第八話 王太子ユリウスと王国騎士団長カイ
大聖堂でのエリシアとグレゴールとの面会の翌日、クローデリアは王城に参上した。
城門の門兵は、馬車の中にクローデリアの姿を認めると、少し驚いた顔をして敬礼し、通過させた。
第二王子のレオンハルトと婚約してから、クローデリアが王城に参上する機会は増えてはいたが、今日は予定にない訪問であった。
昨日のグレゴールとの会話がクローデリアを不安にさせ、王城に向かわせたのだった。
城門から王宮の建物に向かう途中、行く手から一台の馬車が向かってきた。
クローデリアはその馬車に見覚えがあった。
すれ違いざま、相手の馬車にセラフィナが乗っているのが見えた。
セラフィナは悪魔のような形相でクローデリアを睨みつけてきた。
クローデリアは胸騒ぎがした。
王宮にはレオンハルトもユリウスもいたが、二人は少し憔悴しているように見えた。
「何かあったのですか?」
クローデリアは挨拶もそこそこに、二人の王子に問いかけた。
すると二人は顔を見合わせ、苦笑いした。
「たった今、クロイツェン侯爵家の令嬢が見えたのだが……」
ユリウスが困惑したように言った。
「先ほど私もセラフィナの姿を見ました。何の用件だったのですか?」
「それがな……」
ユリウスが言い淀むので、代わりにレオンハルトが答えた。
「兄上に求婚してきたのだ」
求婚? 貴族の令嬢が王宮に出向いて直接王太子に?
セラフィナは何を焦っているのだろう、とクローデリアは訝しんだ。
「それでユリウス殿下はどうされたのですか?」
「どうも何も……」
レオンハルトが答えようとしたところを、ユリウスが遮った。
「俺はよく知りもしない女性と結婚しようとは思わん。セラフィナ嬢は明らかに王家の権力を目当てにしているようであったしな。それにこの大事な戦局にあって、婚姻のことなど考えられん」
「戦争に行くなら、その前に結婚しろとまで仰っていましたね。自分なら戦争で兄上が負傷しても治癒することができると」
レオンハルトがそう付け足した。
「なぜか聖女を持ち出して……自分は聖女よりも治癒能力が高いと言って、兄上の古傷を魔法で治癒しようとしたのだが、覚えたてのせいか、そもそも魔力が不足しているのか、ほとんど効果がなくてな、ひどい空回りようだった」
ああ、そうか、とクローデリアは納得がいった。
セラフィナはクローデリアの殺害に失敗したことでレオンハルトを諦め、ユリウスに狙いを定めたのだろう。しかし、グレゴールと繋がりのあるセラフィナは、グレゴールが聖女エリシアをユリウスに近づけようとしていることを知り、クローデリアにだけでなく、エリシアにも嫉妬心を燃やすようになったのだ。そして、エリシアにユリウスの婚約者の座を奪われる前に焦って動き出したのだ。
セラフィナの動向も気にはなったが、もう一つクローデリアには気がかりなことがあった。
「戦争はまだ続きそうなのですか? ユリウス殿下も参戦なさらねばならない状況なのでしょうか?」
クローデリアがそう問うと、ユリウスの表情が引き締まった。
「戦況は思わしくない。辺境の民も大きな被害を受けてしまっている。苦しむ民を放ってはおけない。俺は戦うことしか脳がないしな」
「そうですか……。十分にお気をつけください」
「何か気がかりなことでも?」
レオンハルトが訝しげにクローデリアに尋ねた。
「……いえ、ただ不安になっただけです。戦争は王国を疲弊させますし、ユリウス様がお怪我でもされたら大変です」
「クローデリア、心配してくれて感謝するが、強力な王国騎士団も一緒だ。問題ない」
そう言ってユリウスは豪快に笑った。
「それならばよいのですが……。くれぐれもお気をつけくださるよう。ユリウス殿下は王国にとってとても重要なお方なのですから」
憶測でグレゴールのことを話すのは憚られ、クローデリアはそれだけ言い残して王宮を去った。
その足で、クローデリアは王国騎士団の詰め所に向かった。
詰所の中庭で、騎士団員たちが訓練を行っているところだった。若くして実力と人望を認められ、騎士団長となったカイが、団員たちに号令をしているのが見えた。
戦争に参加する日が近いことがわかっているのか、緊張感が感じられた。
訓練がひと段落したのか、騎士団員たちが休憩に入るようだった。
カイがクローデリアに向かって歩いてきた。
「クローデリア、こんなところにどうした? 具合は大丈夫か?」
「聖女様に治していただいたのよ。大丈夫に決まっているじゃない」
そう言ってクローデリアは微笑んだ。
——カイだけは私の具合にも気づかってくれる……。レオンハルト殿下もユリウス殿下もお優しいお方だけど、私自身を見てくれているのではないのよね。
カイは安堵した顔をして「それならよかった」と返した。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……近く戦争に行くんでしょう?」
カイの表情が固くなった。
「ああ、そうだ。クローデリアの耳にも入ったか。実は辺境の町が激しい攻撃にあっていてね。王国の要衝だから何としても防衛しないといけない」
「勝てそうなの?」
「勝つさ。俺たちは強い」
カイが力こぶを見せた。クローデリアは一瞬笑って、また真顔に戻った。
「変なことを聞くようだけれど、聖教会は今回の戦争に何か関わっているの?」
「聖教会? いや……何も関わっていないと思うが。聖教会騎士団が参戦するとも聞いていないな」
「そう、それならいいんだけど……」
「何か不安があるなら言ってみな。一人で抱えないほうがいい」
カイの言葉に、気を張っていたクローデリアの心が少し和らいだ。
「……あのね、実は昨日、聖女様に治療のお礼に聖教会に行ったんだけど、そこでグレゴール大司教にお会いして……聖教会がユリウス殿下に近づくために戦争を利用するようなことを仰っていて……何か良くないことをしようとしているんじゃないかって心配になったの」
「なるほど……。最近の聖教会は確かに何か胡散臭いところがあるよな。新しい聖女が誕生してからは、特に……。でも、心配するな。俺がユリウス殿下もしっかり守るし、王国も守るから。俺ほどじゃないが、ユリウス殿下ご自身も相当な猛者だ」
そう言ってカイは大きな笑顔を見せた。
「カイ、あなたは無理をしないで、気をつけてね」
それがカイに言える最大限の言葉だった。
公爵令嬢として、第二王子の婚約者として、ユリウスの身を案じ、グレゴールの陰謀に不安を覚えてはいたが、本音ではカイが無事で帰ってくることが何よりの願いだった。
エリシアの指摘したとおり、クローデリアはカイを心から愛していた。幼少の頃からその想いは変わらず、むしろ大きくなっていった。
しかし、色恋と結婚はまったく別物だ、という認識も強かった。
自分の願望などより、公人としての立場を優先すべき、というのがレーヴェンハイト公爵家での教えでもあった。
カイはクローデリアの言葉に頷いたが、視線を一瞬だけ逸らした。クローデリアには、それがどこか誤魔化すような仕草に見えた。




