喚してしまった。兄さまたちが優れた眷属を召喚したのに俺は不甲斐ないと思った。でもな、兄さまはそんな俺でも鍛えてくれて、ランクBの強さまで引き上げてくれたんだ。ステラお前は女だからって言い訳で逃げてる。努力が足りない」
「おい、言いすぎだ。さっきも言った通り、召喚した眷属がこんなんじゃ期待する方が酷ってもんだ。チンチクリな魔生物でランクDの強さ、憐れみしかない努力しても無駄さ」
「......ふたりともそれぐらいにしておけ。ステラ、鍛錬は怠るな。おまえの眷属は氷を作るしか能のない眷属だ。このままじゃ誰の役にも立たない置物だ。わかるか?私はお前の為に言っているんだ。せめてランクCの強さを手に入れろ。そうすれば盾役ぐらいにはなるだろう。わかったな?」
「......はい」
「ステラお前がいるとどうも空気が悪くなるようだ。もう部屋に戻れ」
そういって兄さま達は祭りの中心へと消えていった。私は動くことができず、影に隠れて歯を食いしばった。情けない声が漏れないように。誰にも見つからないように。
§§§
長い間立ち止まってしまった。
「フーちゃん。帰ろっか」
「ぎゃ」
帰り道私の心は荒れていた。もう、やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ!!!
「ステラ、おかえり?いやただいまかな?」
え?スライ......君?なんで?......帰ってきたの?
「......おかえりスライ君」
「ぎゃ!」
フーちゃんがいつもの挨拶をする。どうやら幻覚ではなく本物らしい。あれ?挨拶ってどうやればいいんだっけ?いつもはどうしてたっけ?あれ?
「あ、ごめんステラ、お土産買ってくるの忘れた」
スライ君が私の手をとる。嬉しいのと苛立ちがごちゃ混ぜな酷い感情。
「えーー。ひどーい」
感情の入ってない、冷たい声が出てしまった。今、元気なフリなんてできないよ。
「ごめん、ごめん。お詫びに祭りの屋台で奢るってのはどう?」
「デートのお誘い?」
意地悪で投げやりな返事をする。今日は疲れてるのほっといて。
「デート、かなぁ?」
「デートじゃないなら行かない」
どうせ、私なんて要らないでしょ。
「デートです」
あれ?なんかその声色に溢れてくるものがあった。急に目頭が熱くなるものだから、反射的に笑顔を作ってスライ君の肩に顔を埋めて誤魔化す。
「ありがとう。着替えてくるから待っててくれる?大体1時間くらい」
「いくらでも」
「はは、冗談だよ。できるだけはやく準備するけど、やっぱり少し時間かかるからスライ君の部屋で待っててくれる?」
「急いでないからゆっくりでいいよ」
「......ありがとう。スライ君は優しいね」
私は泣き顔がバレないように自室へ急いだ。フーちゃん置いてきちゃったけど大丈夫だよね?
「デート......。デートって何着たらいいの?それよりお風呂入らないと。あぁ目が腫れてヒリヒリするどうしよう。フーちゃん氷作ってくれる?」
......。居ないんだった。
――この後、ちゃんと祭りを楽しむことができた。
スライ君のおかげで笑う事ができて、さっきまで酷い精神状態だったのに、スライ君の腕にしがみ付いている間だけは安心できた。近くから見上げるスライ君をカッコイイと思った。
もしかしたら今日初めて色眼鏡なしでスライ君の事を見たような気がする。出会ってもうそろそろ一年が経とうとしているのに酷い女だね私って。だから、嫌われないようにしないと......。
ステラは明るく見えますが、闇も深いようです。




