4月17日 【凜ルートエピローグ】「爆発落ちなんて最低です」
寮へ戻ったのは、消灯時間の少し前だった。
ゲームセンターで取ったペンギンのキーホルダーは、もう凜ちゃんの鞄についている。
黒い身体。
白いお腹。
少し曲がった赤い蝶ネクタイ。
歩くたびに、小さく揺れていた。
「もうつけたんだ」
「なくさない場所を考えた結果です」
「枕元に飾るのかと思った」
「毎晩眺めていると思われるのは嫌です」
「見るんでしょう?」
「見ません」
そう言いながら、凜ちゃんは机へ置いた鞄のキーホルダーを直した。
正面を向くように。
「やっぱり見るんだ」
「向きが気になっただけです」
「かわいいねえ」
「キーホルダーがですか」
「凜ちゃんが」
「……先輩は早く寝る準備をしてください」
凜ちゃんが赤くなって背を向けた。
私も、自分のキーホルダーを机の上へ置く。
ベッドの下では、ダイナマイトペンギンが同じキーホルダーを眺めていた。
「ずっと見てるね」
「見てねえ」
「見てるよ」
「品質を確認してるだけだ」
「ゲームセンターからずっと?」
「念入りにな」
ダイナマイトペンギンはそう言って、ようやく腹巻きへしまった。
「三人でおそろいだね」
「俺はいらねえって言っただろ」
「でも持ってる」
「捨てるのはもったいねえ」
「嬉しいんでしょう?」
「寝ろ」
凜ちゃんが小さく笑った。
*
消灯後。
部屋の明かりを消して、ベッドへ入った。
いつもならすぐ静かになる凜ちゃんが、今日は何度か寝返りを打っている。
「眠れない?」
「先輩こそ起きているじゃないですか」
「凜ちゃんが動いてるから」
「先輩が話しかけるから眠れないんです」
私は暗い天井を見る。
「明日、本当にループが終わるかな」
凜ちゃんが黙った。
「キーホルダーを取ったから、終わらせるんでしょう?」
「……はい」
「どうなるかは分からないんだよね」
「分かりません」
「怖い?」
「少し」
「私も」
暗闇の中で、凜ちゃんのベッドが小さく軋んだ。
「でも、先へ進むって決めたんだよね」
「はい」
「じゃあ、一緒に進もう」
少し間があった。
「先輩は、本当に簡単に言いますね」
「難しく言ったほうがいい?」
「いいえ」
凜ちゃんの声が、少しだけ笑う。
「そのままでいてください」
「うん」
「ただし、朝は自分で起きてください」
「それとこれは別だよ」
「別ではありません」
しばらくすると、凜ちゃんの寝息が聞こえてきた。
私も目を閉じる。
今日は朝からずっと凜ちゃんと一緒だった。
服を買って。
クレープを食べて。
映画を見て。
最後に、何度やっても取れなかったペンギンを取った。
次に来たら取ろう。
ずっと来なかったその「次」が、ようやく今日になった。
*
どれくらい眠ったのだろう。
小さな物音で目が覚めた。
扉が閉まる音だった。
薄く目を開ける。
隣のベッドに凜ちゃんはいない。
ダイナマイトペンギンもいなかった。
「どこ行ったんだろう」
少し待った。
でも、気になる。
かなり気になる。
私は上着を羽織って部屋を出た。
静かな廊下を進むと、共同スペースの奥にあるベランダの扉が少しだけ開いている。
そこから、そっと外を見る。
夜風の中に凜ちゃんが立っていた。
その腕の中には、ダイナマイトペンギンがいる。
「えっ」
声が出そうになって、口を押さえた。
凜ちゃんが、ダイナマイトペンギンを抱きしめていた。
いつもなら、うるさいとか、来ないでとか、散々なことばかり言っているのに。
今は、小さな黒い身体を胸へしっかり抱いている。
「……ありがとうございました」
凜ちゃんの声が聞こえた。
「まだ早え」
「いいえ。今、言っておきます」
凜ちゃんは少しだけ腕に力を込めた。
「あなたがいなかったら、私はまた日々を繰り返していました」
「俺がいなくても、いつか決めたさ」
「決めません」
「強情だな」
「あなたにだけは言われたくありません」
凜ちゃんが笑う。
その頬を、涙が一つ流れた。
「勝手に手紙を書いて」
「ああ」
「先輩に余計なことを話して」
「ああ」
「私が隠したかったことを、全部見つけて」
「ああ」
「本当に最低でした」
「褒めるな」
「褒めていません」
「知ってる」
凜ちゃんは少し黙った。
「でも」
次の言葉を出すまでに、少し時間がかかった。
「大好きです」
ダイナマイトペンギンが動きを止めた。
「ありがとうございました」
今度は、彼も何も言わなかった。
すごくいい場面だった。
だから私は、黙っていればよかった。
「ラブラブだねえ」
凜ちゃんが飛び上がった。
「先輩!?」
「いつからいた」
ダイナマイトペンギンがこちらを見る。
「『本当に最低でした』くらいから」
「ほとんど全部ではありませんか!」
「凜ちゃん、ダイナマイトペンギンのこと大好きなんだ」
「今のはそういう意味ではありません!」
「大好きに違う意味があるの?」
「あります!」
「どんな?」
「今は説明しません!」
凜ちゃんは慌ててダイナマイトペンギンを下ろした。
顔が真っ赤だった。
「ペンギンも照れてる?」
「俺はいつでも平常心だ」
「葉巻、逆だよ」
ダイナマイトペンギンは黙って葉巻をくわえ直した。
「照れてるねえ」
「夜風のせいだ」
凜ちゃんが小さく笑った。
ダイナマイトペンギンは、しばらく私たちを見ていた。
それから、自分の腹に巻かれたダイナマイトへ目を落とす。
「さて」
葉巻を外した。
腹巻きから、小さな銀色のライターを取り出す。
「何するの?」
「最後の仕事だ」
ライターの蓋を開ける。
かちり。
小さな火が灯った。
「ちょっと待って」
ダイナマイトペンギンは、その火を導火線へ近づける。
「待ってください」
凜ちゃんが、ひどく嫌そうな顔をした。
「何をしているんですか」
「見りゃ分かる」
「分かりたくありません」
「世界を先へ進める」
「爆発以外の方法を考えてください!」
「これが俺の持ち味だ」
「漫画でも最低の終わらせ方だったでしょう!」
「ちゃんと終わっただろ」
「そういう問題ではありません!」
火が導火線へ移った。
「あ、本当につけた」
「先輩、感心している場合ではありません!」
凜ちゃんがダイナマイトペンギンを押さえようとする。
ダイナマイトペンギンはするりと逃げた。
「危ないよ!」
「危ねえから離れてろ」
「あなたが火をつけたんでしょう!」
火はもう赤い筒へ向かって進んでいる。
「凜ちゃん、どうしよう!」
「まずこの馬鹿を捕まえます!」
「もう火ついてるよ!」
「分かっています!」
私も手を伸ばす。
凜ちゃんも追いかける。
ダイナマイトペンギンは、二人に挟まれながら満足そうに笑った。
「いい最終回だ」
「どこがですか!」
「女二人に取り合われながら死ぬ」
「誰も取り合っていません!」
「ラブラブだねえ」
「先輩もやめてください!」
導火線が、最後の数センチになる。
凜ちゃんはとうとう追いかけるのをやめた。
大きく息を吐いて、ダイナマイトペンギンを見る。
「あなた、本当に最後まで変わりませんね」
「変わるのは世界だけでいい」
「そういうことだけ格好よく言わないでください」
私は凜ちゃんの手を握った。
凜ちゃんも握り返す。
ダイナマイトペンギンが、火のついていない葉巻をくわえ直した。
「じゃあな」
「またね」
私が言う。
凜ちゃんは少しだけ黙った。
それから、まっすぐダイナマイトペンギンを見る。
「……さようなら」
「ああ」
火が、赤い筒へ届く。
凜ちゃんが最後に呟いた。
「爆発オチって、最低だと思います」
その言葉と同時に。
世界が、真っ白になった。
音は少し遅れてきた。
大きな爆発音。
身体が浮く。
ベランダも。
寮も。
夜空も。
町の明かりも。
すべてが白い光の中へ消えていった。




