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プロローグ:ネトゲの先生

『ファイターのスキルってどれがオススメですかね?』

『ああ、それね……』


 画面上で、そんな吹き出しがポコンと飛び出た。

 ゲーム上の友人プレイヤーに質問された俺は、淀みなくそれに答える。


 ――まあ、口を開くのではなく、キーボードを叩いて、だが。


『ポチさんは攻撃特化だっけ?』

『そうですね』

『了解です。だったらね――』


 俺はそう打ち込み、脳内に保存されたデータベースを展開。

 彼の普段の動き、戦闘パターン、得意な武器などから、彼にもっとも適していると思われるスキルのポイント振りを伝えていく。

 およそその説明は10分ほどで終わった。口頭でならもう少し短縮できるのだろうが、手で打ち込むのだと、いくら慣れているとはいえ時間がかかる。

 ポチさんは俺の説明に『はい』とか『なる』などと相槌を打っていた。そしてそれがすべて終わると、彼はこう答えた。


『ありがとうございます! 先生!』


 そう告げたのち、感謝の意を示すシンボルチャットを送ってくる。

 それを見た俺は、肩を弛緩させ、フウ、と息を吐いた。



 俺、倉知くらち孝弘たかひろは、夜中に至るまでオンラインゲームに入り浸っていた。

 ゲームの名を、「アスタリスク・オンライン」という。宇宙を舞台にした壮大な世界観を誇る、日本有数のMMORPGだ。

 ちなみに略称は「ケツ穴」。いや、マジなんだって。理由は聞くな。

 俺がこのゲームを遊び始めたのは、ちょうど2年前だった。それまで、「生きる意味」を見失っていた俺に、リアルの友人がこのゲームを勧めてくれたのがきっかけだった。

 幼少の頃、俺には夢があった。なんてことはない、「漫画家になる」というありふれた夢だ。

 しかし小学校を卒業する頃には、そんな夢は潰えていた。それなりに頑張って絵を描いていたはずなのだが、周りのあまり努力していない友人のほうが、はるかに絵が上手かったからだ。なにより俺自身、上達を感じられなかった。

 それならば、と、小説家の道を目指した。絵は描けないが、創作の能力はあるだろうと思い至ったからだ。だがそれも、2年ほどで無くなった。結構続いたには続いたんだけどな。

 大学に入る頃までは、まだ人生設計というか、こんな風に生きたい、という目標はあった。いずれデッカイこと――他のオタク仲間とは一線を画す仕事をしてやるんだ――そんな思いがあり、それに向けて邁進した。


 ――そして。

 ――気づけば34歳になっていた。


 周りの友人は、つまらない職業に就きながらも、平凡な毎日を送りながらも、しっかりと人生を謳歌しているようだった。

 それに比べて俺はどうだ。ありもしない夢を追いかけて、無職童貞の道をひたすら突き進んでいる。

 30歳になるまではクリエイターになる――そんな野望を持ちつつも、気づけばこのザマだった。

 31歳を超えてからは、一周して、こんな人生もありかな、と思った。

 昼間は派遣で日銭を稼ぎ、夜はネトゲやアニメを楽しむ――そんな人生も、惨めといえば惨めだが、否定するほどでもないんじゃないか――そう、思えてきた。

 もしかしたら、先週送った小説原稿が賞に受かるかもしれないし。そこ、往生際悪いとか言うな。泣いちゃうから。


 そんなこんなで、明日8時からのバイトのことを思いながらも、ついつい夜更かしして、オンラインゲーム内の友人に請われるまま、今後の方針の相談を受けていたのだった。

 ゲームの仲間は、皆、俺のことを「先生」と呼ぶ。

 元来、人に何かを教えるというのが好きだった。それは単純に優越感に浸れるというものでもあったし、なにより、俺の指導で友人が良い方向に変わっていく姿を見るのは、なかなか感慨深いものがあった。

 彼らに頼られたくて、暇さえあればゲームの情報を収集し、敵モンスターの弱点を調べたりとしたのも功を奏した。それによって仲間に頼られたし、なにより自分が楽しくて、苦ではなかった。

 その恩返しとして俺の人生を指導してほしいものなのだが、そっちに関しては相談に乗ってくれる人がいなかった。不公平だよね。


「……ッ」


 パソコンの傍らに手を伸ばした俺は、はたと気づく。


 ――タバコが切れてた。


 この前カートンで買っていたお気に入りの銘柄が、俺の机上で品切れを起こしていた。とたんに胸がざわつき、無性にムカムカした気分になった。

 先ほどまで気にならなかった喫煙欲が、タバコが無いと気づいた瞬間、爆発した。


『すみません、ちょっと落ちます』

『トイレ?』


 下品な返答に目を向けず、俺はゲームキャラをロビーの隅に追いやった。離席の合図だ。

 椅子から立ち上がり、玄関を目指す。

 洗面台の鏡を見て自身の冴えない顔を覗き、髪を軽くとかす。

 それから、靴箱にかけてあったコートを羽織り、アパートから飛び出した。

 コンビニは歩いて5分もかからない場所にあった。

 中では親子連れが菓子コーナーを物色していた。こんな夜遅くに大丈夫なのかな、子供のほうは。

 雑誌コーナーには漫画を読み漁る中年が二人、レジでは店員が寝ぼけ眼でタバコを補充していた。ちょうどいい。


「ああ、らっしゃーせー」


 馴染みの店員が、俺の姿を認めて、会釈してくる。俺も軽く頭を下げる。


「いつものですか?」

「うん、カートンで」

「金持ちっすねぇ」

「使う場所が無いだけだよ」


 遠回しに非リアをアッピルする俺。「そんなもんですかねえ」と呑気に微笑んだ。コイツ絶対リア充だわー、マジ勘弁だわー。

 店員が棚の上からタバコが10個入った縦長の箱(というか長方形の筒)を取り出す。

 その作業を眺める傍ら、俺はフッと、後ろを振り向いた。


「……ん」


 親子連れのうちの子供がなにやらお菓子を選んでいるのだが、……その後ろで、なにやら奇妙な光景。


 ――先ほどまでいなかった、怪しい男が、その子供をじっと睨んでいた。


 ……っつーか怪しすぎだろ。

 その男は黒の革ジャンを着ており、グラサン、マスク、ニット帽と、あからさまに不審者なのだ。

 店員が一声かけてもいい気がするのだが、彼は眠いのか、それとも人権がうんたらに配慮しているのか、見ないフリをしていた。


 ――しかたない、俺が出よう。


 と、ちょっとチームのボスっぽい感じで意を決してみる。

 ほら、その、ね、なんだかんだこのコンビニにもお世話になってるし。

 べ、べつに、「うわ……あの人かっこいい……」とか思われたいわけじゃないんだからね!


「すみません」


 俺は左手をポケットに入れたまま、その不審者の肩を叩いた。

 俺の背後で菓子を選んでいた親子がギョッとした視線を俺に送る。まあ仕方ない。


「ちょっとその恰好は……」


 ――言いかけたとたん。

 ――下腹部が、焼けた。


「……えっ」


 あまりに突然のことで、状況判断ができなかった。

 恐る恐る、俺は自分の腹を見下ろした。

 そこには。

 深々と刺さった包丁があった。


「――なッ……」


 なんだよ、これ。

 そう、口にしたいが、続く言葉が出てこない。

 遅れて、俺の体を、電流が駆け巡った。

 するどい痛みに、俺はなすすべなく悶えた。

 血を吐きながら、コンビニの床に倒れる。

 ああ、遠くで悲鳴が聞こえる。

 なにか、ガラスが割れるような音が響くが、それがなんなのであるか、判別が付かなかった。


「お――ちゃん、お――ゃ――」


 そんな子供の声が、俺の耳に届いた。

 ひどく悲しげな目に見送られ。

 俺は、この世を去った。


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