夕闇の徘徊者
影が長く伸びる町の路地裏を一人の男が走っていた。
ただただ、ひたすらにひたすらに…
時々は以後を気にするようにして振り返りながら、握ったその黒いカバンをしっかりと持って。
「コレは俺のものだ………!
盗られてたまるかよ!」
そう呟いて男が路地裏を駆け抜けた数分後、いかにも怪しげな容貌の男たちが路地裏に雪崩れ込む。
「探せ!
まだそう遠くへは行ってないはずだ!
アイツ……!せっかく組長が可愛がって下さってたってのに…!
組の資金を持ち逃げだと!?
許さねぇ…落とし前はつけさせるぞ!」
そして、男たちもまた駆け抜けていく。
―――結局誰一人、僕たちの存在に気付かぬまま。
「……ちょっといいかな、詩月
これ、どんな状況?話が読めないんだけど」
僕のその発言に心底あきれたような顔で詩月は言う。
「遥……貴方、少しは自分で考えなさいよ」
「外れてたら大変なことになるのがこの『仕事』なんでしょ?
それに僕は君みたいな人外な洞察力は持ってないんでね」
軽く肩をすくめる僕に詩月は一つため息を吐くと一歩前に進みだした。
――――先ほどの喧騒がうそのような静かな風が彼女が纏う上品な白と黒のワンピースを揺らす。
「行くべきところは……わかってるんだね、いつも通り」
「当然よ。
遥、貴方は私を『なん』だと思ってるの?
私はこう見えて徹底した商売人よ?『契約』にもっともふさわしい場所はいつだって私の目の前に現れてくれる。
そういう風な、存在よ?私は…ね」
茜の斜光を詩月の緑色の瞳が照り返す。
……その色は、僕が出会ったその日に魅せられたものとよく似ていた。
――――空は、藍色に変わりだしていた。
男は途方にくれていた。
追っ手の動きが早すぎる。このままでは捕まってしまうのは時間の問題だった。
「畜生…俺は、こんなとこで終われねぇってのに……」
男には欲しい物が沢山あった。
やりたいことも同じように。
そして、このまま逃げ切ることができるのであらば…それの一端ができるというのに。
「ああ…やっぱり、ここだったのね」
「なっ……!?」
突如、誰もいないことを存分すぎるほど存分に確かめたはずの背後からかけられた軽やかな声に男は目を丸くし、隠し持っていたナイフをいつでも取り出せるようにしたまま素早く振り返った。
「こんばんは、お兄さん
―――随分とお困りのようね?」
そこにいたのは、にこやかに挨拶をする黒と白の上物のワンピースを纏った綺麗な顔立ちをした少女とこの町近辺で一番の進学校であり、高額な授業料を請求することで有名な名門校の制服を着流した少年。
どちらも育ちのよさを滲ませる風貌をした彼らは、今の状況に全くそぐわなかった。
「組織の金を奪って逃走するも逃げ切れず処刑、ね
なかなか笑える三文芝居じゃない!」
少女は魔性のものが持つといわれる緑色の瞳を細めて笑う。
男はそれに背筋を凍らせた。この危機的状況の中、魔性の瞳を持つものに出会うなんて、どんな凶兆だ。
いくら迷信だと普段思っていても、思い描いてしまったものは消すことはできなかった。
少女がそれを見てさらに面白がって笑い、少年が呆れつつも嗜める、というごく普通の少年少女のような行動を認識しないまま、声を荒げた。
「―――……何者だ、お前ら!
何のために俺の前に出てきやがったんだ!?」
少女は当意を得た、とばかりに笑みの種類を『商人』としてのあくどさを持ったものに切り替えた。
「商売のためよ。
貴方がそれに応じるなら私は貴方の望みを一つだけ、なんだって叶えるわ。
……まぁ、商売だからただではないけど…
―――――命が惜しいなら、やったほうがいいんじゃないかしら?」
少女の声の直後、追っ手の声と足音が近くで聞こえた。
……逃げ切れるわけもないくらい、近くに。
「―――わかった、応じる!」
男はそう叫んだ。
やりたいことがある。欲しい物がある。
よくわからない契約を結ぶことは不安ではあったが、死にたくはなかった。
「あーあ……」
今まで基本的に無言を貫いていた制服姿の少年が零した呟きが、男の耳に一瞬だけこびりついた。
「――――――最悪の選択したね。
…まぁ、幸運を祈るよ」
男が少年の呟きの本当の意味を知るのは、それからしばらく後だった。
gdgdだ…
読み辛いですよね、わかります。
まだ見えてこないと思いますが、気長にお待ちください。




