新学期
少年と少女は新学期を迎え、三年生になった。今日も二人並んで、登校していた。
「そういえば、もう三年生かぁ。思えば、あっという間だったよなぁ」
少年は、少し眠そうに少女に言った。
「そだね、博くん。そう言えば、進路とか決めた? 昨日、進路希望の紙が配られたよね」
「ああ、アレか。俺は、高校卒業したら、どっかの大学の研究室にでも行こうかと思ってる。アメリカやヨーロッパからも、来てくれってメールが来てるしさ。去年、修学旅行に行った時に遭った、K大の門田も、『是非来てください』なんて言ってるしなぁ。生美はどうするんだ?」
少年は、少女にそう問うた。
「私は進学しようかと思ってる。出来れば、理学部か工学部。博くんを見ていたら、科学とか発明とかに興味が出ちゃった。それに、同じような分野を専攻すれば、離ればなれになったとしても、何か接点があるような気がするんだ」
実は少女も、選ばれた男女から生まれた天界の御子であった。少年ほどではないが、少女も、普通の人間よりも優れた知能を有しているのだ。
「そっかぁ。そういや弟くんって、高校受かったんだよなぁ。今更だけど、どこ通ってるんだ?」
「うちの高校だよ」
「え? 全然知らなかった。何で、朝一緒に登校しないんだ?」
少年は驚いて、少女に聞き返した。
「部活の朝練だって。でも、本当はね、私達に気を使ってくれてるんだと思う。二人だけでいられるように」
と言ったものの、最後の方は、少し赤くなって恥ずかしそうにしていた。
「二人だけって言うけど、もうすぐしたら、間野とか天野とかと一緒になるんだけどなぁ」
「ふふふ。そだねぇ」
と、少女はクスクスと笑いながら返事をした。
新学年となっても、少年と少女は同じクラスであった。これは、少年が担任に賄賂を渡して周到に計画していたからだった。だが、何を間違ったのか、間野や天野も同じクラスとなってしまったのは、誤算だった。
案の定、例の二人が曲がり角に立っていた。
「お早うございます、生美さん。今朝もいいお天気ですわね」
「あ、お早う、朱里さん」
「お早う、阿久津くん。生美ちゃん、今日も可愛いね。朱里ちゃんもお早う」
「どうして、あなたなんかに名前で呼ばれないとならないんでしょう。不愉快ですわ」
と、いつもの調子で四人が揃うのだった。
そして、
(今日も二人っきりはここまでか)
と、少年は落胆するのである。
少年も少女も覚えていないが、天野と間野も、実は天界と地獄界のエージェントであった。彼等も、人類存亡の鍵を握っている少年と少女の覚醒を図らんと欲しているのであった。しかし、あろうことか、少年と少女が恋仲になってしまった。こうなっては覚醒など覚束ない。かと言って、強引な行動に出るのは、主なる神の御心に違う。それで、二人のエージェントは、高校生活をエンジョイすることに決めたらしい。
そんな四人が登校中、ふと前を見ると、見覚えのある顔が揃っていた。以前、この辺りを仕切っていた不良達である。彼等は、一年生と見える少年に挑まれ、頭を抱えて苦しんでいた。
「へっ、この辺りのヤンキーは強ぇって噂されてたのに、このざまかぁ。そんじゃ、今日からは、ここは俺が締めるからな。憶えとけや」
ぽっと出の若造に生意気な事を言いたい放題言わせている元不良達は、強烈な頭痛の所為でその場に立っていることが出来ない。
「くそっ。い、痛ててて、頭が痛い」
「あ、頭が痛い」
「い、痛い、頭がぁ、頭がぁ」
この元不良達は、以前に少年に絡んできたところを、逆襲され、頭に特殊なバイオチップフィルムを貼り付けられたのだ。それは、暴力に訴えようとすると頭痛を起こさせるが、勉強をすると快感を発生するというフザケタ装置だった。
「くっ、こんな時はこれだ。きょ、教科書を開くんだ」
「俺は、この漢字ドリルを」
「理科の参考書を開くぞ」
「この、英和辞典さえあれば……」
不良達は、そろって鞄から教科書や参考書を取り出すと、それを開き出したのである。
「ふぅ、痛みが止まったぜ」
「命拾いをした」
「死ぬかと思ったぜ」
と、勉学に励むことでやっと頭痛から開放されたのである。
一方、それを見た新参者は、
「何だよ、ヤンキーが朝っぱらから勉強かぁ。頭、どうにかしたんじゃないかぁ。お笑いだぜ」
と、バカにしたのである。
それを見ていた少年は、少しウンザリした顔をしながら彼等に近づいて行った。そして、新参者の一年生の肩をトントンと叩いて振り向かせると、そいつの額を右拳でぶん殴ったのである。
「ぐぅわぁ、ってぇ。何するんだ! てっめぇ……、ったたたたた。あ、頭が痛ぇ。あ、頭が」
元不良達はそれを見ると、さっきまで意気がっていた一年生を介抱するようにこう言った。
「お前もやられたのか。そいつはケンカをしようとすると、頭痛を起こさせるんだ。大丈夫か、お前。これを読むんだ。教科書だ。勉強すると痛みは治まる」
そう言いながら、彼は歴史の教科書を開いて、年表を見せた。
「い、痛みが止まった。っていうか、すっげえ楽しい。勉強って、こんなに気持ちが良いものなのか!」
「お前も、ヤンキーはもうやめとけ。そいつを頭に貼り付けられると、ケンカしようとすると、物凄い頭痛がするんだ」
「その代わり、勉強が楽しくなる」
「それと、あの方達には絶対に関わるな。これ以上、不幸になりたくなかったらな」
と言って、少年の方を指さした。
「こ、これはお前の所為だったのか! くっ、くそ。い、痛い。頭が痛い」
「だから言っただろう。これを読め。教科書だ」
少年はそれを見ると、
「その新参者に、よく教えとけ。これ以上、俺を不快にさせないようにな」
と、言ったのである。
「分かりぇした。阿久津さん。おい、行くぞ。お前にはこの単語帳をやるから」
「これからは大人しくしておくんだ。これ以上不幸になりたくなかったらな」
と、新参者のヤンキーを介抱するように連れて行った。
「阿久津くんは、ヤンキーにも一目置かれているんだね」
間野が尊敬するように言った。
「不良なんて、不快なだけですわ。あんな方達と関わり合いがあるなんて、やっぱり男なんて最低の輩ですわね」
と、天野朱里は、さも不愉快といった顔をしたのである。
「さ、生美さん。こんな方達は放っといて、さっさと学校へ行きましょう。今日は陽射しが強いから、こんなところでモタモタしていたら、日焼けしてしまいます事よ」
と言って、少女の手を引っ張って先に行こうとした。
「おい、待てよ。……ふぅ。今日も平和だな」
「平和だねぇ、阿久津くん」
そうして、この日は始まった。今日も平和に一日を終えるに違いない。
そうして、人類は、その滅亡へのタイムリミットを一日だけ、延ばす事ができたのであった。




