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公爵令嬢と聖女の密約——断罪されるのは、あなたたちのほう  作者: Vou
第一章 王都の繁栄と辺境の動乱

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第九話 侯爵令嬢の侮蔑と聖女の涙

 王城を出て、公爵家に向かって馬車が大通りを進んで行くと、大聖堂が目に入った。

 いつにも増して行列に並ぶ人々が多かった。「並ぶ」というより、「集まっている」という様子だった。何か違和感があった。


 クローデリアは馬車を止めさせ、通りで降りて大聖堂に近づくと、大声でわめく女の声が聞こえた。


「聖女のあなたが無能だから、こんなに毎日行列ができるんじゃないの。往来の邪魔なのよ」


 大声の主はセラフィナだった。

 ——ユリウスにフラれた腹いせにエリシアを侮辱しに来たのだろうか。

 クローデリアの胸がざわついた。


「こんな簡単な傷も治せないなんて、あなた、聖女を騙る偽物なんでしょう? 図々しいにもほどがあるわ」


 そう言って見せたセラフィナは自らの腕を見せた。


「そんな傷はなかったです……」


「何を言い訳しているのよ! 私が嘘をついているというの? 小汚い平民が貴族をバカにするんじゃないわよ」


「申し訳ございません。ではもう一度治療させていただけますか?」


 エリシアが手を伸ばすと、セラフィナはその手を思い切り叩いた。


「その汚い手で触らないで」


 見ていられなかった。

 クローデリアは人混みをかき分けて前に出て行こうとした。

 しかしそのとき、大聖堂の中からグレゴール大司教が出てきた。


「これはセラフィナ様、いかがされました?」


「大司教、この平民の女が治療もせずに、私のことを非難するんです。聖教会はどうなっているんですか?」


 セラフィナは再び腕を掲げた。よく見ると、爪でたった今傷つけたように血のにじむ薄い傷があった。


「それは大変失礼いたしました。聖教会が責任を持って聖女を『教育』し直しますので、ご容赦ください。必ず状況を改善するようにいたしますので」


 その発言は、グレゴール大司教が聖女よりも上なのだと、強い印象を与えた。


「皆様、申し訳ございません。本日は聖女の魔力(マナ)が枯渇してしまったようなので、また明日お越しください」


 グレゴールは群衆に向かってそう告げた。

 群衆はざわついた。中には聖女を非難する汚い言葉も多く混じっていた。


 群衆が大聖堂から去っていくなか、クローデリアはエリシアを追った。


「クローデリア様ではないですか? どうかなさいましたか? 申し訳ございませんが、本日は聖女の治療はできそうにございません」


 エリシアより先にグレゴールがクローデリアに気づき、声をかけてきた。


「患者ではなく、友人として来ているのです。大司教様、少しエリシアと話をさせてもらえませんか?」


 エリシアはクローデリアのほうにも向かず、俯いたままだった。

 グレゴールがクローデリアを品定めでもするかのように、舐めるように見てから口を開いた。


「いいでしょう。精一杯慰めてやってください。ご友人として。これからも『聖女』としてしっかりと勤めてもらわないといけませんのでな」


 クローデリアは何も答えず、エリシアと並んで大聖堂の「聖女の間」へと歩いた。



 「聖女の間」に入るなり、エリシアは泣き出した。クローデリアは黙ってそれを見ていた。泣きたいだけ泣いたほうがいい、と思った。


「王都なんて大嫌い」


 エリシアが泣きながら言った。


「クローデリアだって、本当は私のことをバカにしているんでしょう?」


「そんなことない……」


「貴族だからって何が偉いの? 人の傷も治せないくせに。あなたなんて人を呪うことしかできないんでしょう?」


 そう言って、エリシアははっとした。

 クローデリアはただ悲しそうにエリシアを見つめていた。


「ごめんなさい……。私、何てことを……」


 エリシアは少し冷静になってきたようだった。


「いいのよ、エリシア。私は貴族だけど、人の役に立つような魔法は使えない。あなたは平民の出自だけど、人を癒す魔法が使える。でも私がしないような失言もしてしまう。皆、いいところも悪いところもある、同じ人間よね。私もこんな王国は嫌いだわ」


 エリシアは頷いた。そして思い出したように言った。


「あの女の人よ、クローデリアに毒を嗅がせたのは」


 エリシアはセラフィナのことを言っているのだ。


「そうだと思っていたわ。本当に嫌だわ。私なんて命まで狙われるほど妬まれているのよ。貴族なんていいものじゃないでしょう? あの女もやっかみばかりで大変ね。……どうしたら皆がもっと住みやすい王国になるのかしらね」


 そのとき、エリシアが真剣な顔をした。


「クローデリア、あなたは王妃になったらいいわ。それで王国を皆が暮らしやすいところにして」


 クローデリアは驚いて、笑った。


「そうね、王妃になったらあんな侯爵令嬢は潰してやるわ」


 クローデリアは冗談めかしくおどけて言った。


「私は本気でそう思っているのよ。侯爵令嬢だけじゃない。大司教も町の人たちも大嫌い。お願い。こんな王国に生き続けていく価値なんてないわ」


 王太子ユリウスがいる限り、クローデリアが王妃になることはありえない。

 仮に王妃になったところで、王国の最高権力者になるわけでもない。


 でも——とクローデリアはつい夢想した。もし最高権力者になったら、誰にも後ろ指を差されることなく、カイと一緒になることもできるだろうか。

 クローデリアはそんな夢想をしてしまった自分自身を嘲った。


 しかしそのとき、クローデリアの中に、うっすらと淡い野心のようなものが生まれていた。


「私も私ができることを頑張るから」


 クローデリアの夢想を見透かし、何かを決意したかのように、エリシアがそう宣言した。

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