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・ギア/サード 魂葬者、斑輝喜逸・弐――再戦前夜/ぼくの手握るきみの手の温度

 那由那から情報を得た後、旧相模原市周辺でこなした依頼の完了報告と幾ばくかの報酬を得た喜逸達はベースキャンプを後にし、件の凶悪な魂葬者――坐武羅の討伐任務についていた。


 現在は妖狐に奪われた喜逸の霊力の回復を待つ為ゆっくりと移動し、坐武羅が根城にしているとの情報が入った城山ダムへと向かっている。

 つまりは来た道を戻るルートを進んでいた。


『それにしても凄い偶然です。渡りに船とはまさにこの事、これはちなみの日頃の行いがすこぶる良いからに違いありません! そんな訳で御主サマ、ちなみにちなみの事を褒めてくださっても構わないのですよ!? ……って御主サマ? どうかしたのですか?』

「……いや、偶然にしちゃあ出来すぎてるような気がしてな。俺の考えすぎかも知れねえが」

『考え過ぎる御主サマ……ハッ、ひょっとしてお熱が!? た、大変ですっ。今すぐ電子ワクチンをプログラムして、御主サマをちなみと同じ電子生命体に改造したのち、電子脳にワクチンを打ち込んで病気を治すついでにハックしてなんやかんやで御主サマと結ばれて幸せにならねばッ!? ちなみにちなみは新婚旅行はハワイのサーバーを希望ですけどー、御主サマと一緒ならどこでもオッケー! わぉ、我ながらなんて安上がりで都合のいいちなみなのでしょう!』

「どこをどう飛躍すればその答えに辿り着くんだよこのポンコツAI。ワクチンソフト打ち込むべきはお前の方だろうが。ゴーグルごとバラすぞコラ」

『ひぃいん御主サマ冷たい! ゴーグルを壊されたらちなみはちなみに家なき子になって、路傍で途方に暮れている所を目ざとく見つけた悪漢たちにあんなことやこんなことをされてしまいます~。大昔の薄い本みたいに! キャー、御主サマのえっち!』


 絶好調なのかよく回るちなみの舌に辟易しつつ、喜逸は少し前を往く妖狐へと視線をやる。


 坐武羅から喜逸を庇い一時は致命傷を負ったはずの妖狐は、今は嘘のようにピンピンしていて、手に持った猫じゃらしをガキ大将のように振り回しながらスキップなどしていた。

 左右に振れる猫じゃらしを追いかけるように、尻尾が楽しげに首を振っている。

 どうやらご機嫌らしい。


「おい、分かってるとは思うが旅っつっても旅行じゃねえんだ。あんまりはしゃいで足元掬われても、俺は助けねえからな」

「おや、きーつはぼくの事を心配してくれるのか。やっぱり優しいなぁ、きーつは」

「ニヤニヤ笑うな気持ち悪い。坐武羅の相手してる最中に面倒ごとが増えるのが嫌なんだよ」

『よっ、出ました御主サマお得意の誰得ツンデレモード! テンプレ過ぎて逆にあざとい!』

「ふむ。ツンデレ……という事は、このあと甘々なデレがぼくに待っているという事か。ふふふ、期待してるぞ、きーつ」


 本格的にウンザリした喜逸はそれ以上頭のネジがイカれたアホどもと会話するのを諦め、黙々と歩みを進めながら、先に待つ坐武羅との戦闘について考える事にした。


 人体を叩き斬る斧であり音色を奏でる喇叭でもある魂葬霊具『土蜘蛛喇叭』、それを意のままに操る破戒僧坐武羅。

 同じ魂葬者でありながら、生きている人間の命を奪う最悪の敵を、斑輝喜逸は倒さねばならない。

 そうでなければ最強にはなれず、最強になれなければ全ての終わりなき終わりを終わらせるなど到底達成不可能だからだ。


 しかし、坐武羅は強い。奴が見せた『崩界(ダーマ・ダート)』は、はっきり言って妖狐と対峙した時と同等かそれ以上の理不尽さを感じさせた。

 あの現象が何なのか、過去の書籍などのデータを有する知識の宝庫でもあるちなみに頼んで調べて貰ったが、結局詳細は分からなかった。


 ただ、仏教の『法界』という言葉と何か関係がありそうだ、とちなみは言っていた。


『ダーマ・ダートゥはサンスクリット語で「法界」を意味する言葉です。ちなみに「法界」とは、主に華厳宗などで用いられる単語で世界の真理を示しています。一が多であり多がそのまま一であるという『一即一切』の思想と、この世のあらゆる現象は心の表れであり、あらゆる現象は心が起こすとされた『唯心思想』。それらを合わせ、世界の全ては仏の世界の顕現であり仏も我々も皆一体。全ての事象、仏ですらも我々一人一人が描き出した姿であり、そんな誰かが描き出した無数の世界の集合体が、大きな一つの世界となって、互いを侵すことなく総体としては秩序を保ち存在している、というこの宇宙の在り方――すなわち真理を表しているのだそうです』


 意味が分からんとばっさり一言で断ずると、


『脳ミソ筋肉な御主サマでも分かるように要約すると、この宇宙は人間一人一人によって描き出された世界の集合体であって、仏も人間も極論同じ一つの存在なんだぞ……って話です』

「仏も人間も皆一つ、か。仏教徒ってのは思ったよりも傲慢な考え方してんだな」


 というのがざっくりとした喜逸の感想で。


『宗派にもよりますが連中の目的って究極、「俺自身が仏になる事だ(キリッ)」ですからね~』


 というのが身も蓋もないちなみの弁で。


「あいつら、ぼくを見る度に気味の悪い武器を持ちだしてぼくを殺そうとするから嫌いだ」


 というのが興味なさげな妖狐の言だった。 


 ちなみに、ちなみの分析によると、坐武羅の『崩界』発動中は喜逸の能力値は全て一段階ずつ低下し、全ての数値を加味した総合評価である能力値総合などB−にまで落ちていたらしい。

 反対に坐武羅の能力値は全てが一段階ずつ上昇。

 さらに喜逸は一部思考の混濁や混乱にも似た現象に襲われており、坐武羅の崩界発動から妖狐の胸が貫かれるまでの記憶が曖昧だ。

 正直言って、あの意識が朦朧としている状態で二段階以上の能力差のある相手を倒すのはほぼ不可能に近い。

 坐武羅に『崩界』を使わせたら敗北する。それは確定事項と考えるべきだ。


 故に、喜逸に勝ち筋もしくは打つ手があるとすれば一つしかない。


「ヤツは『崩界』は準備に時間が掛かると零しやがった。ならその準備が整う前に勝負を決めてやればいい」


 すなわち、奇襲からの速攻。

 結局、斑輝喜逸が格上に対して取るべき手段などこれしかない。

 喜逸は狩る側の人間だ。故に奇襲を卑怯だとは思わない。

 魂葬者とは、正々堂々戦う戦闘狂のことを指す言葉ではない、永久人を滅ぼす者を指す名だ。

 真正面から倒せない相手なら無理に正面から戦う必要など欠片もない。最後まで戦場に立ち、生き残っていた者が強い。

 それが死なない永久人なんぞを相手に戦うこの世界のルール。

 最強の魂葬者になりたいのならば、斑輝喜逸は何が何でも生きて坐武羅を倒さねばならないのだ。


「互いに手の内を晒した相手だ。馬鹿正直に真正面から戦えば長引くのは必至。だがこっちにはヤツの潜伏先というカードがある。仕掛ける権利がある分、優位なのは俺達だ」


 勿論、地の実力は圧倒的に坐武羅が上である以上、うまく使わなければ簡単にひっくり返る程度の優位性だ。

 だがチャンスを与えられた事に変わりはない。


 僅かでも自分が優位、という状況から戦闘をスタートさせられる。

 それだけでとんでもない幸運だ。これを活かせないようでは、どの道斑輝喜逸がこの先生き残る事はないだろう。


「なあ、きーつ。本当にぼくには戦わせないつもりなのか?」

「これは俺の戦いだ。お前はおとなしくしてろ」

「ぼくもあの坊主には胸に穴を開けられた借りがあるんだが?」

「ならお前の腹の穴の仇も俺が取ってきてやるよ。……どうした、好きだろこういう風に言われるの。喜べよ」

「む、そりゃあ嬉しくない訳じゃないが……素直に喜べないだろ。きーつの意地っ張りめ」


 喜逸に打てる手は一つしかないとは言ったが、正確には違う。

 喜逸が妖狐と共に戦う事を選択すれば、喜逸達の勝率は限りなく高くなる。


 『崩界』を発動した坐武羅とでも、本気の妖狐ならば互角以上の戦いが出来るだろう。

 だが、喜逸は妖狐との共闘を頑なに拒否している。


 あの時のように、妖狐を信頼していないから、ではない。

 多分。

 ただ、もっと単純に――


「いいから、お前は黙って見てろ。これは俺の戦争だ。女の出る幕じゃねえんだよ」


 ――妖狐に戦場に立って欲しくないと、そんな事を思っている自分がいる事を理由に彼女の申し出を断ったなどとは、口が裂けても言えないと喜逸は思った。


『まーたこの人は頭の中でキザったらしい事考えてますよ、どうせ。ちなみには分かります。御主サマ、無駄にええかっこしいですからねー』


 カッコつけて隠した所で自律学習型天才人工知能には全てが筒抜けだった。



☆ ☆ ☆ ☆


  

 七月十七日、夕方。

 喜逸達は城山ダム近くにある津久井城跡とだけ銘打たれた何もない空き地の木陰で気配を殺しながら夜の訪れを待っていた。

 結局、喜逸達は霊力の回復と移動に三日間の時間を当てた。

 途中、梅雨である事を思い出したように振り出した雨に足止めを食らったというのもあるが、途中でちなみが『永久人』の反応を拾ったのだ。


 喜逸達が見つけたのは、永久人の夫婦だった。

 雨脚の強まる中、互いを支え合い思いやりながら山道を登る二人は、見ているだけで頬が緩んでしまうような仲睦まじい夫婦だった。


 ただ、命だけがなかった。

 死人のような土気色の顔色は、そのまま彼らが死人であることの証明であり、雨の中で傘も差さずに微笑む彼らは、冷たい雨に打たれても冷える体温を有していない。

 終わるはずだった二人が、終わらない終わりを歩んでいる。


 その歪な光景に終わりを齎したのは、やはり斑輝喜逸だった。

 息つく間もなく喜逸は二人を手刀で昏倒させると、眠るように気を失った二人の身体から反魂呪をその炎で消し去った。

 優しく、温かな光だった。


「なあ、きーつ。あの番は永久人なんだろう? だったら何でこんな所に居たんだろうな」


 隠形符で霊力と気配を殺し、じっと時が過ぎ去るのを待つ喜逸に、隣に座る妖狐が尋ねた。


「……さあな、進んで死体になろうとするヤツの考えなんざ分かんねえよ。ただ……こんな田舎に二人で出てくるって事は、『代理母体』でも探してたんじゃねえのか?」


 自分で言って嫌な言葉だと喜逸は顔を顰める。

 『代理母体』とはその名の通り、代理で子供を産む仕事に就いている生きた女性達の事だ。

 永久人は死体に魂を紐づけし、霊力で動いているに過ぎない為、当然生殖行為も行えず自力で子供を作れない。

 そこで彼らは『螺旋書庫(アカシック・レコード)』に保管されている自分たちが永久人になる前の精子と卵子を体外受精させたのち、代理母体の子宮を借りて自分たちの子供を出産するのだ。

 皮肉な事に、死者の支配する終わった世界でも、新たな死者を生み出す為の命の生産は生者の仕事らしい。


 『代理子宮』という酷い蔑称で呼ばれる事もある彼女たちは、永久人からも生者からも疎まれている。

 『永久人』からすれば、生きている人間など薄汚い時代遅れの劣等種に他ならないし、他の生きている人間からすれば永久人に媚びを売って子宮を売って大金を得ている彼女たちは、羨望と憎悪の対象だ。


 妊娠中は安全な暮らしと食事が提供される医霊院の個室で暮らす事が許されるが、子を宿していない間は彼女たちは村に住まう事も出来ず山奥のあばら屋でひっそり暮らしていると聞く。

 おそらく、先の夫婦は『代理母体』の依頼をしに行く途中か帰りのどちらかだったのだろう。

 二人の幸せそうな表情からも、何となくその予想は合っている気がした。


「そうか、子供が欲しかったのか。あの番は」

「……馬鹿な奴らだ。勝手に死んで自らその権利を捨てておいて、欲しい物だけは当然のように手に入れようとする。その上、手に入る事が当然だと思って疑いすらしねえ。苦しい事は全部他人に押し付けておいて、果てに生まれた子供の命まで奪いやがる。救い難いにも程がある」

「確かに、そうかもしれないな。……なあ、きーつ。それなら、子供が欲しいと願った彼らの想いは、無価値だったと君は思うか?」

「……お前、俺が連中を殺した事を責めてるのか?」

「……、」

「そう深刻な顔で黙るな、別に怒っちゃいねえよ。ぶっちゃけ、誰かに責められた方がありがたいくらいだ。特にああいう馬鹿みたいに幸せそうな連中をやった後は、自分でも自分のやってる事が分からなくなる。アレがホントに永久人だったのか、全部終わった後に急に分からなくなって、間違って人を殺したんじゃないかって不安になるんだ。笑えるだろ? テメェのその手で確かに反魂呪を消した癖にな。それこそもう、数え切れない数をやってる。今となっちゃあ俺の殺しは機械のように正確だ。間違えるはずもねえってのに……」


 永久人は死者に無理やり魂を結び付け、強引に現世に魂を留めているだけの存在。

 終わらない終わりを続ける斑輝喜逸が終わらせるべき者達だ。


 それでも、普通の人間のように善良な心をもって、ありきたりな家庭を作り日々を過ごしているような永久人を見てしまうと、ついくだらない事を考えてしまう。


 作業のように目についた永久人をただただ屠り続ける『魂葬者』斑輝喜逸と、命がなくとも温かい家庭を築こうと日々を過ごす『永久人』。

 果たしてどちらが真に怪物なのだろうか、と。


「……君を責める、というのとは少し違う。ぼくは、きーつがした事は正しいと思ってる。ただ……きーつはそれをどう思っているのかと、少し気になってな」


 いつの間にか手を妖狐に握られていた。

 振りほどこうにも、後をおって巻き付いてきた尻尾が邪魔でどうにもならない。全くもって暑苦しくて堪らないと言うのに、……いい迷惑だ。


「……相変わらず意味の分からねえことを気にする狐だな」

「ふふ、でもぼくは安心したよ。やっぱりきーつは優しい」

「……今の話から何でそうなる。俺は機械みたいに永久人を滅ぼして回ってるイカれ魂葬者だって言ったばっかな筈なんだがな。千年生きると狐の記憶力も鳥並になんのか?」

「だって、、きーつは新しく生まれてくる命と、終わった命。両方の事を考えているって分かったから。終わらない終わりを終わらせない限り、彼らが生まれ変わる事はない。……二人を痛めつけず、丁寧に意識を奪ってから反魂呪を消したのは、君が彼らを殺したい訳じゃないからだ。もう一度始める為に、終わりを終わらせてあげたいだけなんだろう? だから、間違ってなんかいないよ。きーつは。この千年妖狐が保証するとも。ああ、君は優しいもの」


 目を瞑ったままそっぽを向いて、喜逸は妖狐の言葉には答えない。その代わり、


「……時間まで寝とけ。足引っ張ったら置いてくからな」


 もっと他に話したい事がある筈なのに、そんな言葉しか出てこない自分の口を喜逸は呪った。


「なあ。ところで……きーつも自分の子供が欲しかったりするのか?」


 その質問には全力で反応せず、喜逸は今度こそ瞳を閉じたまま仮眠へと入っていく――



 ――そうして、仮眠に入った喜逸が完全に沈黙してからしばらく経った頃。何かの音を捕らえた妖狐の耳がピクリと動き、弾かれるような動作で少女が顔を上げた。


「――誰だ?」


 キョロキョロと訝しげに辺りを見渡す妖狐。

 しかし周囲には誰もおらず、虫の音ばかりが木霊する。気のせいかとあくびを一つ残し、再度刻限が来るまで半端な微睡に沈もうとして――



☆ ☆ ☆ ☆



 七月十八日、時刻は午前四時。

 城山ダムは揚水発電という水力発電方式を有する重力式コントロールダムである。

 実際に運用されていた時期から五百年以上の時が過ぎ、コンクリートはボロボロに劣化し、既に何十回もの補修工事が『反永久人軍』によって行われ、かろうじて発電ダムとしての機能を維持している。

 

 そんな有様なので、見た目的にはいつ崩壊してもおかしくない廃墟にしか見えない。

 那由那の情報によると、坐武羅がいるのは発電施設。

 つまりはダム内部。

 地下へ降りるエレベーターがあるのだが、稼働させると坐武羅に気取られる。

 その為、喜逸は『伽羅俱利腕』で強引に扉をこじ開け、クライミングの要領でシャフト内部を降りていき、後に妖狐がそれに続く。

 途中、通気口へ身体を潜り込ませ、適当な所で通路に降り立つ。


『御主サマ御主サマ、小さい身体がやっと役立ちましたね!』

「ちなみ。禁句と分かってそれを言った度胸は褒めてやるだが戻ったら覚えとけぶっ殺す!」


 ダム内部を進む。内部には灯りがあり人の存在を匂わせる。『ちなみレーダー』によると巨大な霊力反応は最下層から。

 設置された術符の罠にかからないように細心の注意を払いながら、那由那から多量に購入した隠形符で霊力と気配を殺して魂葬者とAIと狐が下へ下へと潜っていく。


 そして――最下層。

 天井の通気口から顔を出し喜逸達が下を見やる。

 そこは他の階と比べ一際高さのある広々とした階層だった。かなりの広さのある空間は数多の支柱によって支えられ、その他にこれと言った設備や機械の類は置かれていない。

 どうも発電システムとは別口に後から用意された場所らしい。

 壁の材質、空間の雰囲気が明らかに先ほどまでとは異なっている。


『どうやら此処は、大戦中に秘密裏に増築されたシェルターの一つだったみたいですね』

「坐武羅は……下か。妖狐。お前は此処で待機してろ」

「……、」


 短く声を掛けしばらく待つも、後ろにいるはずの妖狐からの返事が一向にない。


「……おい、妖狐。お前に言ってんだ、聞いてんのか」

「……ん、ああ。分かった。ぼくが君たちの戦いに割って入らないで済むよう頼むよ、きーつ」


 昨日までと異なり妙に反応が鈍い妖狐の様子を訝しく思いつつ、しかし一緒に戦いたいと駄々を捏ねる訳でもなく大人しく後を付いてくる姿に、喜逸は優先順位を確かめるように首を振って頭を戦闘へとシフトさせていく。

 これから喜逸が戦う坐武羅は己より格上の魂葬者。

 戦い以外の事に気を取られていては、奇襲を仕掛ける側であろうと容易く敗北するだろう。


 気を取り直して、床までの高さはおよそ三十メートル。

 視線の先では坐武羅が土蜘蛛喇叭を抱えたまま座禅を組んでいるのが見えた。

 かなりの高さだが、『伽羅俱利腕』を有する喜逸にはこの程度の高さはどうという事もない。静かに座禅を組む坐武羅が眠っているかどうかは定かではないが、リラックスしきった自然体な様子を見る限り喜逸達に気付いている様子はない。


「――行くぞ、ちなみ」

「了解です。御主サマ」


 通気口から身を躍らせるように飛び出し落下。

 最初は重力に任せ、坐武羅が気づくか否かというギリギリのラインで噴流噴射による急加速を掛け、そのまま一撃で脊髄を砕く……!


「――ごめん、……きーつ。ごめん……っ」


 中空へと飛び出した喜逸の後を追いかけるように、涙に擦れた少女の悲嘆が零れ落ちる。


 誰にも届かせるつもりもない涙が、三十メートル下の地面に叩き付けられ木端微塵に砕け散った。

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