表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/10

4月8日 水城凜はお姉さまと呼んでくれない。

わたしは桜庭ひより。私立紅花高校の三年生だ。


 紅花高校は、今どき珍しい全寮制の由緒正しい女子校である。


 この学校には、疑似姉妹制度という少し変わった仕組みがある。先輩と後輩が同じ部屋で暮らし、先輩が後輩の面倒を見るというものだ。


 そんな私の同居人は、水城凜ちゃん。


 少しあどけない顔立ちに、可愛らしいツインテール。見ているだけで、私の保護欲を強烈に刺激してくる。


 その一方で、態度は少しそっけない。


 そこがまた堪らないのだ。


「先輩。膝枕ならまたしてあげますから、早く起きてください」


 学校の中庭にある大きな樹の下。


 どうやら私は、凜ちゃんに膝枕をしてもらったまま眠ってしまったらしい。


「うーん。あと五分」


 私は仰向けからうつ伏せになり、凜ちゃんの太ももへ頬を寄せた。


「先輩。もう起きていますよね。変なセクハラをしないで、授業に行きますよ」


「先輩じゃ嫌だなあ。お姉さまって呼んでくれたら起きるんだけど」


 私がわざとらしく言うと、凜ちゃんの顔が真っ赤になった。


 可愛い。


 凜ちゃんは恥ずかしくて、私をお姉さまと呼べないでいるのだ。


「嫌です」


「じゃあ起きない」


「そんな。授業に遅刻しちゃいますよ」


 そこまで困っても、私を無理やり膝の上から降ろせない。


 凜ちゃんは、やっぱり優しい。


 これ以上いじめるのも可哀想なので、私は起き上がり、凜ちゃんへ手を差し出した。


「ごめん、ごめん。一緒に授業へ行こうか」


「はい」


 昇降口で靴を履き替えたところで、私はあることに気づいた。


「凜ちゃん」


「今度は何ですか」


「英語の教科書、部屋に忘れたかも」


 凜ちゃんの動きが止まった。


「……かも、ではなく?」


「確実に」


「どうしてそんなに落ち着いているんですか!」


「大丈夫。今日は一時間目、古典だから」


「英語は二時間目でしょう!」


「未来の私に期待しよう」


「期待できません!」


 凜ちゃんは鞄を開け、英語の教科書を一冊取り出した。


「私の予備です。昼休みまでには返してください」


「予備の教科書を持ち歩いているの?」


「先輩が忘れると思ったので」


 私は、しばらく凜ちゃんの顔を見つめた。


「な、何ですか」


「凜ちゃん」


「はい」


「好き」


「……っ!」


 廊下を歩いていた何人かの生徒が、こちらを振り返った。


 凜ちゃんはさらに顔を赤くして、教科書を私の胸へ押しつける。


「そういうことを大声で言わないでください!」


「でも、本当に助かったから」


「だったら次から忘れ物をしないでください!」


「善処します」


「絶対にしない人の言い方です!」


 予鈴が鳴った。


 私たちは顔を見合わせる。


「凜ちゃん、走るよ」


「誰のせいだと思っているんですか!」


「青春のせい」


「先輩のせいです!」


 階段の手前まで、私たちは並んで走った。


 二年生の教室へ向かう廊下と、三年生の教室へ向かう階段。その分かれ道で、凜ちゃんが振り返る。


「先輩!」


「なあに?」


「教科書、なくさないでくださいね!」


「はあい。凜ちゃんも、授業中に私がいなくて寂しくても泣かないように」


「泣きません!」


 私が手を振ると、凜ちゃんは呆れたような顔をした。


 それでも最後には、小さく手を振り返してくれた。


 その姿を見届けてから、私は階段を駆け上がる。


 今日もきっと、いつもと同じ一日だ。


 授業を受けて、友達と笑って、放課後になれば三〇八号室へ帰る。


 そこには、きっと凜ちゃんがいる。


 私の机の上に脱ぎ捨てられた靴下を見つけて怒りながら、それでも夕食の時間になれば、必ず私を呼びに来てくれる。


「……あ」


 私は自分の足元を見た。


 履いている靴下には、ペンギンのマーク。


 凜ちゃんのお気に入りの靴下だ。


「まあ、いいか」


 始業の鐘が鳴った。


 遠くの廊下から、凜ちゃんの声が聞こえた気がした。


「よくありません!」


 私は笑いながら、三年生の教室へ駆け込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ