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番外編 帰還が遅すぎた日

巻き戻らなかった世界線の父視点です。

隣国との紛争はようやく鎮圧された。

ローゼンベルク侯爵レオンハルトと、その嫡子エドガーは、疲弊した兵を率いて王都へ帰還する。

だが、城門をくぐった瞬間から何かがおかしかった。

家臣達や使用人達の顔色が悪い。


嫌な予感がした。


戦場で幾度も死を見てきた。

だから分かる。本当に恐ろしい報せを前にした人間の顔が。

「何があった」

レオンハルトが尋ねる。

家令は膝をついた。

そして震える声で告げた。

「お嬢様が……断罪されました」


二人はすぐに牢獄へ向かった。

だが、間に合わなかった。


アメリアは既に息絶えていた。

薄汚れた牢の床に横たわる変わり果てた娘を抱き上げた時。

レオンハルトの中で何かが完全に壊れた。

敵国の将軍を討った時でさえ感じなかった怒り。

いや。

怒りですらない。

ただ、失ったという事実だけが残った。


その日から、ローゼンベルク家は変わった。


最初に崩れたのはカイルだった。

噂の出所、証言の捏造、学園内の扇動。

全てが洗い出された。

カイルはローゼンベルク家預かりとなった。

名門貴族の子息だった少年は、辺境での労役行に回される。

王都で甘やかされて育った彼にとって、その生活は厳しいものだったらしい。

王都から名前が消えた半年後、訃報だけが届く。


事故死。


公式記録にはそう残された。

辺境で慣れない作業中に作業員同士がぶつかり転落死したらしい。


レオンハルトは目を通し、静かに書類を閉じた。


オリバーはもっと惨めだった。

彼の才能は情報操作だった。

だからこそ、全て暴かれた。

証言の改竄、記録の編集、都合の悪い真実の削除。

積み上げた経歴は一夜で崩壊した。

投獄、公職永久追放、家名没落。

そして一年後、


獄中死。


刺されたらしい。

誰に刺されたのかは分からずじまいだ。

王都でその死を惜しむ者はいなかった。


セドリックは最後まで抗った。

自分は正義だったと。

アレクシス殿下を守っただけだと。

そう言い続けた。

だが、エドガーは一言だけ返した。

「では」

「なぜ妹は死んだ」

セドリックは答えられなかった。

騎士資格は剥奪された。

辺境最前線へ送られる。

二年後の冬。吹雪の中、救助任務へ向かったまま戻らなかったという。


遺体は発見されないまま、死亡認定。


報告書にはそう記されていた。

一緒にいた隊員達は生還した。

なぜセドリックだけ戻らなかったのか。

詳しいことは分からないらしい。


トーマス・セインツは公開裁判に掛けられた。

隣国との癒着、情報流出、不正取引。

全てが明るみに出る。

卒業式前後に発生した混乱と紛争。

その火種の一端がトーマスだったことも判明した。

王都中が騒然となった。

もはや商人の不正ではない。王国への裏切りだった。

最終的に、


死刑判決。


セインツ商会は消滅。資産は全て没収。名前だけが汚名として残った。


だが、本当の終わりはそこではなかった。

フィオナ・セインツ。

聖女候補、教会の希望、王都の寵児。

その肩書は一つずつ剥がされた。

聖女候補資格剥奪。

王都追放。

教会からも切り離された。

そして北方の治療施設へ送られる。

そこに拍手はない。

賞賛もない。

日々運び込まれる傷病者。

終わりのない雑務。

限界まで酷使される。

誰も彼女を特別扱いしない。治療が遅いと罵倒される。

フィオナは最後まで言った。

「私が頼んだわけではありません。私は何も悪くありません」

何度も。

何度も。

繰り返した。

だが、誰も聞かなかった。

北方に送られて五年後、


殴殺。


道端に転がっているのを発見されたと報告書にあった。

犯人は未だ不明らしい。


最後に残ったのはアレクシスだった。

第二王子。いや、元王子。

王位継承権は剥奪された。

王族籍も失う。王都から遠く離れた北方要塞へ送られた。

そこには栄光も権力もない。

石造りの部屋。窓もなく薄暗くかび臭い。

そして、壁に掛けられた一枚の肖像画。


アメリアだった。


それだけは外されなかった。

最初の数年、アレクシスはフィオナを思い出していた。

だが。

やがて違う。

思い出すのはいつも同じ場面だった。

断罪の日。

牢へ送られるアメリア。

信じてもらえなかった瞳。

助けを求めていた声。

それらが何度も蘇る。

窓がない。外の様子がわからない。

日付の感覚が失われていく。

誰とも会わない。話せない。アメリア.....


発狂死。


その顔は苦悶に歪んでいた、と記されていた。


そして。

レオンハルトは墓を訪れた。

敵は全て消えた。

娘を死へ追いやった者達は誰一人、元の人生へ戻れなかった。

容赦なく、徹底的に潰した。

「終わったよ」

だが、墓石は何も答えない。


アメリアは帰ってこない。

もう二度と返らない。


敵は全て失った。

それでも、自分は何も取り戻せなかった。

復讐は終わった。

だが、


後悔だけは終わらなかった。


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