日常の終わり
濁った雲が月を隠している、深い夜。
人の排泄物のにおいが鼻を刺す。
馬乗りになって殴られている男もいれば、後ろから突かれている女もいる。
この街では日常的な風景である。
雑多なクズを尻目に依頼された仕事へ向かう。
「くせぇな、マジで」
今夜の仕事場は廃れたアパートの一室。
1Kの狭い一室に頭をぶち抜けれた男の死体が横たわっている。
「随分派手にやったな、格好つけて頭なんて打つからこんな汚れるんだよ。クソが」
彼の名はジェイ・リバーティーン、清掃業で日銭を稼いでいる。
清掃と言っても普通の掃除とは訳が違う、犯罪現場の清掃である。清掃の仕方は様々で依頼主の意向によって処理の仕方が異なる、誰が殺ったのかを消してほしいのか、誰が殺されたのかを分からなくするのか。はたまた、誰かに殺させたことにしたいのか。
理由は人ぞれぞれだが、総じて言えることは全員そろいもそろってクズってことだ。
「今回の依頼は、死体の処理と現場の清掃か」
一番ベターな依頼と言えるだろう。
仕事道具が一式はいっているボストンバックを広げて早速準備を進めていく。
ゴム手袋を付け死体を手早く袋に詰め込んでいく。
「きったねぇ頭だな」
袋のチャックを締めて魔力を込める。徐々に袋がしぼんでいきボストンバックほどの大きさにまで収縮する。
ジェイにとって便利な仕事道具の一つである収納袋。本来は収納スペースを少なく収めるためのものだが、こういった使い方もできる。
死体の処理も早々にゴム手袋を外しながら部屋の清掃へ移る。
ボストンバックからペット用のケースを取り出し、中から太ったネズミがわらわらと出てくる。
動物の血を主食とする通称ヒルネズミ。通常、人になつくことは無く、飼いならされた個体は珍しいが、ジェイは10匹ほど飼いならすことに成功している。
「お前らは人の血が大好きだねぇ」
ケージから出た瞬間に部屋にまき散っている血を舐めだしている。
彼らが血を処理してくれている間に、魔力残滓の処理に取り掛かる。
懐から眼鏡ケースを取り出し丁寧に取り出し掛ける。
『魔力可視化メガネ』―残存する魔力の痕跡を可視化することが出来る。
特殊な液体を吹きかけながら丁寧に痕跡を中和していく。この液体はアマゾンのような危険区域に生息するスカンクのような生き物が逃走するときに噴射する尿を原料に作られている。
尿を吹きかけられ不機嫌そうに走り回っているヒルネズミたちをケースに戻しバックへしまう。
後は尿を綺麗に清掃した後に、まるで人が住んでいるかのようにある程度汚して帰れば依頼完了だ。
単純な作業だが正確性は求められるうえに、常にリスクが付きまとう、金額の交渉ができない段階ではリスクリターンが合っていない状態で働かされることになる。
「はあ、やっと終わった」
外では太陽が顔を出し始めている。
死体をボストンバックに詰め込み部屋を後にする。
ジェイの持ち歩いているボストンバックは拡張エンチャントが付いている上物である。
依頼主へ仕事の完了を報告したのちに、型落ちの中古トラックに乗り次の目的地へ移動する。
目的地に着くころには依頼主から返信が来ており、既に送金も済まされていた。
こんなにも早く送金されるのはこれまでの積み上げられた信用の証だろう。
森の中の小さな農場。
木の柵で囲われた中に豚が朝も早くから鳴いている。恐らくトラックの音でご飯が来たことを察したのだろう。
収納袋から死体を取り出し裸にひん剥いた後に破砕機へ放り込む、身ぐるみはドラム缶に入れ燃料をかけて燃やしきる、破砕機から出てきた肉片を集めて豚たちの前に出してやる。
―フゴッフゴッ
豚鼻を鳴らしながらおいしそうに肉片を貪り食っている。彼らは強靭な顎で人間の骨くらいなら余裕で噛み砕いで飲み込んでしまう。
いつも通りの後始末を終え帰路に着く。
帰りしなに行きつけのホットドック店によってモーニングセットをたのむ。
特別おいしいわけではないが、まずいわけでもない。他の店よりもピクルスの酸味が強いのが、いつの間にか癖になってしまった。
長らく通っているが店長と会話をするわけでもなく、コーヒーを飲み干して店を後にする。
路地裏の狭いマンションの一室。風呂なし、トイレなし、キッチンなしの激安アパートが彼の住処である。
日課のトレーニングを済ませ、水を浴びて床につく。
報酬金―45,000
「…安いな」
これが彼の日常。
これがこの街リベルの日常である。
そしてまた、憂鬱な一日が始まる。
いつも通り依頼を受け死体を処理する。
豚たちに餌をやり、ホットドックを胃に詰め込む。
水浴びをしているさなか一本の通知が入る。
『至急、清掃を頼む』
緊急依頼。
この業界では珍しい事ではない、突発的な事象はそこら中で起きている。
報酬額を確認して準備に取り掛かる。
「随分羽振りがいいみたいだな、一体どれだけ死体があるんだよ」
倉庫に仕舞ってあった仕事道具をトラックに乗せ急いで現場へと向かう。
築年数は経っているが小綺麗なマンション。
「…」
キャップを深々と被り建物に入る。
防犯カメラの位置を確認し死角であろう場所を選びながら進んでいく。
エレベーターを使うのは避け、非常階段から依頼にのっていた階層まで向かう。
「ここか701号室」
ドアノブに手をかける、鍵は掛かっていない。慎重に部屋の中に入る。
きちんと整頓されているが生活感のある部屋が三部屋にキッチンとバスルーム。
ここら辺の地区でこのレベルの住まいを持っているのは、そこそこ名の知れた腕利きか、若しくは、隣の地区でまじめに働いているのに安い家賃でデカい部屋に住もうと、間違ったリスクの取り方をしている馬鹿のどちらかだろう。
そしてこいつは、恐らく後者に当たる住人だろう。
リビングのような部屋でスーツを着た男性がひとり、心臓の位置から血を流して倒れている。
身に着けている物はそこそこのものだが、家具は統一感もなく安いものを抵当に買いそろえたのだろう。
「こいつはこっちの業界の人間じゃないな」
とりあえず、依頼通り清掃に取り掛かる。
死体を袋に詰め、ネズミを部屋に放つ。
眼鏡を掛けて魔力の残滓を確認するが。
「痕跡がないな…」
違和感を感じながら、部屋を探索する。
「なんで殺されたんだ?」
金品を取られた形跡もなければ争った形跡もない、殺すこと自体に意味があるのか。
「これは財布か」
身分証を確認しようと財布を物色すると。
「魔石輸送会社ノースレイグ…?」
死体をバックに詰め込み、部屋をもとの状態に戻しあとにする。
「クソッ、面倒なことになった」
こういう時は早々に死体を処理して、知らぬ存ぜぬでやり過ごすのが結果的に丸く収まるが。
太陽は高く昇っていて、行動するには目立ちすぎる。
どうせ豚はたらふく食って寝ているだろうし、慎重に動くこともこの世界で生きていくには重要である。
「一旦帰るか」
依頼完了の報告を済ませ、帰路に着く。
住処に戻りこれまでの状況を整理していると。
『報酬は死体を処理してからだ』
「…」
死体を処理していないことが分かっているということは、これまでの作業も全て監視されていたのだろう。であれば、なぜその監視させている奴に死体を処理させなかったのか。
専門家に任せてできうる限り完璧な状態で死体を処理したいのか、それとも、俺を利用したいのか。
違和感はぬぐえないが水を浴びて床につく。
「やっぱり、夜に寝るのは慣れないな」
翌朝、死体のにおいで目が覚める。
「最悪の目覚めだ…」
いつも通り死体をトラックの荷台に乗せ、山奥の牧場に向かう。
「ノースレイグなんて運送会社、俺が運び屋をしていた十代の頃はなかったな」
ジェイが犯罪に手を染めるきっかけとなった一件。
父親が殺されたことを知ったその日に、父親が生業としていた運び屋の仕事を始めた。
父親のケツを拭き終わった後に、清掃業を始める資金が溜まった段階で運び屋という以後とからは身を引いた。
当時は、運送インフラに関しては知見が深かったと自負している程度には聞き耳を立てていたため、ノースレイグ運送会社なんて会社は存在していなかったことは分かる。
「きな臭ぇな」
死体の処理を終え、依頼主へ完了の連絡を済ませる。
『確認できしだい送金する』
「…あいつに連絡しとくか」




