タイトルマッチ
あー、なんでこんなことになったんだっけ。
車をスタートラインである頂上まで運びながら、今日だけで五十数回繰り返した自問自答をまたここで繰り返す。まあ、答えもこれまた簡潔で、売り言葉に買い言葉であのケンカを買っちまったからなんだけども。
あいつは無駄に律儀な男で、約束したものは絶対に破らない。
そしてご多分に漏れず、この度も昨日交わした公約通り、ゴール地点にギャラリーのトンネルをこしらえてみせた。よくもまあこんな人を集めたもんだ。まるでA○Bのライブ会場みたいな人だかりじゃないか。そんなに重要だったのか?このバトルは。俺は小生意気な後輩をちょいと懲らしめるつもりだったのだが、どうもそうは行かないらしい。
「あーくそっ、めんどくせぇったらありゃしない。」
シフトチェンジを終えた左手で頭を掻き回す。
頂上の駐車場にはまた人だかりが出来ていて、スタートを今か今かと待ち構えてる。あいつのS14はもうグリッドについていて、後は俺が横に並べばいいだけだった。特に話すこともないのでそそくさ車を並べる。ふと覗くディスプレイの時計には21:59の文字。よし、ジャスト。左を向いてもあいつと目が合うことはなかった。時計の針は進み、22:00。スターターが間に立つ。お互いエンジンの回転数を張り上げ、その時を待つ。
回転数は6000、ギアは勿論一速に。
3
2
1
GO!
S14はタイヤを鳴かせ、ホイールスピンしながら俺の横を走り去る。一方俺は、なけなしの64馬力をタイヤにすべて食われ、ホイールスピンどころが、タイヤが一瞬泣いたか否かの黄色ナンバー相応のスタートを決めてS14の後を追う。実際、俺のスキール音はお隣にすべてかき消されたため、ほとんど耳には入らなかった。
シフトは二速を経由して3速へ。7000回して4速。かろうじてS14は見えている。第一コーナー3速へ落として左、右と切り返す2連クランク。インギリギリを舐めるようにクリア。まだ見える。4速右、AHAが介入しないように舵角を抑えながらベタ踏み、コーナー立ち上がりと同時に5速。緩い左を通過して4速へ下げる。ここからだ、縮れた麺のように蛇行するスラロームセクション。小さなボディにモノを言わせて極力直線的にクリア。勿論ほとんどフラットアウト。気がつくと、S14は目の前にいた。直線こそ離されるものの、コーナーではこちらが上手。間空いをどんどん詰めていく。
"ふざけんな!!!"
なんでお前が俺の後ろにいるんだよ!!
右ヘアピン、ブレーキを踏みつける。微妙に残っていたヨーがふくれあがる。完璧なオーバーステア、テールスライド。それでもアクセルを踏みつける。進まない、くそっ、進め!立ち上がりでタコ踊りしかけながらそれでも前へ。小さな影は間空いを詰めていく。次の左ヘアピン、お釣りの対処と後ろに張り付く軽自動車に思考は奪われる。
"突っ込みすぎだ!やばい!"
ステアリングをこじれど、グリップを失いかけたフロントタイヤは曲がらない、ましてや踏みつけたブレーキにグリップは持っていかれている。無情に近づくガードレール。
"ふざけんなあああああ"
サイドを引っ張り無理やり方向を変える。
がしゃん
リアバンパーがヒット。んなもん知るか!
見とれるようなアウトインアウトをトレースするエスロクを直線であっけなくパス。続く右クランクに備えフルブレーキ、2速へダウン、ターンイン、そしてインをしっかり占めてアウトクリップ。エスロクの介入するスキは無い。そうだ、俺は勝てる。何を慌ててるんだ。張り付かれたって要は抜かれなければいい。張り付かれたのは手を抜いてたとか遊んでやったとかなんとか言えばメンツは保たれる。奴がいくら小さくたって、実体がある以上、締められたインに入り込むことはできねぇ。コーナーでイン刺されなきゃ俺の勝ちだ。簡単な話しじゃないか。
左ヘアピン、
ーさあ飛び込んでこいよ。ほらほら、イン空いてるぞ?
エスロクは飛び込んでくる。
ーまあ塞ぐんだけどな。
急に切り込んできたS14に行き場を奪われたエスロクは大きく姿勢を乱し、エンジンの無力を晒した。ルームミラーに映るエスロクの光はどんどん小さくなっていく。
ざまあ見な!どんなハッタリかまそうと、俺が冷静にさえなりさえすればお前の勝ちなんてないんだよ!
そうだそうだ。どんな事があろうと、あいつは俺に勝てない。そうだ俺に勝てないんだ。腹のそこから笑いがこみ上げてくる。実に愉快だ。伝説なんて嘘っぱちだったんだ、かつて伝説と謳われた男は今や黄色いナンバーぶら下げて俺の後ろをノロノロ走ってやがる。あー、さっき慌ててぶつけた俺が馬鹿らしいぜ。なんくせつけて金巻き上げてロケバニでも組もうかな。
緩い右をヨーをつけてクリア、からのサイドブレーキそして振っ返し!!アウトクリップきっちり取ってと。よし、完璧。
「おい、来たぞ!」
ちょうど遠目にヘッドライトが見えた。形からしてあの人のS14だ。そのヘッドライトはフラッと大きめにフェイントをかまし、サイドブレーキで盛大にケツを振り出した。タイヤは泣き叫び、車は横を向く。そしてガードレールギリギリまで詰めながら再び加速する。やっぱりこの人はすごい。そしてもう1台が追従する。一つ目の右をギリギリまでインカットして直線的にクリア、そして一瞬かつ強烈なフルブレーキ。舵角を最小限にインへ飛び込む。そしてインクリップを取るやいなやすかさず加速する。アベレージスピードが違いすぎる....。なんだよそりゃ。まるでそう、読んで字のごとく電光石火のコーナリング、正確無比なライン取り。まさに鬼、そう形容する他ない。
僕は彼を一度だけ見たことがある。姉さんの車に乗ってここに気晴らしに来たあの日、一度だけ。彼の名は玉木 希。姉さんの裏の裏、つまり非日常に生きるときの姉さんの裏の顔、言いかえれば素顔を知る唯一の人物であり、僕が一年半ずっと探していた人物だ。ぶっちゃけた話し、僕はこのバトルの結果に大した興味はない。どっちが負けようと僕は構わないし、例えカズさんがクラッシュしたって生きていればそれでいいと思う。ただ僕は知りたいんだ。姉さんの素顔を。彼は話すだろうか。
さーて、ここらでカズの鼻へし折ってやっか。
この右を抜ければ、あのミスの許されない地獄のスラロームが待っている。
なるべく速度を保って右を通過、相手のテールランプが大きくなる。一つ目の段階で目測15m
2つめ13m
3つめ6m
どんどん近づいていく。さあどうする。車半身ずらし出方を伺うと、一瞬にして進路を塞がれた。やはり、やはりそうくるか。
5つめ、侵入でアウトに寄る。反応した!そこから開いたインに飛び込む!反応の遅れたカズはアウト側を塞ぐもイン側に舞い戻ることは不可能に近かった。刹那にバランスを失い、アンダーステアがどんどん膨らんでいく。立て直しはほとんど不可能。アンダーステアがアンダーステアを呼び、そうかと思えばオーバーステアがオーバーステアを誘う。そう、ここはラインは何がなんでも死守すべき場所だったんだよ、でも外しちゃったな。
膨らんでいくS14を尻目に7つめをクリア。後方では一つの歪みがどんどん膨れ上がり、奴を食った。ぶつけたかどうかはわからない。ヘッドライトは離れていく。いくら軽が相手とはいえ、コーナー2つと短いストレート3本で追いつくことはできない。この瞬間、勝負は決着した。
形成は逆転せぬまま勝負は終わりを告げた。カズがこのギャラリーを振り向かせるのに使ったであろう
文句とは対照的な実に静かな終わりだった。最終コーナーでタイヤが泣くこともなければ、勝利を驚くギャラリーの歓声もなかった。
「約束どおり、好きにさせてもらうぞ。」
車のドアを降りた彼に投げかける。
「その前に、1つ聞いていいですか」
カズは神妙な趣で呟く
「なんで...なんで戻ってきたんですか。」
なんで、か...。
「話す必要はないだろ。」
納得できない、不服だ。彼の表情はそう語る。
「話せないから、ないし理由そのものが存在しないからではないんですか?」
わかってんなら訊くなよ、バカ。
「好きにいってろ。」
「姉さんの、ウチの姉の命日だから。じゃないですか?」
この男は...。




