ホンダS660
この物語はフィクションです。実際の運転の際には交通ルールを守r((ry
2015年4月2日、その車はついに陽の目を見た。その車はリアミッドに搭載する660cc3気筒ターボエンジンを心臓する昨今希に見る本格的なツーシータースポーツだった。背中のわずか64馬力のエンジンは6速MT/CVTを介し後輪を駆動し、アスファルトを強烈に蹴りつけた。1tを切る車重と45:55というミドシップにとって理想的な重量配分、そしてこのずば抜けたトラクション性能が繰り出すコーナリングスピードには一回り、いやふたまわり以上各上のスポーツカーでさえ舌を巻いた。
走るために生まれてきた車
スポーツカーの定義をそうするものなら、こいつこそ、この車こそ本当のスポーツカーだ。
なんたってこの車にはラゲッジスペースらしきラゲッジスペースなんて存在しないのだから。良くも悪くも、ね。
その車、いやもうネタバレ必至か。そう、ホンダS660。エスロクとあだ名されたこの車こそハイブリッドとミニバンしかいなかった日本車市場に突如と現れた新星。付け加えるとすれば我が愛しのマイカーだったりする。
眼前にガードレールが迫る。ここから三つ数えてフルブレーキ。
1
2
3っ!
軽ながら四輪全てにディスクブレーキを奢られたエスロクの制動力はなかなかのものである。ヒール&トゥで3速にシフトダウン、ブレーキの踏力を弱めるとフロントサスが伸び始め、タイヤを路面に押し付けはじめる。同時にステアリングを右に少し切る。
(いまのブレーキもっと少なくていいな...)
低ミューな路面も手伝って微妙にブレイクしたリアがトラクションを失わないようにアクセルをフラットアウト。ミドシップ特有のトラクションがこれでもかとリアタイヤをアスファルトに押し付ける。曲がって蹴る、曲がって蹴るの繰り返しだ。
次、左ヘアピン。ヒール&トゥで2速までシフトダウン、レブは6500。ノーズをインクリップまで滑り込ませ、早めにアクセルON。ガードレールすれすれでその小さな車体は加速する。3速にシフトアップ、一瞬のアクセルオフで荷重移動を起こし次の右をクリアする。ヘッドライトが照らすのは次の緩い右に振られてからキツい左に振替す複合コーナー。ここのクリアは大きく分けて二通りある。右コーナーをギリギリまでインカットしていきなり左コーナーのインクリップめがけて突っ込むライン。つまるところ、複合コーナーを一つのコーナーとしてクリアするスタイル。もう一つは右コーナーでブレーキしながらリアタイヤの荷重を抜きそこから一気に振替して左を刺すスタイル。選択するのは前者だ。右クリップ通過時にフルブレーキ、左のインクリップを取りステップの軽い足を駆使して一気にクリアする。この些か無理のあるラインを選択しても、この車ならインクリップを過ぎた辺りからはフラットアウトで行ける。
うなるエンジン、ギアは3速ホールド、8つ連続する中速コーナーのスラロームは一つでもラインを踏み外そうものなら、たちまち失速してしまう。8つ目を立ち上がり、速度を保つためアウトクリップを最大にとる。続く左から右への連続ヘアピンコーナー、2速へシフトダウン、ブレーキで流し、アクセルでグリップ!車は応え、アウトインミドルのラインを難なく纏める。そのまま次の右へアクセルオフでターンイン!流れ出すケツをアクセルで押さえつけ、加速する!シフトを3速に叩き込む。次が最終コーナー、大きく回り込み出口のRがキツくなる左コーナー。出口のインクリップに合わせアウトミドルインをトレースする。失速を嫌い、舵角は最小限にアクセルでコントロールする。よし、クリア!4速へシフトアップ、ゴール!
ふぅー
ダウンヒルTA区間が終わり、一気に緊張状態が解ける。シフトを6速へ入れてテンションと共にレブも落とす。ここから先は住宅街もあり、なるべく音量を抑えて走るというのは俺らの「世代」のルールだった。まあもとよりこのエスロクはほぼ純正部品のため、そこまで騒音が激しい訳ではないが、どんな車であれレットゾーン付近をブイブイ言わせる音は住民にしてみれば安眠妨害甚だしいことは容易に察しがつく。ここから先は走り屋ではなく単なる安全運転な一般車だ。
ハイビームをロービームにしたとき、ライトが前方の何かを捉えた。車が道路を塞いでいる。
シルビア S14...?
車を止めると、俺が来るのを予期していたかのようにドライバーは降りてきた。
その白い後期型シルビアS14に見覚えがないわけではないが、この車の持ち主から声をかけられるような事は身に覚えがなかった。
コンコンコン
窓がゆっくりと、硬く、強めにノックされる。どうやら、開けろと指示をしているようだ。微塵の抵抗はあるものの、言われるがまま窓を開ける。やはりこの男か...
「お久しぶりです、先輩」
この男、田宮一仁は俺の高校のときのバスケ部の後輩であり、俺のあとをくっついて「タイムズ」のメンバーになった後輩だ。
このS14も俺がここにいた最後の方の記憶に残っている。確か、バイトで金を稼いで親父さんのミラからやっとこさこのS14に乗り換えたんだっけ。三日でミラー吹っ飛ばしたけど...。
「お、おう。久しぶり、カズ。」
くくくく、くくくっ
「先輩、EGどうしたんですか?」
カズが何かを笑いこらえながら尋ねる
「あー、あのEGな。こいつの下取りに出したよ。」
ぶっはははは
ついに彼の笑いは爆発した。腹を抱えて笑う彼の仕草にはどこか侮蔑が混じっていたのは否定できない。
「な、何がおかしいんだ?」
「だって、かつてこの東谷の峠"最速"の名を欲しいままにした男がある日突然消えて、ふっと現れたと思ったらこんなおもちゃ引っ提げて帰ってきたらそりゃ笑いますよ」
まだこいつはゲラゲラ笑い転げていやがる。
「いや、言い直しましょう。」彼は笑うのをやめた。
「自分の敗北に恐れを抱き、その勝負から逃げ出した腰抜けが、今更ノコノコと帰ってきたと思ったら、こんなおもちゃ屋で売ってそうなちゃっちぃ軽自動車に乗って夜のダウンヒルでタイヤを鳴かせていたから底の見えない無様さに笑っている、と。」
逃げ出した腰抜けか。随分な言われ様だな。
「先輩に向かって随分言ってくれるじゃねぇか。」
「先輩?今お前先輩って言ったか?」
また彼は腹を抱えて笑いだした。今度は全力で蔑みながら。
「今更どの面下げて先輩だなんて名乗ってんだよ。じゃあ何か?俺はお前みたいな腰抜けの後輩だと?考えただけで虫唾が走るわ!もう二度とここに来るな!」
乱暴に吐き捨てられた言葉にかつてのカズの面影はなかった。「先輩!」なんて慕ってくれたあの頃の面影は。たった一年半、1000日にも満たない日々でここまで人は変わってしまうのだろうか。いや、彼を変えたのはほかでもなく俺だ。俺があの夜、あそこに行かなかった事を彼は「逃げ」と捉えている。いや実際、俺はあの夜逃げ出したのかもしれない。敗北ではない何かから。
「俺がどこにいようと俺の勝手だろう?」
「いや、違う。ここは俺の道だ。」
会話のテンポがあがる。ボルテージも青天井に上がっていく。
「ここは公道だ、公の道だ!誰が通ろうがお前には関係ない。」
「いいや関係あるね。おいおい忘れたなんて言い出さねぇだろうな?ここはタイムズの本拠地だ。そして俺はタイムズの「長」だ。つまり、ここに印を刻もうってなら俺に認められる必要がある。当たり前の話しだ。」
待て、こいつがタイムズの長?俺の代は他に四人、一人居なくなったから三人いたはずだ。呆然とする俺に彼は畳み掛ける。
「一年半前、お前が見捨てたタイムズを俺が建て直したんだ。お前が、自分可愛さに逃げ出したあの夜に!俺は、覚悟を決めたんだよ。ここの主になる覚悟をな!」
タイムズは年功序列だ。年上がいる限り年下の者が長になることはありえない。まさか...。
「他の...俺の代の他の三人はどうした?」
「倒した。」
彼は短く即答する。
「倒しただ?」
「そうさ、負けた方がナンバーを切って峠を去る、そのルールで勝負して俺は勝った。勝者が残る、当たり前だろ?」
ナンバーを切る。それが意味することは「廃車にする」ということ。相手に奪われるでもなく、自分の半身を自分で潰さなければならない。それは走り屋にとって一番辛いことであり、心に多大な痛みを伴う、まるで体の一部をもぎ取られるような。
「あ、そう言えば」
彼は思い出したように口走った。
「お前2L以下クラスのタイトル持ったまま逃げやがったよなあ?ちょうどいいや、さっきのここに来るなって発言は取消そう。その代わり明日10:00にタイトル返上してから凡人になってくれやぁ。お前にそれを持ってる資格はねぇしな。だから俺が貰ってやる。勿論防衛戦はその車で来いよ?そのエスロクで。そんでギャラリーに見せつけるんだ、負け犬の本来の醜態をな。」
何が彼をここまで取り立てるのか、俺にはわからない。
「お前ふざけてんのか?」
「そうさ、お前に勝ち目なんてさらっさらない。660cc対1800cc、64馬力対240馬力。どこを見たってお前に勝ち目はない。」
「違う、そうじゃない」
「どの道お前は来なくちゃならない。役目を果たすために。」
「役目?」
「簡単だよ、腰抜けの負け犬は負け犬らしくギャラリーのトンネルの中を見えない俺のテールランプ追っかけて敗走することだ。今度は逃がさねぇ、てめぇのこしらえた"伝説"とやらがハッタリだとメンバーにわからせるのさ。それにはそのおもちゃで十分だろ?」
ここまでキッパリと手袋投げられたのは初めてだ。いいだろう、受けてやらんこともない。
「受けた。」
なるべく短く返答する。彼はまた笑った。今度はどちらといえば高笑いという感じだった。
「言っとくがハンデはつけない。横並びでよーいどんでスタートしたら先にゴールをカチ割ったほうが勝ちだ。レースが終わればお前が負けて俺がタイトルを奪取する。お前はその目障りな車を潰してこの街を出ていく。いいな?」
「俺が勝ったら?」
彼は目を流して返す
「考える必要あるか?」
「もう一度訊く」
ドアノブに手をかけた彼を引き止めた。
「俺が、勝ったら?」
「勝手にしろ。」
言い終わるが早いか、彼のS14は俺に爆音を浴びせながら街へ降りていった。
明日か、随分時間がねぇな。とりあえずエスロクを仕上げようか。
俺のエスロクは少しだけ手が加えられている。と言っても、モデューロのエアロに無限の足回り+エキゾースト装備というディーラーオプションで全て揃えた形だ。勿論、最高出力からするとほとんど変わりはない。精々コンマ5馬力くらいだろうか。
はあーあ、めんどくさ。心の中でぼやきながらドアノブに手をかけた。
「とりあえず帰ろ。」
畜生、なんであんなバトル受けたんだろう。甚だ面倒くさい。
おはこんばんちは!くらしかるです!
なんでspining wheelをさぼってこんなの書いているかというと、「「ネタが尽きたっ!!!!(`・ω・´)」」←メタすぎ乙。