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子守り男子の日向くんは帰宅が早い。  作者: 双葉三葉
【四章 結実の冬、足跡を残して。】
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修学旅行編⑥:缶コーヒー一杯分の幸せ。

 唯と二人、まだ人気の多いロビーを横切ってホテル内を散策する。

 少し歩くと、夕飯を摂った時の宴会場前に、休憩の出来る小スペースがあった。

 窓からは外のライトアップされた雪景色も眺められる場所で、他の生徒も居なくて雑談には最適だと、二人で並んで長椅子に腰を下ろす。


「ほい、どうぞ」

「あ、うん。ありがとう……本当にいいの?」

「いいって、色々とお世話になってるし、こういう時ぐらいはね」


 にっ、と白い歯を剥き出しに笑う唯から缶コーヒーを受け取り、二人で揃ってプルタブを開ける。

 一口だけ飲んで息を吐いた後、おもむろに唯が切り出した。


「ね、男子ってこういう時、部屋でどんな話をするの?」


 興味津々と言った面持ちで身を乗り出してくる唯に、日向は一瞬考えた後、素直に答えた。


「んー、どんな……って、普通の話、じゃないかな?」

「その普通がどんなのかなーって聞いてるのよぅ。男子って普段、どんな事を話すのかなぁ、って」


 唯の質問に日向は考えてみるものの、こうして同級生と同じ部屋で寝泊まりする経験といえば、部活の合宿ぐらいでしかない。


「………………」

「あ、御免。新垣君にこんな事を聞くのは酷だったわね……」


 日向が記憶を深く深く掘り下げていると、唯は残念そうな視線を日向へと向ける。


「ま、まぁまぁ、今までは灰色でも、これから学んでいけばいいじゃない、うん!」

「恵那さんにフォローされると凄い落ち込む……」

「おっと君……今さらりとあたしをディスったね? こんのぉ……」


 うりうり、と唯の肘が日向の二の腕あたりをぐいぐいと押す。痛いというよりもくすぐったい感触に日向が反応を返すと、唯は満足したように笑った。


「して、恵那さんは部屋に戻らなくてもいいの?」

「ん? あぁ、いいのいいの。それこそ今頃、部屋の中じゃ沙希あたりが他の部屋の女子も集めて女子トークを繰り広げてる真っ最中だから」

「女子トーク」

「そうそう、女子トーク。噂話を皆で持ち寄ったり、後はあれね、鉄板ネタの好きな人がどうのこうの」

「そういうの、恵那さんは苦手なの?」


 日向の指摘に、唯は「んー……」と首を傾げて考え込んでから、彼女にしては珍しい苦笑いを浮かべた。


「苦手って訳じゃないんだけどさ、苦手じゃないんだけれど……どうもね、あたしって本音で喋るのがいまいち。だから苦手なのは話題そのものより、その雰囲気かなぁ」


 それは日向にとっては意外な一言だった。日向にとって唯という少女は、いつも正面から堂々と、自分の意見を言える精神性の持ち主だと考えていた。


「今、意外だなぁ、って思ったね?」

「思った。恵那さんはむしろ、正々堂々と正面から突破するタイプだと思っていたからね」

「正直者だなぁ。まぁいいよ、一応褒められたみたいだし。……正面から、かぁ。新垣君は私の事を買いかぶり過ぎだね」

「……恵那さん」


 自嘲するように投げ掛けられた言葉の意味を、日向が考えようとした時だった。


「お……電話だ。母さんから……?」

「出なよ、蕾ちゃんかもしれないよ」

「うん、ちょっとごめんね」


 唯に促され、立ち上がった日向は窓の方を向いてスマートフォンを顔に当てた。

 一瞬の沈黙の後、僅かな雑音と共に声が聴こえ始める。


『……おにーちゃん?』

「あぁ、やっぱり蕾だった。うん、俺だよ……どうした?」

『えっとね……おはなし、きかせて! ききたい!』


 きっと、日向から送られてきた写真を見て人恋しくなったか、今日の出来事に興味が沸いたのだろう。もしくは単純に、日向が居ない事で心細くなって電話を掛けていたか。


「お話かぁ……いいよ。蕾、ちょっと待っててね」


 蕾に返事をすると、日向は振り返ってこちらを窺っていた唯の隣へと、再び腰を掛けた。

 そのままスマートフォンの音声をスピーカーモードにし、二人で聞ける程度の音量に調整する。

 唯が「いいの?」と小声で聞いてくると、日向は頷いてそれに答えた。


「蕾が今日の話を聞きたいって言うから、恵那さんが大丈夫なら一緒にと思って……」

「あ、あたしは平気だけど……」

『……あ、ゆいちゃんのこえがした!』


 やり取りを聞いた蕾の声が電話越しに聴こえてきて、唯は戸惑いながらも日向のスマートフォンへと顔を近付ける。


「もしもーし、蕾ちゃーん? こんばんは、唯ちゃんだよー!」

『ゆいちゃん! こんばんは!』

「おっほほ、元気だねぇ……夜更かし、いけない子だなぁ」

『こ、このでんわがおわったら、ちゃんとねるもん……』


 からかい交じりの唯に対し、蕾が慌てた声を出す。電話の向こうで蕾が慌てて手足をばたばたさせる様子が思い描かれたのか、日向も唯も二人揃って声を殺して笑った。


『あのね、ゆいちゃん。きょう、おにいちゃんへいきだった?』

「ん? 平気だった……って?」

『つぼみがいなくて、さみしがってなかったかなぁーって』

「……ぶっ、くっふ……あははは! うんうん、お兄ちゃんね、凄い寂しがってたよ!」

『えー、やっぱりー?』


 蕾の言葉がよほど可笑しかったのか、唯はお腹を抱えて身体を震わせていた。

 一方でその会話を隣で聞いていた日向は、居心地の悪そうな顔で自分のスマートフォンと唯とを交互に眺めていた。


『いいなー、つぼみもいっしょにいきたかったなー……』


 スピーカーから蕾のそんな言葉が届き、唯がその双眸を優しく細める。

 そして目を閉じると、うん、と何かを決めた後に、自分のスマートフォンを持って立ち上がった。


「新垣君、ちょっとだけ蕾ちゃんとそのまま話してて。あたし、皆を呼んでくるから」

「え、恵那さん……?」

「蕾ちゃんにも、修学旅行の雰囲気を味わわせてあげないと。写真だけじゃ可哀想じゃん」


 それだけを言って唯は早々とその場から離れていった。スマートフォンを耳に当てている所を見るに、電話をかけているのだろう。恐らくは、悠里に。


『おにーちゃん、ゆいちゃん、どこかいっちゃったの……?』

「うん、でもすぐに戻って来るよ。今、他の皆を呼びに行ってくれているみたいだから」

『ほんと!? じゃあ、みんなとおはなしできるねー!』


 はしゃぐ蕾の声を聞きながら、日向は時計を確認する。本当ならばもう少しで蕾は布団に入る時間なのだが、このままでは興奮してすぐには寝られないだろう。

 電話の向こうで母親に電話の延長をお願いする蕾の事を考えつつ、日向は唯達がやってくるのを蕾と二人で待った。



 唯は悠里への電話を終えると、次に雅へと連絡を取ろうとした。


「あ、もしもし、成瀬? あんた、ちょっと今出て来れる?」

『はぁ? お前、日向と二人で居るんじゃないのか?』

「一緒だよ。……蕾ちゃんから電話掛かってきちゃったからさ、あんた等呼ぼうと思って」

『……あぁ』


 その一言で、何があったのかを察したのだろう。雅の静かな返答が聴こえた。


『……なぁ、別にお前達二人で蕾ちゃんと話していても、いいんじゃねぇの?』


 僅かな間を置いてからの言葉に、唯は電話越しに首を振った。


「駄目だよ。蕾ちゃんが一番話したいのは、新垣君の次に悠里。その悠里に抜け駆けして、あたしが喋るってのも変でしょ」

『別に、変とは思わんけどなぁ』

「ありがと、成瀬」

『……あぁ』


 驚くほど素直に出た感謝の言葉だったが、雅は茶化さずに黙って聞いている。


「ねぇ、きっとこういう事なんだよね。蕾ちゃんの為に何かをしてあげたいって気持ちっていうのは。あたし、今なら分かるよ……新垣君の一番の宝物があの子なら、あの子を守ってあげる事が新垣君の幸せになる。だからさ、あたしは……あたしに出来る、小さな事でもいいから、やってあげたいんだ。……笑う?」

『笑うかよ』

「そこは笑ってよ」

『お前がそれでいいなら、俺は何も言わねぇよ。つうか、なんだ……余計なお節介だったかね、お膳立てしたのは。悪かったな、もうこういう事は……』

「あ、いやいや、そういうお節介はこれからもしてよ! ガンガンお膳立てプリーズ!」

『……はぁ? だってお前、普通はこういうの、辛いだろ?』


 雅の想像と反した唯の言葉に、雅が素っ頓狂な声を上げると、その驚きが伝わったのか唯は誰にも視られる事のない、屈託のない笑顔を零した。


「いいんだってば。あたし……きっと、きっぱり忘れる事なんて出来ないから。こうやって、少しずつでも満たされていって……ゆっくりとね、気持ちを変化させたいの。好きな人との時間で満たされて、その人の為に何かをしてあげて……そういう中で、彼を大好きな男の子から、大好きな友達にしたいの。だって、それが一番あたしの、幸せだから」


 そう言い切って顔を上げた唯の視界に、ロビー方面から歩いてくる悠里の姿が見える。

 手を振ってみると、悠里もまた手を振り返し、小走りになってこちらへ駆け寄ってきた。

 悠里はきっと、蕾の為に足を前へと走らせるだろう。そこに日向への想いが隠されていたとしても、彼女にとってはどちらも等しく大事なものなのだ。


(きっと、それが一番の大きな違い。あたしも蕾ちゃんは可愛くて、大好きだけど、新垣君の為にって前提を動かす事が出来ない……そこん所を最初から……そして当たり前にやってる悠里は、無敵だよ)


 ただ、その無敵さを発揮して貰うには、もうちょっとこの旅行でそのパフォーマンスを発揮させて欲しい。

 無防備に部屋着のままで駆けて来る親友を見て、唯は手の掛かる妹に何かと世話を焼きたくなる姉とは、つまりこういう気持ちなのだろうか、と笑いそうになってしまった。


「そういう訳だから、あんたも早く来なさいよ。あんたは別に蕾ちゃんも大して気にしないだろうから、最悪居なくてもいいんだからね」

『最後にそうやって、きっちりと落としていかなくてもいいんだけどな!』


 雅の悲壮な声を聞き届け、唯は通話モードを終了させた。


「さて……と」


 んっ、と背伸びをした唯は親友の到着までの僅かな間に、上着を羽織らずにTシャツ一枚で部屋から飛び出して来る、あのクラスのヒロインをどう叱ってやろうか。

 それを最優先で考える事にした。

告知とか:

最後の詰めが終わり、無事に二巻の発売日発表まで辿り着けました。

バタバタして気付けば一週間滞るという珍事……ですが、半分ぐらいは、このシーンに関して何度も何度も考えていた為の遅延だった気がします。


という事で、本業も書籍作業もひと段落したので、通常運転に戻り……ます(言い切る)

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↓角川スニーカー様より、書籍版が2019年2月1日より発売されます

また、第二巻が令和元年、2019年7月1日より発売となりました、ありがとう御座います。(下記画像クリックで公式ページへとジャンプします)

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