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つかずはなれず

 その時、少年は少女を待っていた。少女に密かに取り付けた発信器の情報では、あと二分後には接触するはずである。もちろん、少女はその事は知らない。偶然を装って、一緒に登校するためである。


 程なくして、道の向こうから少女が歩いてくるのが見えた。こちらを見つけて手を振っている。

「おはよ、(ひろし)くん」

「おはよう、生美(いくみ)

「一緒に登校できるなんて、すんごい偶然」

「そうだね、すごい偶然だね(←嘘)」


 二人は、そのまま並んで学校までの道を歩いた。少女が昨日よりも近くを歩いているように、少年は感じた。『もう俺達は彼氏と彼女なんだ』と思うと、このまま学校なんか行かずに、少女を連れてどこかに行ってしまいたい気分になる。

 しかし、そんな至福の時間も長くは続かない。程なくして、二人は学校の門をくぐり、校舎に入り、教室への扉を跨ぐことになる。そして授業という、束の間の別れを経なければならないのだ。


「おはよ」

「おはよ~」

 級友達が授業前の雑談をする中で、二人は別れ、それぞれの席についた。

「おい阿久津(あくつ)、朝っぱらから彼女連れなんて、いい身分だな」

「そうかぁ」

「当たり前だろう。それより紹介しろよ、今朝連れてた()

「紹介も何も、あそこにいるじゃないか」

 少年は、少女の席を指差した。

「え~、あれ、(さかき)だったのか! やべぇよ、俺、完全にノーマークだったよ。髪型変えただけなのに、すげえ変わるな」

 級友には、少年の横を歩いていたのが少女だとは、気づかなかったのである。

「元々は、顔立ちが整ってたんだなぁ。オレ、アプローチしてみようかな」

「ダメだ。あれは俺のだ。手を出したら、いくらお前でも許さん」

 『許さん』の部分は、少年の語気も荒く、本気であることを物語っていた。

「じょ、冗談だよ、冗談。お前に逆らったら、どんな目に合わされるか分かったもんじゃない。いくらオレでも、三年の近藤(こんどう)の二の舞にはなりたくないからな」

「分かってるんなら、よろしい」


「いっく~みちゃん、おっはよ~う。彼氏とは上手く行ってる?」

「あ、由香里(ゆかり)ちゃん、おはよ」

「今日は並んで登校してたよね。いい感じじゃない」

「それより、昨日はどうだった? 上手くいったの。ねぇねぇ、聞かせてよ」

 根掘り葉掘り聞き出そうとする友人達に、少女は恥ずかしげにモジモジとしていた。

「上手くいったってぇゆーかぁ、いかなかったてゆーか……、ほどほどとゆーか……」

「なぁ~によ。はっきりしないわねぇ」

「今日、髪型変えてきたよね。彼氏のお好みとか~」

「え、えとー、別にそうゆーわけじゃないんだけど。に、似合ってるって、言われたから……」

「えー、言うじゃん言うじゃん。それから、それから?」

「榊さん、昨日の成果を話してよ。ちゃんと告白した?」

「こ、告白したってぇゆーか、されたってゆーか……」

「やーるじゃん! それからどーなったの? せめて、キスくらいまでは行っとかないと」

「ダ、ダメだよ。キスは、まだ早いよ」

「……ん~、この娘はぁ。ホンットにネンネ(・・・)なんだからぁ」

「阿久津も阿久津だよ。こーゆーところは、男がリードしてあげなきゃならんのに!」

「ひ、博くんの所為じゃないんだよ。……だ、だって恥ずかしいし、……皆に見られてたし」

「見られてたって、誰よ。そんな覗きみたいなことやってんのは?」

「い、いつもの、男の子達……」

「かー、あんの不良達、こんな時まで付き纏うかぁ」

「で、でも、わたしも、が、頑張ったんだよ。あと1センチくらいまで……」

「そこまでいったんなら、最後まで行くでしょ、普通」

「そんなコト言ったって、無理だよう。何人も見てたんだよ。もう恥ずかしくて……。もう、キスなんて、できないよう」

 少女は耳まで真っ赤になった顔を、両手で隠していた。

「あ~、ゴメンゴメン。泣かなくっていいから。悪いのはあの不良達なんだから」

「そうそう。それに、そこまで行ったってことは、告白は成功したんだよね」

「……うん、とりあえず」

「それじゃ、大丈夫だよ、生美ちゃん。ああ見えて、阿久津のやつ、一本通ってるからね。あのキャサリン先生のセクシー攻撃にも、なびかなかったくらいだから」

「ま、今回はしょうがないか。また今度、頑張ってみようよ」

「また今度、なんて考えられないよう」

「まーまー、そんなに深刻にならずに。ここは、オネエサン達が何とかしたげるから」

「何とかって?」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと策は練ってあるからぁ」

 少女は一抹の不安を感じたものの、それも、予鈴の音でかき消されてしまった。



 そんな中、昼休みになると、二人は中庭のベンチで昼食を摂っていた。今日はサンドイッチとダージリンである。

「隊長、あまり話が盛り上がって無いようであります」

 教室の窓から、少女の友人達が監視していた。

「生美ちゃん、お弁当の箱を真ん中に置いたら離れちゃうじゃない。膝の上に置いて、もっと接近しなくちゃ」

「ん~、イライラするわねぇ」

「隊長、何か、通り過ぎる男たちが、二人を見てくようなんですけど」

「生美ちゃんてば、髪型変えて可愛くなったからねぇ。天才君、早くモノにしちゃわないと、他の男に取られちゃうぞ」

「あ、天才君のほっぺにマヨ発見。生美嬢、これを拭き取ってあげました」

「おー、それは点数高いぞ」

「隊長、さっきよりラブラブ度が上がった模様」

「やるわねぇ。よし、皆のもの、今週末に例のプランを発動する」

「例のプランでありますか?」

「そうだ! 皆のもの、準備に取りかかるぞ」

「おー」


 こうして、昼休みを終え、放課後を迎えた。


 少年と少女は、並んで下校していた。昨日お互いに告白したことで、どうしても相手を意識してしまう。


(手ぇつないだ方がいいのかなぁ。さすがに腕組むのは恥ずかしいし。……どうしよう)


 少女が悩む中、少年も悩んでいた。


(何かもっとこう近づきたいけど、昨日の今日だからなぁ。さすがに『キスしたい』なんて言えっこないよな)


 結局何も言えず、黙々と歩いていくだけの二人だった。


 もうすぐ分かれ道というところで、ふと見ると、いつもの不良達がたむろしていた。


(いったい、今度は何の用なんだよ)


 少年は、彼らにウンザリしていた。


「あ、見つけたぞ、阿久津ぅ。今日こそは決着を付けてやる!」


(はぁ~、逆恨みの繰り返しじゃないか。もっと頭使ったこと出来んかなぁ)


 そう思いながらも、少年は少女を後ろにかばい、少し前へでた。

「決着か。俺もいい加減にして欲しいよ。どうしたら決着なんだ?」

 少年の言葉を聞いたのかどうか、凶器を振り回しながら、彼らは突進してきた。


 少年は、学ランに擬態した防護スーツをバトルモードにしようとしていた。

 と、突然、突風が彼らを襲った。

「キャン」

 と、後ろで少女の声がした。

 不良達も、一瞬動きが止まる。

 回りの挙動に不審なモノを感じて、少年が恐る恐る振り返ってみると、少女は真っ赤な顔をしてスカートの前を両手で押さえていた。

 少年は、もう一度不良達を見た。ついさっきまで殺気だっていたのが、何故か気まずそうにしている。

「お、お前達、まさか……見ぃ~た~の~かぁ」

 少年は怨嗟の混じった声で訊いた。

「いや、ちょっとだけだから。なぁ」

「そう、ちょっとだけ、白っぽいのが」


(と言う事は、やはり)


 少年がもう一度後ろを振り返ると、半べその少女が真っ赤になってコクンと頷いた。

「やっぱり見たんだなぁ~」

「い、いや、……ゆーほど見えてねぇよな」

 少年はおどおどする不良達に向かうと、


「俺だって見たことないんだぞー!!!」


 と叫んだのである。

「あ……」

「あーっと、そ……そりゃ、悪かったなぁ」


「なんか今日は間が悪いから、決着はもういいわ」

「そうだな。帰ろ帰ろ」

 だが、そう言って帰りかけていた不良集団に、少年は声をかけた。

「ただ見は、よくねぇぞぉ」

「あ、やっぱダメ?」

「お前達には、究極のお仕置きをしてやる。……バトルモードON」

 少年は、スーツを格闘用にモード変換すると、不良達のど真ん中に突っ込んで行った。

「うおおおりゃぁー、全て忘れてしまえ」

 少年は、不良達の額を渾身の力を込めて──しかし死なない程度に──殴っていった。少年の一殴りで、不良達がその場に昏倒して行く。最後の一人が倒れた時、少女が不安そうに駆け寄ってきた。

「ひ、博くん、大丈夫なの? 死んじゃったりしてないよね」

「死んじゃいねぇよ。これから、『死んだ方がマシ』だと思うような目にあわせてくれる」

 少年は、悪鬼の形相をしていた。良く見ると、不良達の額に、菱型のフィルム状のモノが張り付いていた。

 しばらくすると、倒れていた彼等が、頭を押えながら起き出してきた。

「く~、痛ぇ。……ちっきしょう、今日は穏便に済まそうと思ったのに。せめて一発は殴らないと、気が治まらな……、グワアアアア」

 するとどうだろう、その不良は、突然頭を押えて叫び出したのだ。

「どんな気持ちだ。ん~ん。さっき、ぶん殴るときに、お前達の一人一人に、特殊なバイオチップフィルムを貼り付けておいた。そいつは特別製でなぁ、額に張り付くと、皮膚に融合して、脳内に触手を進入させる」

「何てことすんだよ、痛てててて」

「そうら、痛いだろう。そのチップには、二つのプログラムを与えてある。一つ目は、ケンカや暴力に走ろうとすると、強力な頭痛を起こさせること。もう一つは、勉強をすると、高濃度の脳内麻薬を分泌させ、いい気分にさせることだ。……そこのお前、この教科書を読んでみろ」

 手近の不良に、少年は教科書を差し出した。彼は、読み進むうちに、教科書にかじりついて、猛烈な勢いで読み進めていた。

「すげぇ、教科書ってこんなに面白かったのか。勉強楽しー」

「マジか。俺にも読ませろ。……お、お、すげぇ! 俄然やる気が出てきた。」

 教科書を回し読みしていた不良達に、少年は、

「お前ら、今日は宿題が沢山出てたろう。ケンカなんかよりも、よっぽど気持ちいいぞ」

「そうだった。よし、てめぇら、今日は俺んちで勉強会だ。行くぞー」

 と言い放つと、彼等はダッシュでその場を後にしていた。


「これであの低脳どもも、俺達に絡んでくるのを諦めるだろう。ちなみに、ここ十数分の記憶も消去しておいた……」


 呟くように語った少年は、その場に俯いたまま立っていた。地面を、雨粒よりも大きな雫が濡らしている。

 そんな彼の様子を見て、少女は何だか詫しくなってしまった。

「ひ、博くん……、そ、そんなに見たかったの?」

 たかがスカートの奥を見られたくらいで大袈裟なことであるが、彼にもそんな一面があることに、少女の心は揺れたのだ。ドギマギの中にも優しさの含まれた少女の言葉に、少年はこう答えた。

「見たかったとかじゃなくて……、俺よりもあいつらが先なのが、悔しいんだよ。」

 それを聞いて、少女は、いたわるように少年の背中をさすっていた。

「あ、あのね、博くん。……ほ、ほんのちょっと、だったら……いいよ」

 このいつもとは異なる雰囲気が、彼女の感情を如何にして動かしたのであろうか。少年は、思いもかけなかった提案に、ナノ秒レベルで反応した。

「え?」

「博くんがどうしても見たいんなら、……ちょっとだけ、だけど」

 この時、少女は渾身の勇気を絞り出していたに違いない。尤も、勇気を出す方向が間違っているような気がしないではないが。

 少年が、恐る恐る訊き返す。

「い……いいのか?」

 少女は頬を染めながらも、拒まなかった。

「ちょ、ちょっとだけだよ」

 その返事で、少年の頭の中は、平成さを失いかけていたのだと思う。

 たった一言、

「うん……」

 と言ったあと、彼の両の眼は、少女の下半身を凝視していた。


 と、そのうちに、少女は心の中の迷いを振り切ったのか、スカートの裾に手を添えると、少しずつたくし上げ始めた。

 少年は、それを固唾をのんで凝視していた。


(生美の足、きれいだなぁ。俺は、なんて幸せもんなんだろう)


 そして、もう少しで下着が見えそうになったとき、

「これ以上は、終わり。きょ、今日は、ここまでね」

 と、少女は、その行為を途中で中断した。

「ええっ、後ちょっとだけ」

 期待が大きかっただけに、少年は粘っていた。しかし、少女の羞恥心も現界ギリギリだったのだ。

「ダメ。これ以上は恥ずかしいモン」

「そこを何とか」

「ダメ、ひ、博くんのエッチ」

「後1センチでいいから」

「ダメったらダメ」

「そう言わずに」

「やっぱりダメ~」


 夫婦喧嘩は犬も食わないとはいうが、まさにその通りの展開であった。それから、日が陰るまで、二人はそんな他愛もないやり取りをしていた。



 そうして、その日も何事もなく暮れ、人類はその滅亡までのタイムリミットを一日延ばすことができたのだった。




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