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『魔王城のWi-Fiだけ異常に強い件』  作者: 断捨離


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第二話 ラスボス城、IT土方の職場でした

 

 俺は連行されていた。

 しかも普通に徒歩で。


「いや、もっとこう……縄で縛るとかないんですか?」


「通信技術者は貴重だからな」


 銀髪の女騎士――レヴィアは真顔で言った。


「丁重に扱う」


「その割に剣の殺気がすごいんですが」


「逃げたら斬る」


「丁重とは」


 俺は魔王城へ向かう山道を歩きながら、スマホを見た。

 電波は常時最大。

 しかも速い。

 ありえないほど速い。


「……これ、本当にどういう仕組みなんです?」


「魔導中継塔を知らんのか?」


「魔導……?」


「大気中の魔素を圧縮し、通信波として変換している」


「なんとなく言っていることは分かるのに、一文字も理解できない」


 だがエンジニアとしては興味しかない。

 異世界の通信技術。

 しかも、かなり高度。

 街中の通信インフラを支えているレベルだ。

 なのに。


「なんでパスワード無しなんです?」


「……魔王様が“皆で使えた方が平和じゃない?”と」


「IT担当が胃を壊すタイプの上司だ!」


 レヴィアは深くうなずいた。


「三代目通信局長は胃潰瘍で倒れた」


「実話!?」


「二代目は情報漏洩で国外逃亡した」


「組織として終わってる!」


 山を登るにつれ、魔王城の巨大さが見えてくる。

 近くで見ると、さらに異様だった。

 禍々しい黒い外壁。

 巨大な尖塔。

 空を覆う紫の雲。

 そして――

 壁面に大量のアンテナ。


「…………」


 パラボラ。

 中継器。

 どう見ても通信設備。

 ラスダン感よりデータセンター感が強い。


「城というより通信局では?」


「よく言われる」


 言われるんだ。

 門が開く。

 中へ入った瞬間、俺は目を疑った。


「えっ」


 廊下を魔族たちが走っている。


「回線落ちたぞ!」


「南部ノード再起動しろ!」


「第七中継塔パンク寸前です!!」


「誰か帯域制御できるやつ呼べ!!」


 完全に障害対応現場だった。

 ファンタジーじゃない。

 IT土方の職場だ。


「なんだこれ……」


「魔王軍通信管理本部だ」


「終わっている……」


 すると前方から怒号が飛んだ。


「だから動画配信鯖を戦略回線と同じにするなと言っただろうが!!」


「魔王様が“配信止まると悲しいじゃん”って……!」


「悲しいのはこっちだ!!」


 頭を抱える角付きの魔族。

 床に散乱する書類。

 徹夜明けみたいな顔。

 死んだ目。

 俺は確信した。

 ここには俺と同じ種類の人間がいる。

 ブラック職場に魂を削られた技術者たちが。


「隊長!」


 若い魔族がレヴィアに駆け寄る。


「例の侵入者ですか!?」


「ああ」


 若い魔族は俺を見るなり叫んだ。


「お願いです助けてください!!」


「早い早い早い」


「もう限界なんです!!」


 肩を掴まれる。

 目が血走っていた。


「昨日、魔王様が“城内全部フリーWi-Fiにしよう”とか言い出して……!」


「あー……」


「しかも来客向けに認証無し!!」


「うん、最悪ですね」


「さらに“動画見放題”ってキャンペーン始めて……!」


「地獄かな?」


「通信量が通常の十八倍です!!」


「十八!?」


 阿鼻叫喚だった。

 すると、城全体が突然揺れた。

 ブゥンッ!!

 照明が消える。

 どこかで爆発音。


「ぎゃああああ!!」


「基幹回線死んだぁぁ!!」


「第一区画沈黙!」


「第四塔応答なし!」


 職員たちが絶叫する。

 その瞬間。

 俺のスマホ右上。

 アンテナが消えた。


「……あ」


 完全圏外。

 世界から切り離された感覚。

 久々に味わう恐怖。

 すると俺の口から、反射的に言葉が出ていた。


「メイン回線と配信鯖、物理的に分離してないんですか?」


 場が止まる。

 全員がこちらを見る。


「……物理分離?」


「負荷分散は?」


「……ふか?」


「バックアップ回線は?」


「…………」


 嫌な予感。

 俺は恐る恐る聞いた。


「まさか一本で全部やってるんですか?」


 沈黙。

 誰も目を合わせない。


「……魔王様が“まとめた方が分かりやすい”と」


「小学生のLAN構築か!!」


 その時だった。

 奥の巨大扉が開いた。

 ゴゴゴゴ……

 全員が直立する。


「ま、魔王様……!」


 現れたのは――

 黒いローブ姿の青年だった。

 二十代くらい。

 眠そうな目。

 ボサボサの髪。

 片手にポテチ。


「んー?」


 そして第一声。


「Wi-Fi死んだ?」


 軽い。

 絶望的に軽い。

 だが全員が青ざめていた。

 青年――魔王は、俺を見て首をかしげた。


「誰?」


 レヴィアが敬礼する。


「不正接続者です」


「あー!」


 魔王は急に目を輝かせた。


「君、人間なのに接続できたの!? すご!」


「いやパスワード無かったんで」


「…………」


 魔王の笑顔が止まる。


「えっ」


「フリーWi-Fiでした」


「…………」


 数秒の沈黙。

 そして魔王は小さく呟いた。


「……また怒られるやつ?」


 職員全員が同時に叫んだ。


「毎回です!!!」


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