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叶堂事件簿録  作者: 神那 悠樹
一章 ―Avaritia―
7/8

違反の代償


「自由……?」

「そうよ。全ての命が持つ最大の権利…それが、今回の『対価』」




…それにしても、酷なことを言う。

彼があそこまで強欲に金を求めたのだって、それが欲しかったからだとわかっていないはずないというのに。




「さて…早くしてくれないかしら?

こう見えてもね、暇じゃないの」




詩月の面倒くさそうに向けられた緑の瞳に男はびくりと体を震わせる。

……なんだか凄くイライラする。





「誰が………誰が、やるかよ! 契約? そんなのただの口約束でしかねぇじゃねえか!」

「そう……それが貴方の答え、ね?」




詩月は嬉しそうに、楽しそうに嗤う。




「なら…『契約違反』ね」




詩月の眼が、月の光を受けて怪しく輝く。

僕は静かに、ゆっくりと眼を閉じた。


―――――始まる。




「ふふふ、遥…ここから先は貴方のお仕事よ?

さぁ…貴方の『契約』を果たしなさい」




詩月の言葉に閉ざしていた眼を開く。


―――今回のお客さん…いや、今は契約違反者となった彼には悪いとは思うけど…

僕はまだ、彼女に処分されたくはない。




「……………だから、言ったのに。」





そう、『叶屋』に頼ることは最悪の決断。

その対価の重大さに…たいていの場合打ちひしがれてしまうから。


己の欲から出たものなら、なおさらに。




「……要するに、お前ら二人を消せば…『契約』とやらについて知ってる奴は俺以外いなくなる。 悪く思うなよ…!」




ポケットから取り出したナイフを僕と詩月に向ける。

あーあ、そんな事したって…




「無駄なのに」

「なんだと…? なっ……!?」




男は自らの手に中を見て眼を丸くする。

それもそのはずだ。普通ではありえないことが起きているんだから。


手の中に確かにあったはずのナイフ(モノ)が先端から消滅していく、だなんて…あり得ないじゃないか。




「な、何が…っ!」

「――――消させてもらったよ。アレはもう、この世には存在しない」





男の手からナイフが何も残らず消失する。

――――ほんと、チートというか、なんと言うか…色々条件があるけど人間相手に使うには酷過ぎる能力だと思う。




「………これが、最終警告。

ねぇ、本当に払う気はないの? 確かに酷だとは思うけど…同意したんだから諦めて払ったほうがよくない?」

「誰が………っ! お前らみたいな化け物に従わなくちゃならないんだよ!」




―――化け物、ね。

自覚もしてるし、言われても仕方のない力も持ってるけど…




「望んで得たものじゃないんだよね…これ。

だから、さぁ……詩月はともかく、僕にそれ言わないでくれない…?」




回し蹴りの要領で側頭部にギリギリ気絶しない程度の蹴りを入れ地面に引き倒し、それを踏みつけながら僕はいう。


地雷、なんだよね。

ものの見事に踏んじゃってくれやがりました、おめでとうございます! ……なぁんてね。

どうしてやろう。




「あら酷いわね、遥。私に対してはどうでもいいって言うの?」

「構わないでしょ、事実なんだから」




そんなことを言いながらも嗤い続ける詩月。

その眼は普段の翡翠ではなく石榴ざくろの色に変わっていた。




「『契約違反者』の末路は、さ」




少しその色を不満に思いながら、倒れ伏したままの男に向かって囁くように呟いた。




「違反金代わりを含めて、当初払えばよかったものの十倍の『対価』を払わなくちゃならないんだよ」




どこか遠くから、足音が聞こえる。

―――――まるで、契約の日の続きのように。




「ちゃんと『払う』って言えば、警察のお世話になって安全に何年で過ごすかすればよかったって言うのにね」




足音が、足音が、足音が。

声が、声が、声が。

―――近づいてくる。呼んでいるのは…男の名前。




「だから、それ以上に自由を奪われる相手に引き渡すことにするって決まったんだ」





足を退かすと、彼は僕にも詩月にも眼もくれず一目散に逃げ出した。





「遥、お疲れ様」

「君の望んだ『対価』は手に入れられたの? 詩月」

「ええ、前金としては貰ったから…後は彼が捕まってくれれば、全て手に入るわ」

「それはよかった」





くるりと踵を返し、歩き始めた詩月の後を追う。




――――さっきみた彼女の瞳は元の色に戻っていた。


………やっぱり詩月には赤よりも普段の緑のほうが似合っていると思う。

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