修学旅行編⑤:湯上りの君と。
初日の夕飯は、ホテルの大宴会室を貸し切った状態で行われた。テーブルは部屋の班単位で集まり、男女それぞれがホールの左右で別れる形となっている。
長いテーブルに一列に並んだ男子陣は、昼間のスキーで空腹になったのか、目の前に置かれた食事を一心不乱に見詰めている。
既に半分の男子は、目が猛獣と同じ状態といってもいい。
「ご飯、全員に行き渡った? 貰ってない人はいないかな」
日向が一人一人の配膳状況を確認すると、班の面々からは力強い頷きが返ってくる。
その様子に苦笑いを浮かべながら、いただきますの一言で全員が箸を取って思い思いのおかずに手を伸ばし始めた。
「あたた……くっそ、足が痛ぇ……日向、水取ってくれ」
途中、立ち上がろうとした雅は太腿の痛みを訴え、億劫そうに席に座り直した。
日向は水の入ったピッチャーを雅に渡し、微かに笑う。
「随分としごかれたみたいだね、Aクラス」
「そりゃなぁ、滑ってリフト乗って滑ってリフト乗って、その繰り返しだぞ。ほとんどエンドレスだ、俺は此処に修学旅行じゃなくて強化合宿に来たのかと思ったわ……」
心底疲れた表情を見せる雅だが、その言葉に首を傾げたのが秀平だった。
同じくAクラスで滑っていた筈なのだが、こちらは満喫したのか雅とは違って程よい疲労感に満足気な態度だった。
「小野寺先生、無言で背中を見せていくスタイルだったな。もっと指導されるのかと思ったが、要点を幾つか話しただけで、後はずっと滑っていた」
「もうちょっと合間に小話でも入れてくれればいいものを、あの鉄仮面……」
秀平の言葉を補足するようにぼやいた雅を見て、日向と西口はBクラスが如何に平和だったかを改めて認識した。
食事が終わると日向達は一度部屋に戻って大浴場へ移動し、風呂に入ってさっぱりとした様子で部屋に戻る。これから先は就寝時間までは完全な自由時間だが、移動自体は当たり前のように制限されている。
男女共に、異性が居るフロアへの移動は禁止されているのだ。
「さて、これから先は男の時間だ……」
部屋で浴衣に着替えた雅は、敷き詰められた布団を眺めて頷いた。
「成瀬、お前……まさか、この状況を狙って……」
「んな訳ねーだろ、服をはだけるな服を!」
秀平が悪乗りで浴衣の胸元をはだけてみせると、雅が苦い顔をして枕を投げた。
「と、その前に……だ。日向、ロビーでちょっと飲み物買ってきてくれ」
「……ん? 買い忘れたの?」
「あぁ、俺こんな格好だからな、出歩くの恥ずかしいんだ。すまん」
雅は自分の浴衣を親指で指してから、両手を合わせて日向を拝む。
この部屋で、雅と秀平は浴衣に着替えているが、日向と壮馬はまだ普段着のままだった。
「いいよ、分かった。二人は?」
「俺はいいや、まだ残ってる」
「うん、俺も大丈夫。ありがとう、新垣」
秀平と壮馬の返事を貰うと、日向は財布とスマートフォンだけを持って部屋の外に出る。
廊下に出ると、あちこちの部屋から僅かにだが話し声が聴こえてきて、静かな筈の廊下も今は賑やかだった。
エレベーターの前に辿り着くと、そこには小野寺教諭が佇んでいた、見回りなのだろう。
「新垣か。買い物か?」
「はい、雅に飲み物を頼まれて、自分の分も買いに行くのと、後は売店に面白いのがあれば妹に、と思って」
日向の答えに、小野寺教諭は頷く。
「お前の事だから、問題無いとは思っているが……」
「大丈夫です、なんか問題があれば叱って下さい」
冗談めかして日向が言うと、小野寺教諭は声を出さずに笑った。
会話がひと段落すると同時、エレベーターが到着してドアが開く。小野寺教諭に会釈すると日向はそれに乗り込んだ。
一階のロビーに着くと、他にも生徒達が売店で商品を見繕っている姿が見受けられた。
それぞれ、お菓子を買い込んだり、ご当地キャラのお土産グッズを眺めたりと、旅行気分を満喫している、
「お土産、お土産かぁ……本格的なのは、後日買うとして……ここでも小物ぐらいは買っておいた方がいいのかな」
以前に悠里と交わした約束を思い出し、勝手に買い過ぎると後々になって抜け駆けと叱られそうだと思い、心の中で冷や汗を掻いた。
とはいえ、折角ニセコに来たのだし、明日にはもうこの地から離れて別の場所に移動となる為、何か小物ぐらいは買っておきたいものだが。
「お菓子、かなぁ……でもなぁ。見て思い出せるものがいいよな……」
悩みに悩んで、店の中を何周かした時だった。
「なーに悩んでるの?」
ひょこっ、と脇から声を掛けられ、一人の女子生徒が顔を出した。
日向は一瞬、それが誰か分からずに困惑したが、猫のような表情を見てすぐに思い至る。
「恵那さん?」
「うん、恵那さん」
「その髪型、学校祭以来だけど、やっぱり一瞬誰だか分からないね」
「普段とは違うあの子に、不覚にもどっきりしたでしょ?」
「ちょっと大人しそうに見え……おうふ……」
素直な感想を言うと、脇腹を人差し指で突かれ、日向の口から変な声が出た。
その反応を満足そうに眺めた唯は、日向が見ていた陳列棚に目をやる。
「あり、飲み物選んでたんじゃないの?」
「うん? いや……それもあるんだけれど、折角だからちょっとお土産も見繕うかなぁ、って。恵那さんは?」
「あたしは、飲み物買いに来たの。長風呂したから喉渇いちゃった」
言われてみると、唯の顔は少しだけ上気しているように見える。
ドライヤーで乾かしたのであろう髪からは、洗い立てのシャンプーの匂いがして。
そして、どこか幼い印象を受けた。
「あー……ほら、あんまり見ないで。今どスッピンだから!」
「恵那さんも化粧ってしてたんだ?」
「女の子は大体するわよ。新垣君、その言葉を他の女子に言うと顰蹙買うからね」
「あ、はい、すみませんでした……」
少しだけプレッシャーを感じさせる唯の笑顔に対し、即座に謝った日向を見て満足そうに頷いた唯は、少し離れた所にある売店のドリンクスペースから、缶コーヒーを二本買って日向に見せた。
「折角だし、奢るからさ、ちょっとだけ散歩しようよ」
「あー……付き合うのはいいんだけれど、先に雅に飲み物届けなくちゃいけなくて」
「あ、そっちは大丈夫……じゃなくて、そんなのあたしから一報入れておけば黙るから平気平気! ほら、行こうぜ行こうぜー! ホテル内を探検だ!」
日向の返答を軽く流し、唯はそのままレジに向かってしまう。
「まぁ、チェックアウトの時に買う時間はある……かな」
目下の菓子折りを諦め、唯の元へと歩み寄った。






