勉強合宿 二日目
少年は迷っていた。例の間野という転校生のことだ。
抜き打ちだったのに、試験の結果はそこそこ。ぎりぎりで個室をゲットしている。というよりも、間野を調べるために、特別室に送り込めるよう、少年が仕組んだからだった。彼をより詳細に分析したものの、結果は以前のスキャン同様、常人の値とそう変わりはなかった。
だが、少年はその結果がどうにも信用できなかった。この稀代の天才である少年が、自らの手をかけて設計し作成したセンサー群に、落ち度が現れることは無に等しいはずである。『分析結果は信用すべき』なのだ。だが、それが『信用するわけにはいかない』と、彼の直感が訴えている。
──超常現象などはありはしない
自ら科学に携わり、数々の成果を修め、未来に繋がる新時代の科学を切り開いて来た少年に、結果の真偽など一目瞭然のはずなのに。どこかが引っ掛かる。
(もう一度、間野の様子でも見てやろうか)
そう思って、少年はヤツの部屋の監視カメラの映像をメインモニタに映した。
間野は、充てがわれた個室のベッドの前に立って、大きく背伸びをしているところだった。あ、今欠伸をしている。少年も、つられて欠伸をしそうになった。
すると、突然、あり得ないことが起こった!
彼は、カメラに目線を向けにっこりと笑って手を振ると、踵を返してベッドに潜り込んだのだ。だが、少年が驚愕したのは、間野がこのカメラに気が付いていたことではない。振り返ったその時、彼の姿に、一瞬だけ『片翼の悪魔』のような姿がカブったことだった。
少年は、もう一度計器類を確認した。システムをハックされている兆候は0%だった。しかし、0.01秒だけ、センサーがブラックアウトしている部分が見つかった。少年は、モニター画像を巻き戻すと、スロー再生させた。しかし、二度と先程のような画像は映らなかった。カメラのスキャンスピードの関係だろうか。問題の瞬間の画像には、ただのノイズが乗ったようなモノにしか見えなかった。
(しまった! もっとハイスピードに設定すべきだった……。照度が下がることを想定して、明るさ優先に固定したのが仇になったか)
今更悔やんでも、仕方がない。少年は、今夜はここまでとして、自分も眠ることにした。
──ヒロシ、阿久津博よ。僕の声が聞こえますか?
深い眠りの中で、少年は何者かに呼び掛けられていた。いつもの、あの「思い出せ」という声ではない。違う何かだ。
(お前は誰だ。いつもの奴とは違うな……)
──そうだ。今なら解るだろう、僕が何か。
(お前は……。お前は、そう、地下の悪魔と人間の間に出来た申し子──その末裔だな。だから翼が片翼なのだ)
──その通り。よく分かりましたね。……ならば、君の使命も解っていますね。
(ああ、知っている。俺は、選ばれた申し子。地下の住人の命により、人類を破滅に導くのが俺の使命だ)
──その通りです。だが、君は、何故かそれを実行しようとはしない。君は、その為にこそ生まれたのに。
(ああ、解っている。もうすぐだよ。あの、破滅をもたらす究極の兵器が出来るのは)
──ならば、今それを作ればいいでしょう。
(造作もないことだ。いつでも出来るさ。お前は、俺の破壊兵器で、人類と共に朽ち果てればいい)
──そうですね。僕のマトリクスの多くは、人類由来の物です。君の言う通りです。……さあ、始めよう、破滅への宴を。完全な死へと続く。
(そうだ、俺は破滅を連れてくる者。全ては主の御為に)
──そうだ。全ては主の御為に……
<やめてえぇぇぇ!>
その叫び声のような何かで、少年は我に帰った。
朝日が射している。明け方のようだ。何か夢を見ていた様だが、思い出せない。……何故なのか。
ほぼ同時刻、間野も目覚めていた。彼も同様に夢を見ていた様だ。
「失敗した。……しかし、何故? いや、そもそも僕は何をやっていた……」
「やめてぇぇぇー」
少女は自分の出した声で、眼が覚めた。
「あ、あれ? 何してたんだっけ? すごく、大事なことなのに、思い出せない……。何なんだろ」
こうして合宿の二日目の朝が始まった。
朝七時ごろ、各部屋に放送が響きわたった。
<皆さん、朝になりました。起きて朝食の用意をしましょう>
眠そうな顔をした学生達が、ノロノロと各自の部屋から出てくる。
「部屋に洗面所があっただろう。顔くらい洗って来い。男子はまたテーブル運びな。女子の方は生美に訊け」
少年は、いつも以上に不躾な命令口調だった。
「はーい、女子達こっち来て。朝ご飯の準備するよぉ」
「へーい」
(なぁ~んか、テンション低いな。まぁ、しゃあないか。合宿ったって、やる事は勉強なんだし)
しかし、少年の懸念をよそに、時間が経って目がはっきりと覚めてくると、結構、活気が出てきた。
「今日の朝ご飯は、バイキング形式だよ。パンの人はトーストかパンケーキ、ご飯の人はお味噌汁が二種類選べるからね。納豆や牛乳が苦手な人は言ってね」
(ほう……思ってたよりも、ちゃんとしてるな。こりゃ、任しといていいかな)
少年は自分の考えていたよりも、皆にやる気がある事に驚いていた。
それに、中々面白い光景も見られる。
(あれ? 巽淳と、真山信子じゃねぇか。鍋を挟んでなにやってんだ? あいつら意外と両思いなのかもな。こっちは倉垣と、……結城祥子か。ありゃ結城の方がホの字だな。倉垣のやつ、鈍感だから気がついてないんだろうな。これだけいると、男女の相関図が見えてくる……。ククク、こりゃぁ面白い。データとっといて後で分析してやろう)
少年は無遠慮に、危険なコトを考えていた。
「博くん。博くんは、ご飯でい?」
「あ、生美か。……そうだな、ご飯にしとこう。味噌汁は豆腐のやつで。魚は鮭よりもひらきの方で」
「了解! 納豆もつける?」
「いや、それは勘弁してくれ」
「え? 博くん納豆ダメなんだ。美味しいのに」
「いや、誰にだって苦手くらいあるだろう」
そんな二人の話に由香里が割って入ってきた。
「お、早くも女房面かい。生美ちゃんも、なかなか積極的だねぇ」
「やめてよ、由香里ちゃん。変なこと言ってないで、配膳手伝ってよ」
「へいへい。分かり申した」
彼女はそれ以上は口答えをせずに、素直に従っていた。皆、まずは腹ごしらえなのだ。
それに、昨日は気がつかなかったが、結構人物目当てで参加した者もいるようだ。ゴシップネタは、こんなことから始まるのかも知れない。
朝食を終え、片付けが終わると、早速二日目のカリキュラムが始まった。
「最初は、おさらいテストだ。今からお前らのタブレット端末に試験のデータを送る。それを解いてみろ。答えは、端末に直接書き込めるようになっている。それぞれ違う内容だから、カンニングしても無駄だぞ。えーっと、これから一時間。始め」
皆がテストに集中している間も、少年は各自の進み具合をモニタしていた。昨日のテストと違って、今回は各人のレベルに合わせて例題のようなものを中心に出題してある。やるだけで学力が会得出来るはずだ。これも、少年が試作していた学習用AIのプロトタイプをカスタマイズしたものが、自動作成している。この機会にデータを収集しておくのだ。こんな些細なところからも元を取ろうというガメツさは、悪魔的とも言えるかも知れない。
「よぉーし、時間だ。終了。……皆、今回は点数が上がっているはずだ。結果を解析して、重点項目を返送するから、よく読んでおくように」
少年の言葉に一瞬遅れて、手元の端末の画面がガラリと変わった。
「じゃぁ今度は、テストのヤマを教えるぞ。よく聞いておけよ。まずは国語からだ」
少年は、正面の超大型LED画面のスクリーンを指しながら、講義を進めた。彼は既に教員免許を持っていたのだ。教えている事柄はといえば、ヤマというよりも、自分が教えていたらどんな問題を作ってどんな解答を期待するかを基準にしたものだ。学校の教諭が作るものと、そう大差はないだろう。
「国語と社会・数学は、こんなところだろう。まず外れてないと思う。皆の基礎学力も上がってるはずだ。午前の講義は以上とする。お昼までの時間までは、手元の端末に各人の重点課題を送信しといたから、それを自習してろ。無線LANは各部屋にも通っているから、ここでやっても、部屋に帰ってやってもいいぞ。何か分からないところがあったら、声をかけてくれ」
「あ、あのう、……阿久津くん。ここ、分かんないんだけれど。ちょっと教えてくれるかなあ」
「佐伯か。どこだ?」
「あ……、こ、ここのところ」
「ああ、ここか。よく勘違いするところだ。ここはだなぁ……」
(ああ、阿久津くん、女の子相手に近いよ。顔、近い)
(博くん、あんなに近づいて。でも教えてるんだから、仕方がないのかなぁ)
少女は、少年が他の女子にも懇切丁寧に教えてるのを見て、少しばかりイライラしていた。
「あ、阿久津さん、私も解らないところがあるんですけど。いいですか?」
「あ、いいぞ」
今度は別の女子である。
(また、あんなに側によって。博くんたら)
少女は、そんな些細な事までが気になり始めた。
「わたし、自分の部屋で自習する! もう下に降りるからね」
少女はそう言い捨てると、とうとうセミナー室を出て行ってしまった。
「おい、生美、どうしたんだよ」
「何でもないから、一人にして!」
(博くんの鈍感、バカ)
(何だ、ありゃ。俺、何か悪いことしたかぁ)
「阿久津、これ分かんないんだけど、いいかぁ」
「お、おう。今行く」
今の少年には目の前のことに手一杯で、少女の方を少し放っておきすぎたところがあったのかも知れない。それ以上に、今朝は少女にほとんど声をかけていなかったのが禍して、怒らせてしまったのであろう。
一方の少女の方も、何で自分がこんなにイライラしているのか、よく分かっていなかった。これが『焼きもち』であることは、少女も半分理解していた。しかし、それとは違う何かが、自分に不安を抱かせていることも感じとっていた。だが、それが何なのかは、よく分からないままだった。今朝の夢が関係しているらしい位は認識していたものの、その内容はボウとして上手く思い出せないでいた。
そして、お昼時。昼食は、丼だった。ここは縁起よくカツ丼といきたいところだ。少女も、自分の中のモヤモヤは横に置いといて、友人達と協力して食事作りに精を出していた。
そして、お昼を済ませて、しばしの休憩を挟んで、学生達は、またセミナー室で朝の続きに挑んでいた。
「ようし、今度は理科と英語のヤマを教えっぞ。まずは、この化学式。必ず出てくるから、覚えておくように」
学生達も、昨日よりも真剣に取り組むようになってきている。
(なかなか良い具合になってきたな)
少年も、講義に力が入る。……だが一つだけ、気になっている事があった。少女のことだ。あれから一言も話をしていない。
「よ~し、今三時半だから、少し休憩しよう」
この休憩の間に少女と仲直りしなくては、と少年は考えていた。
(生美は何処だろう。少しでも機嫌を直してもらわにゃぁならんからな)
少女は、セミナー室の入り口の近くで佇んでいた。彼女も、少年と話をしなくては、と思っていた。
(あ、見つけたぞ。生美のやつ、こんなところにいたのか)
少年は少女を見つけると、近寄って声をかけた。
「生美。やっと見つけた。今朝は悪かった。生美にもアドバイスすることがあったのに、後回しにしちゃって」
だが、少年が話しかけても、少女の様子はどこかしらおかしかった。
「博くん……。博くんは、イケメンだし、どんな娘にも優しいし。なんか、わたしだけが独占することなんてできないんだなぁって思ったんだ。そしたら、何か恥ずかしかったり、こんな自分に腹がたったりして、何か変なの。わたし、どしたのかなぁ」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことか、じゃないよ。わたしには、すっごく重要な問題なんだよ」
「あ、悪い。そういう意味で言ったんじゃなくって、俺も同じだから。『生美にはいつも俺だけを見ていて欲しいな』って思っちゃうんだよなぁ。生美が他の男子と話してると、妙にイライラしたり、腹がたったりするし」
「な、なんだぁ、博くんもおんなじだったんだ。わたし、博くんが、親身になってわたしじゃない女の子に近寄って教えるのを見てイライラして、……ごめんねぇ」
「ああ、よかった。ほっとしたよ。生美に嫌われたら、俺、どうして良いか分かんないからな」
「それは、……わたしだっておんなじだよ。……ほっとしたら、なんだか博くんに抱きつきたくなっちゃった。なっちゃったけど、今は我慢する。今は勉強会をやってるんだし。それより、夕食のことなんだけど……」
「どうした? 食材が足りなくなったか? それとも、何か問題でもあったか?」
「それもあるんだけど、……わたし、なんだか上手く頭が回らなくって、献立をどしたらいいのか、思いつかなくなっちゃって……。今日の夕食、どしよかぁ」
今朝の思い出せない不思議な夢。少年へのヤキモチ。そんな事が重なって、少女は混乱してしまったのだろう。
「そうかぁ……。せっかく皆勉強に力が入ってるんだし、食事の準備に時間を割くのも勿体無いからな。よし、分かった。ちょっと待ってろよ」
そう言うと、少年はポケットから端末を取り出した。画面を操作すると、どこかに電話をしているようだった。
「ああ、シェフかい。こないだはご馳走さん。……いやいや。それより、ちょっと頼みを聞いて欲しいんだが、いいかな」
端末から漏れ聞こえる声は、壮年の男性のもののようだった。
<大丈夫ですよ。坊っちゃんの仰ることなら、なんでも>
「悪いが、今日の六時半ごろに、ステーキを十六人前、出前を頼めるかな? 肉はそんなに高級じゃなくていいから」
<承りました。坊っちゃんの頼みとあれば、最上級をご提供します>
「いやいや、それは困るよ。オーナーとして、赤字の商売はやってもらっちゃ困る」
<そうですか? でしたら、十六人分で三十万ほどでいかがでしょう……>
「喰うのは庶民の子弟だからな。そんなところだろう。俺の名義でつけといてくれ。クレジットのナンバーは知ってるよな」
<はい。では、ステーキのメニューを十六人前、承りました。前菜や付け合せは、いかがいたしましょう>
「任せる」
<かしこまりました。では、こちらでアレンジいたします。それよりも坊っちゃん。もう少し、当店にも顔をお見せ下さい。新しいディッシュを、いくつか試して頂きたくて>
「ああ、分かった。そのうちな。でも、その坊っちゃんは、いい加減止めてくれよ」
<そうでしたね。失礼いたしました。では六時過ぎにはご用意いたします>
「悪いな。頼むよ」
そこで通話を切った少年は、踵を返すと少女に親指を立てた。
(決まったな。これで、生美の機嫌が少しでも治ると、いいんだがな)
「わぁ、夕食にステーキ? レストランのオーナーだなんて、博くん、スゴいや」
「この事は、内緒だぞ」
「うん、ヒミツだね、二人だけの」
少女はそう答えると、少年と顔を見合わせて、二人でクスリと笑いあった。
──そして……、外が暗くなり始めた頃……
「よーし、今日の講義はここまでだ。小休止したら、夕食だからな。後は、各人で自習をしておくこと。以上だ」
そして六時過ぎ。夕食の時刻に近づいてきた。
「おーし、そろそろ夕食の準備にかかるぞ。男子の半分で、テーブルを用意してくれ。残りは、女子と一緒に来てくれ」
「なーにー、あたしらで作るんじゃないの?」
「今日はスペシャルだ。一生懸命に勉強したご褒美だ。見て驚くなよ」
少年は、メンバーを例の大型エレベータの扉の前に連れてきた。
<坊っちゃん、用意できましたよ>
「おう、ありがとうな。それじゃ上げてくれ」
そんなやり取りの後、<ガコン>と音がして、低い機械音が聞こえた。30秒ほどもすると、再び<ガコン>と音がして、一瞬、静寂が訪れる。
「よーし、扉を開くぞ。皆、驚くなよ」
少年の言葉に続いて、<ウィーン>と扉が開くと、なんとも言えぬ肉の良い香りがしてきた。
「うわー。なにこれ。すごく美味しそうな匂い」
「グフフフ、今日は特別にステーキだ。皆で頑張ったからな。精をつけさせてやる。お前ら、カーゴを運ぶのを手伝ってくれな」
「はーい」
男女で協力すると、ステーキやスープ、添え物と思しき品々が納まったカーゴを、エレベータから室内へ運ぶ作業に取り掛かった。リビングまで移動したら、テーブル運びの人員も投入して、配膳にかかる。
「お、何だこれは。すげぇ美味そう」
「飲みものは、こっちのサーバーに用意してあるから、好きなの持って行ってね」
「スープとか取り分けるよ。順番に並んで」
「それより肉だよ、肉」
「がっつかない。ちゃんと配るから」
「畠山さん、あたしと一緒に食器棚に来てくれる?」
「はいな、任せて」
「あれ? これは、どうするのでしょうか」
「あ、それソースだって、ステーキ用の。手伝って。お肉にかけるんだって」
「分かりましたわ」
思いもよらぬ晩餐に、それぞれが協力しあって、配膳をしていた。
「皆、席に着いたか。来てないやつはいないな。合宿はあと一日あるが、頑張ったご褒美として、俺からのサプライズだ。心して喰えよ。それでは、いただきます」
『いただきます』
一斉に両手を合わせると、彼等は分厚いステーキに舌鼓を打っていた。
「肉、美味え。こんなの始めてだ」
「中身ピンク色なのに、きちんと火が通ってる。それに、とっても柔らかいわ」
「付け合わせも美味しい」
「それより、ソースだよ、ソース。絶品だね」
「あーん、私たちの作った料理が色褪せちゃうよ」
「あ、それはそれで、合宿っぽくって美味かったけど、やっぱこれは別格だよな」
「うん、おいし。よかったね、博くん」
「ああ。そうだな、生美」
(安いのでいいって言ったのに。シェフのやつ、最上級の肉を使いやがって。……ありがとうな)
こうして、合宿の二日目も、なんとか無事終わることができた。そして、人類はその滅亡へのタイムリミットを一日だけ延ばすことが出来たのだった。




