古物商『叶堂』
人通りの少ない、入り組んだ迷路のような路地裏を僕は歩いていた。
最初のうちは似たような道に惑わされ、何度も何度も迷子になったけれど…
毎日のように通っている今ではもう、それにも慣れた。
学校指定のカバンに付けているストラップが歩く度に揺れる。
いくつかの十字路と階段を抜けた所にあったのは、開店しているのかどうか怪しいようなアンティークショップ。
一応、申し訳程度にその重そうな扉には傾いた“OPEN”の表札と、『古物商 叶堂』と書かれた看板があるが、商売がやっていけるのか堂なのか非常に不安になりそうな…相変わらずいつ見てもやる気のない店だった。
ほんの少し曲がっていた“OPEN”の表札をまっすぐにしてから、僕はその店の中へと入る。
……別に、買いたいものがある、とかそういうわけじゃないんだけどね。
「詩月、どこにいるんだ?」
「……遅いわよ、遥」
僕が放課後に自分の趣味でもない寂れたアンティークショップに通う理由。
それはそこに、この『叶堂』の店主にして僕のクラスメイトである彼女。
叶詩月がいるからだった。
「お陰で“お客様”が帰ってしまわれたのよ?
まったく、勿体ないったらありゃしないわ」
薄暗い店内の、しかしそこだけは外の光を取り込むため明るい窓際に置かれたロココ調の椅子とテーブルで優雅にティーカップを傾ける詩月。
「……一応聞くけど、それって何時間前のこと?」
「そうね…三時間くらい前かしら?」
「あのね詩月……その時間って、授業中なんだけど……」
「知らないわよ、そんなの」
「出たよ、不登校……!」
定期テストがあるときしか登校しないくせに、常に主席とかどんな嫌がらせだ…と僕は思う。
―――その時、だった。
なんて言ったらいいのか…この感覚を言葉にする方法を、僕は知らない。
強いて言うなら…空気が、変わったとでも言うのだろうか。
雑多なアンティークの持つ静かな空気が静かさをそのままに妖気のような、寒気を感じるような何かを纏う。
そして……それがなんなのか、僕は知っている。
「……遥もわかったでしょう?
“呼ばれた”わ……支度をして頂戴」
楽しげに、嬉しげにその翡翠色の眼を細めて笑う詩月。
「了解………」
窓からの光は、もうすでに茜色に変わり始めていた。
叶堂の、本当の仕事が始まろうとしていた。
話が繋がらないように見えますが、実は繋がります。
『本当の仕事』とはなんなのかをお楽しみに…