ソウルテイカー.JC
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「ここが、教員の共同宿舎になります」
「ほぉ~……」
シャーロットに連れられ、村の中を歩くこと10分。
小さな商店がいくつか並んでいる通りの先に、それはあった。
ちょうど、ロールプレイングゲームに出てきそうな、2階建ての木造の家。
日本では考えられないような大きさで、外から見ても、かなりの広さがあることはわかる。
「なんつーか……宿屋みたいだな」
「そうですね、実際、旅人を泊める部屋なんかもあります」
俺の横を歩いてたシャーロットが、そう付け加えた。
先ほどまで着ていたブレザーとスカートは、シミが気になって仕方なかったらしく、現在は白いチュニックを着ている状態だった。
ところであのシミってどうやって落とすんだろう。クリーニング屋とかなさそうだけど。
日本とここでは、生活環境がまるで違いすぎて、なにをするにも疑問が生じる状態だった。
ホントここどこなんだろ。温暖な気候と周りの風景を見ると、どうもヨーロッパのド田舎ってかんじだけど。
どこかに携帯とか持ってる人いないかなあ。いなさそうだなあ。
「私はここの二階の右奥を借りています。あなたは左から二番目です」
「ああ、そっか、共同宿舎ってことはお前も住んでいるのか」
「……お前って呼ばれるの、あまり好きではないんですが」
「ああ、悪ィ」
どうも、年下という先入観があるせいで、気安く呼んでしまう。
一応上司らしいから、名前で呼ぶことを心がけようかな。
「……にしても、他の家と比べてえらい綺麗だなあ。新築みたいだ」
「ご明察ですね、新築ですよ、これ」
「マジか。……ってことは、けっこう賃料とか高いんじゃないの?」
「いえ、そんなことはありません。そもそも、この宿舎自体、教員が寝泊まりする場所を確保するために用意されたものですから」
「ふーん……、なんかわざわざ悪いな、ボロ屋でも構わないのに」
「そうですか? 地元の住民としては悪くない案件だと思いますよ。なにせ、これ建てるために、教育機関から助成金が出されましたから。
おまけに、教師は魔物退治に精通していますからね。村の安全はグッと高まったようなものです」
「そうか、頑張れよ」
「なにさらっと自分は無関係って顔してるんですか」
「ぐはっ!」
シャーロットから肘内を喰らってしまった。
入りは浅いが、なかなか痛い。
「見張り台の警備もまとめて委任されないだけマシでしょう。こんな設備を与えられるんです、夜にたたき起こされることくらい、むしろ必要経費と割りきるべきです」
「深夜まで起き続けるのは得意だが……、寝ているところを起こされるのは苦手なんだよなあ」
「愚痴ばかり吐いて……。
……というか、深夜まで起きてなにをするんですか? 夜這いですか? 汚らわしい……」
特になにも言ってないのに勝手に気持ち悪がられてしまった。
彼女の俺に対するヘイトはいまだ高いらしい。悲しいね。
「いやいやいや、おかしいだろ。なんで夜遅くまで起きてるってだけで夜這いって決めつけんだよ」
「ほかにナニをするというのですか?」
「ナニって……ネトゲやったり……アニメ観たり……」
「ね……ねと……? ねっとり何をすると言うんですか……?」
「ねっとり」という言葉からさらにあらぬ(被害)妄想をするシャーロット女史。
……おかしい、会話が通じてない。
まさか……インターネッツというものを知らないのか?
こんな高度情報化社会にありながら?
さすがに無くね? ……と思ったが、ここで俺は、ある重大な点に気づく。
「……そういえば、ここ、電気通ってるの?」
「電気……? 通るって……ん? ビュンビュンって? なに言ってるんですか?」
「……もしかして、インターネットとか無いの? このへん」
「インターネット……新しい魔法ですか?」
「うん、そう。世界のあらゆる情報源に侵入できて、ただ手を動かすだけで世界の動向をチェックできる最強魔法」
「そ……そんな魔法が……!」
「しかし代償として、使用しすぎると人間としての尊厳を失う」
親がフラっと部屋に入ってきたときとかね、もうね、言わせんな馬鹿野郎。
俺は物事をごまかすため、適当にそれっぽい話をでっち上げたが、シャーロットは真面目な顔で、俺の説明に聞き入っていた。
というか、コイツ、こんな無垢な顔するんだな。ちょっと可愛いと思ってしまった。
ちょっと! ちょっとだけな!(謎のツンデレ)
俺の話を聞き終えたシャーロットは、ふう、と感嘆の息を漏らした。
「凄いですね……、そんな魔法が扱えれば、きっと戦争も形を変えるのでしょうね。なにせ、リアルタイムで相手の状況が分かるのですから」
知らないわりにはなかなか鋭い指摘するな、コイツ。
シャーロット……恐ろしい子!
「……まあ、同時に、人のことが分からなくなったりするんだけどな」
「……どうしてですか?」
知らなくていいよ、と俺は小声で呟いた。
釈然としない表情のシャーロットを置いて、俺は自室へ向かう。
「なにかあったら、ドアの前のベルで呼んでください」
「おう、お疲れ」
シャーロットが自室に戻ったのを確認し、俺も自分の部屋のドアを開けた。
……さて、部屋の中はどうなっていることやら。
☆
「おにーちゃーん、お帰りー!」
バタン!
……と、俺は急いでドアを閉めた。
「……」
……あれ、おかしいな。
なんか、俺の部屋に金髪ロングの女の子がいたんだが。
しかもなんか俺のことをお兄ちゃんとか呼んで来たんだが。
疲れすぎて、願望と現実を混同してしまったのだろうか?
いかんいかん、さすがに記憶が無いとはいえ、あんな歳の妹がいることまではさすがに忘れないだろう。
そう、何かの間違いだ。何かの。
とにかく、もう一度ドアを開けてみよう。
その先には、無人の空間が広がって……。
「お兄ちゃーん、お帰りなグフォア!」
俺は問答無用で目の前の少女を蹴りつけ、部屋に押し込める。
ドアをバタンと勢いよく閉め、自らの体でふたをする。
とたんに、ドアノブがガチャガチャと音を立てた。
ドア越しに、妹(仮)が絶叫する。
『お、お兄ちゃーん? どうしたの? 私だよ? マーガレットだよー?』
「うっせえ! 俺に妹はいねえ!」
『なに言ってるのお兄ちゃん! 同じかまどの飯を食った仲じゃない!』
「そんな記憶はねえしそもそもそれは戦友とかそういう意味の兄弟であって断じて妹とやることじゃない!」
『ひっどーい! お兄ちゃんのバカー! アホー!』
「バカでもアホでもいいから俺と関わんないでくれ頼むから!」
本物の妹なら頭を地面に擦り付けるくらい嬉しいが、どう考えたって彼女は偽物だ。
そもそも髪の色からして違うし!
ぜったい騙されてる! これ俺ぜったい騙されてる!
ウィリアム知ってるよ、これ後でドッキリカメラとか出てくるパティーンだって!
『お兄ちゃーん! 開けてよー! ここから出してー!』
マーガレットと名乗る妹(仮)は、今度は内側からドンドン扉を叩き始めた。
壁ドンならぬドアドンである。
この妹(仮)への対処をどうしようかと、ドアを抑えながら考えていた俺の元に、さらなる脅威が降って沸く。
「なにごとですか、ウィル!」
物音を聞きつけてきたシャーロットが、部屋から飛び出してきた。
ヤベエ、めんどくさい臭いしかしねえ!
俺は先手必勝とばかりにシャーロットに向けて叫ぶ。
「助けてくれシャロ! 俺の部屋に知らない女の子が――」
『びえええええええええシャーロットお姉ちゃーーーーーーーーーん‼』
うっせえ! なんだコイツ!
妹(仮)は、宿舎が震えるほどの大音量で泣き喚いた。
事態を(変な方向に)悟ったシャロは、厳しい目つきで俺を叱責する。
「ウィル! メイになにをしたんですか! 答えなさい!」
「なにをしたっつーかむしろ俺がなにされたのって感じなんだけど⁉」
「ふざけてないで答えなさい!」
「いや逆に俺が教えてほしいってか――!」
ドン、と壁が勢いよく開く。
俺は、部屋の反対側、通路の壁に体を打ち付けてしまった。
「いてて……」
俺は背中をさする。
幸い、打ちどころが良かったのか、ギックリ腰にはなっていなかった。
しかし、安堵したのもつかの間。
ダン! と、俺の足と足の間、要するに股に、妹(仮)――マーガレットが、床を踏み抜くように足を突き出した。
ゴゴゴ……という音が、少女の背中から鳴っているようだった。
マーガレットは、思わず誤ってしまいそうになるくらい恐ろしい顔で、ゆっくりと俺に微笑む。
「おにいちゃ~ん……?」
「……いや、あの、俺に妹はいな――」
「お・に・い・ちゃ・ん?」
「アッハイ」
怖え。この子マジで怖え。
思わずチビりそうになっちまった。
それくらい、なんというか、雰囲気が怖い。
見た目は子供でも素顔はヤクザなんじゃねって感じ。
マーガレットは、ニコリと(目をうっすらと開けながら)笑った。
「お兄ちゃ~ん? ちょっと記憶が混乱してるみたいだね? こんな可愛い妹を忘れるなんて?」
「……ソ、ソウデスネ……」
「そんなお兄ちゃんにはお仕置きが必要だよね? ほら、たっぷり可愛がってあげるから……」
「や、ま、ちょ、まっ」
俺の必死の抵抗も空しく、襟を引っ張られた俺は、なすすべなく自分の部屋へと連行される(意味わからん)。
そのまま妹(仮)は、満身創痍の俺を床に寝転がしたかと思うと、そのまま、プロレスでもするかのように俺の腹の上に座った。
ニタニタと笑いながら、俺の腹の辺りを撫でてくる。
その仕草、表情、なにからなにに至るまで、年頃の少女には思えず、ましてや自分の妹と言われてもまるで納得できなかった。
それから妹(仮)は、ゆっくりと語る。
「どうしたの? 年頃の女の子に跨られて嬉しくないの?」
「ごめんな、夜のプロレスごっこは大好きだが、妹とヤろうとは思わねえ。
っつーかマジでどいてくれ」
「まあまあ、話をしようじゃないか。君にとっても悪いことじゃないしね」
「……やっぱり、お前、俺の実妹じゃないのか」
「そうであってほしいんならそれでもいいけど? まあでも、まずはキチンと身分を明かした方がいいかもね」
ちょうど中学生ぐらいの容姿の金髪の少女――マーガレットは、チラリと八重歯を見せつけた。
「君の言う通り、私は君の妹じゃない。ちょっと色々と便利なもんで、そう名乗らせてもらってるだけさ」
「じゃあなんなんだ、家出でもしたのか?」
「家出したのは君の方だろう? なにを言ってるのさ」
「え、じゃあここって、お前の家なの?」
「いんや、違う。そもそも君が家出したのは――「家」じゃなくて「体」だから」
「……?」
頭の中が、疑問符でいっぱいになる。
つまり……どういうことだってばよ?
答えの見えない迷路に迷い込んだ俺に、少女は笑顔で真実を突きつける。
「私は……君を転生させた張本人。魂を扱う魔法使いさ」
……。
……は?