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鳥籠の外へ 5


 「っ!!」


 川に流される事を覚悟していたベルナルトだったが、エドモンドが間一髪のところでベルナルトの手を掴み、それは阻止された。エドモンドは瞳を大きく見開き額に汗を浮かべていた。


 ゆっくりと引き上げられたベルナルトはエドモンドにお礼の言葉を述べた。


 「助かった」

 「大丈夫!? 目、見えてる!?」


 エドモンドはベルナルトの肩を掴み顔を覗き込んだ。ベルナルトの左目は閉ざされており、血が流れ出ていた。


 「平気だ。目は傷ついていない。額を切ったようだ。血が入って開かないが……」


 エドモンドはベルナルトの額をよく見た。折れた枝で切れ、ぱっくりと割れたそこからはとめどなく血が流れ出ていた。だがベルナルトの言う通り、切れているのは額だけで目は無事だった。エドモンドはほっと胸を撫で下ろしベルナルトを掴んでいた手を離した。


 「ベル……、もう少し驚くとかないの? 俺はベルのその無表情さに驚いたよ。下手したら流されてたのに」


 苦笑いを浮かべたエドモンドだったが、その表情は何処か安心したような落ち着いたものだった。


 「まぁフェンスがあるからな。そんな事より、茉莉花は……」


 よろよろと立ち上がりエドモンドの背後まで来ていた茉莉花は目を見開き、顔を歪めるとベルナルトに抱き付いた。茉莉花が抱き付いた衝撃で落ちたエドモンドのジャケットをエドモンドは拾い、内ポケットからハンカチを取り出し二人を見ていた。


 「茉莉花……?」

 「ごめ、ごめんなさい!!」


 茉莉花は瞳に溜めた涙を流しながらベルナルトの胸元に顔をうずめた。ベルナルトは茉莉花の背を擦りながらその場に座り込んだ。茉莉花は泣きじゃくりベルナルトから離れようとしなかった。


 「茉莉花、大丈夫か? 靴が、流されてしまったのか。怪我はしていないか? どこか痛いところは無いか?」


 茉莉花の片足には靴が無かった。土で汚れた白い靴下がむき出しになっていた。茉莉花はそれを気にすることなく、ぶんぶんと首を横に振り泣き腫らした目でベルナルトを見た。


 「ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 「茉莉花。止めてくれ」

 「貴方の事、嫌いだけど、死んでほしいなんて思ってない!! ごめんなさい! ベルナルトさん、ごめんなさい!」


 再び顔を胸元にうずめた茉莉花を驚いたように目を見開きベルナルトは見つめた。エドモンドはふっと笑うと二人に近づいた。


 「ベル」


 エドモンドにそっとハンカチを渡されたベルナルトは何気なくそれを受け取った。エドモンドはベルナルトが怪我をした部分を、自身の額に指を差すことでどうすべきかを伝えた。ベルナルトは納得したようにそのハンカチを額に当て血を押さえようとした。


 「茉莉花、私は大丈夫だから」

 「ごめんなさい!」

 「茉莉花、このくらいでは人は死なない」

 「ごめんな、さい! 私の、せい……」


 ベルナルトは困ったように眉を寄せ震える茉莉花の背を擦った。


 「茉莉花、君は、その……、血が怖いのか?」


 茉莉花はピクリと肩を震わせて上目遣いにベルナルトを見た。ベルナルトは力なく笑っていた。


 「……お父さんの事……」

 「ああ、無理もないな。話には聞いている。悲惨な状態だったそうだな。すまない、思い出したくないだろう?」


 茉莉花は小さく口を開けたまま、ベルナルトの押さえているハンカチに手を伸ばした。ベルナルトはハンカチから手を離した。


 「血が、止まらない」


 茉莉花は瞳を潤ませ眉を下げてハンカチを押さえ続けた。依然止まる事のないベルナルトの血は、ハンカチを赤く染め上げていた。ハンカチから滲み出たベルナルトの温かい血が茉莉花の手にも付着していた。茉莉花はキュッと目を瞑り涙を流した。


 「平気だ」


 ベルナルトは額を押さえる茉莉花の手を片手で掴み離した。自身の額をもう片方の手で押さえ、茉莉花の頬に空いた手を添えた。


 「大丈夫」


 優しい声音で茉莉花にそう言うとベルナルトは微笑んだ。茉莉花は眉を下げ唇を結んでいた。

 濡れて額に張り付いていた茉莉花の前髪をベルナルトは払いのけ、額にキスを落とした。


 「大丈夫だから」


 柔らかく温かいベルナルトの唇の感触に、茉莉花の混乱していた頭が少しずつ落ち着きを取り戻していった。


 「ベル、ナルトさん。ごめん……なさい」

 「ああ。屋敷に帰ろう。君の体が冷えてしまう」


 こくりと頷いた茉莉花の手を引いてベルナルトは立ち上がらせた。茉莉花の体は濡れて冷え小刻みに震えていた。そんな茉莉花の肩を抱きながらベルナルトは足を進めた。


 「いたっ……」


 茉莉花は右足に僅かな痛みを感じ視線を自身の足首に移した。


 (嘘、捻っちゃった?)


 「どうした?」


 心配そうに覗き込んでくるベルナルトに、困ったような顔を向けた茉莉花は言いにくそうに口を開いた。


 「足、捻っちゃったみたい、です……」

 「ああ、君は川に落ちる時不自然な体勢だったな。変に体重が掛かっていたんだろう」


 ベルナルトは少し何かを考えるような仕草を取った後、茉莉花の前に屈みこんだ。


 「え、え?」

 「何をしている。早く乗れ」

 「え? ええ??」

 「茉莉花、早く」

 「で、でも!! 重いし! それにベルナルトさん怪我してるのに」

 「怪我をしているのは君も同じだろう。それに君は片方、靴が無いじゃないか。遠慮はいらない」

 「いやいや、でも……」


 ベルナルトが不機嫌そうな表情を見せ始めた時、エドモンドがさっと茉莉花に近づき茉莉花の体を抱え上げた。


 「うぇ!?」

 「お姫様。これなら文句はないでしょう?」


 横抱きにされ普段よりも顔が近くなったエドモンドに微笑み掛けられた茉莉花は、顔を赤く染め上げて目を見開きエドモンドを見た。


 「俺は怪我してないからね? このメンバーじゃこの体制が妥当でしょ?」

 「エド! 濡れちゃうよ!?」

 「それくらいなんてことないよ」


 立ち上がったベルナルトは舌打ちをしてエドモンドと茉莉花を見ていた。茉莉花はベルナルトの舌打ちも聞こえないくらいに気が動転しており、エドモンドは悪戯っぽくベルナルトに笑い掛けていた。


 「ごめんね、エド……」


 真っ赤な顔のまま茉莉花は恥ずかしそうにエドモンドに謝罪していた。


 「うん、いいよ? それよりもどうやって戻る? 俺も流石にジャスミンを抱えたままじゃ岩は渡れないよ」

 「はぁ、橋を使う。鍵は持っているからな。少し歩くが我慢してくれ」

 「了解!」

 「橋ってあの大きな橋?」


 茉莉花は依然ベルナルトに連れられて散歩した時の事を思い出した。あの時ベルナルトは茉莉花に橋を渡らせたくはないとそう言っていた。だがベルナルトの視線の先には確かにあの橋があったのだ。


 「ああ。一度外に出ないといけない。すぐだが周りには気を付けてくれ。獣が居るかもしれない」

 「ああ、そんな事か。大丈夫、大丈夫」

 「呑気な奴だな」


 ベルナルトは呆れた様にエドモンドを見るとふっと笑い、橋に向かい歩き始めたのだった。



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