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第38話 精霊の城 2

 “ファッション専門の騎士”というケンティに半ば引き摺られる形で、ボウガは別の部屋へと連れていかれた。


「……さて、まずは身体を清めてからにしてちょうだい。その間に服は選んでおいてあげる」


 先ほどよりもずっと落ち着いた声で、ケンティはボウガにタオルなどを手渡す。

 そこは浴室や洗面所のある客室のような部屋で、着替える前に入浴を勧められた。



「まさかチェリ様が婚約者を連れてくるとはねぇ。ほんと、女の子の成長って早いわぁ」


 チェリのことを呟きながらため息をついて微笑んだが、ケンティはボウガの方を向くと途端に目つきが険しくなる。


「あなた、今回の自分の立場……解ってらっしゃる? もちろん、『御前試合』に出るつもりでいるのよね?」

「は、はい……」


 じっとボウガを見るケンティの視線に気圧されそうになった。“ファッション専門”などという言葉は付いていたが、この人物は騎士団の一員なのだと思い知る。


「チェリ様たちが、あなたをどこで見付けてきたかは知らないけど…………なかなか、良い人選じゃないの」


 ふぅっと息をつくと優しい表情を向けてきた。


「わたしはね、チェリ様とアロ様が初めて城へ来た時に“この二人は自分が仕えるべき主人だ!”って直感が働いたのよ。まだほんの子供だった彼らに運命を感じたの。わたしも偶然を必然と考える【精霊族(スプライト)】の端くれだからね」


 縦ロールの束が揺れると、その隙間から横に長く尖った耳が見えた。


「……エルフ?」

「そうよ。あ、ついでに、わたしはチェリ様と同じ『花のエルフ』だからね!」

「………………………………」


 チェリと同じ『人種』と聞くと、ボウガの思考は一瞬だけ停止しそうになった。


 さすがに『2メートル越えの筋骨隆々の騎士』と『華奢で小柄な王女』が(イコール)とはならない。


「あなた、腑に落ちない時に黙る癖……あるでしょ? 全部顔に出てるわよ。まぁ、素直ではあるんでしょうけど」


 そう言って、再びジロジロとボウガを見詰める。


「でも、本当に素材は申し分ないわ。体格良し、立ち姿勢も良し。顔にある傷も優男になり過ぎないアクセントになるし。正装させればかなり良い見た目になるわよ。あなた、平民でしょうけど『人種』はどの出身かしら?」

「いや……それが……」

「あら? もしかして孤児?」

「……………………」

「隠さなくても孤児だからって差別はしないわ。わたしにとっては、目の前の服のどれが似合うかが重要なんだから」


 そう言って、ニッと笑った顔からは強さと誠実さが滲み出ていた。この人物も裏表のない性格なのがわかる。


「ローズさんは……」

「ケンティ、って呼んでくださる?」

「……ケンティさんは、オレをどう思いますか?」

「どうって?」

「チェリは女王になるのでしょう? あなたから見て、【無色透明の民(クリア)】のオレが二人の邪魔になったりしませんか?」

「えっ……」



 “【無色透明の民(クリア)】のお前が、表舞台にでてくるんじゃねぇよ!! お前など日陰で消えてしまえ!!”



 尋ねる直前に、いつか頭の中に響いた台詞が蘇った。自分自身を【クリア】だと言ったことに苦しさを覚える。



 ケンティは人差し指を口に当て、しばらく考えた後にはっきりと言う。


「よく思わない人間は多いでしょうね。気を抜けば、あなたがチェリ様の弱点にもなりかねない。あなたの言動の揚げ足取りをする輩もいるかもね?」

「そうですか……」

「あなたを王族の婚約者として、断固認めない者もいるでしょう」

「………………」


 真剣な答えにボウガは黙り込んでしまう。これは想像できた答えだが、改めて言われると胸にずっしりとのしかかってくる。



「でも、わたし個人の意見では、女王の伴侶が【クリア】でも気にしないわね。でも、あなただって文句を言わせない努力が必要よ。だから…………」


 肩を掴まれてぐるんっと方向を変えられたかと思うと、そのまま浴室まで押しやられた。


「うだうだ悩まずに、まずは見た目よ! せっかく良いもの持ってんだから、それで徹底的に黙らせなさい!!」


 ポイッっと脱衣所に放り投げられ、ピシャリと扉を閉められる。


「チェリ様とアロ様をお手本に見てなさい!! エルフは見た目が良ければ大抵の事は許すわ! じゃ、チェリ様のところにも行ってくるから、わたしが来るまでにきれいに洗っておきなさいよ」


 ケンティは一方的に言って部屋を出て行ってしまった。


「見た目……あはは、そうか……わかりやすい」


 逆に差別的だと思ったが、脱衣所の鏡に映る自分を見ながら思わず笑ってしまった。確かに、こんなボロボロの姿ではバカにされるのはわかりきっている。


 ――――できることからやろう。チェリたちまで何か言われないように。


 鏡に笑いかけ、ボウガは脱いだ服を籠に入れた。




 …………………………

 ………………




 一時間後。


「…………人間、いじると()()()もんだなぁ。これなら大丈夫じゃねぇの?」


 風呂に入っている間に部屋にはアロも来ていた。

 戻ってきたケンティと、彼女の助手らしき獣人の女の子たちにもみくちゃにされながら、ボウガの支度はすぐに終わった。


「ふふん。最近の中では一番の出来かもしれないわ♪」


 やり切った。そんな表情のケンティが後ろに立っている。


 目の前には、緑と白を基調にした軍服を着た騎士がいた。

 髪の毛は丁寧に櫛削られ、正装に合わせてどこにも余分な遊び毛はないように見える。金の装飾があちこちに施されているが、どれも華美になり過ぎずに全体を引き締めている。



「ほんと……化けたと思う」


 大きな鏡が映した全身を見て、ボウガはそれが自分だと数秒間わからないほどだった。


「これは、チェリ様の隣りに立った時が楽しみだわぁ♡ ちゃんとお揃いになるようにコーデしたのよ。はぁん、自分のセンスが怖いぃぃ♡♡♡」


 ボウガの背後でケンティがくねくねと動いて喜ぶ。だいぶ慣れも出てきたせいか、期待に添えられたようで良かったと思ってしまう。


「この子は『王子様』ってスタイルよりも『騎士団長』って感じの方が良いと思ったのよねぇ!!」

「おぅ、ありがとなケンティ。俺はこいつほど目立たなくてもいいや」


 そう言って、アロがそそくさと浴室へ行こうとしていたのをケンティが掴んで止める。


「あら! そういう訳にもいかないわよ!! いくら『外部王族』の王子でも、チェリ様のお兄様なりにビシッとしないと!!」


 やはり、王子なのだから妥協する訳にはいかないようだ。


「はいはい。んじゃ、ボウガは先に待っててくれ」

「うん。わかった」


 アロが準備を終えるまで待つために、獣人のメイドに別の部屋に通された。そこは扉がいくつもある部屋で、移動のための待合室のような場所だという。



「……………………」


 広い部屋にぽつんと独りで待っていると、段々と不安になってくる。

 情けないことだが、心細さ故にチェリかアロに隣りに座っていてもらいたい。



 …………………………

 ………………



 部屋に通され三十分後くらい経った時、いくつかある扉のひとつが開いてチェリが顔を出した。


「あ、チェリ。良かっ……」

「ーー♪」


 チェリを見て嬉しくて席を立ちかけたボウガは、その場でびたっと動きを止めてしまった。


「……………………」


 近付いてくるチェリから目が離せない。


 身にまとっていたのは、ボウガと揃いにしたという緑と白が美しいドレス。

 ふわふわの髪の毛に編み込むように、宝石の付いた装飾が着けられている。いつもは素顔でも可愛いが、その下地を邪魔しないようなメイクもしているようだ。


 全部がチェリに完壁に合わせてある。

 元から容姿の良いチェリだが、ドレスで正装した姿は何者にも敵わないと思った。



 “チェリ様とアロ様をお手本に見てなさい!! エルフは見た目が良ければ大抵の事は許すわ!”


 ――――エルフじゃなくても、これは……


 ケンティに言われた言葉が、かなりの説得力を持って頭を殴りにきていた。


「ーーー?」

「へっ? あ、その…………あまりにもドレスが似合ってて……」

「ーー♪」

「うん、良いと思う」


 素直に感想を言うと、チェリも『そっちも良い』と指差しながら笑っている。其れが余計に可愛らしくてぼーっとしそうになった。

 しかし、チェリが来た扉のところにいた、彼女を連れてきたらしい獣人のメイドたちと目が合ってしまう。そして、とても温かい視線を送られてしまって気まずくなった。


 ――――ダメだ、ちゃんとしないと……!


 チェリがソファーに座るのを手を引いて手伝い、ボウガも隣りに腰掛けた。




「では、御用の時はベルを鳴らしてくださいませ」

「ごゆっくり……♪」


 メイドたちはティーセットと呼び鈴を置いて、ニコニコと笑顔で立ち去る。何となく、出ていった扉の向こうからキャッキャッと浮かれた声が聞こえた気がした。


「………………」

「………………」


 お互いに人の気配が消えるまで黙り込む。


「…………ーー?」

「え? 大丈夫、とてもよくしてもらった」


 最初に話し掛けてきたのはチェリで、ケンティのことを聞かれた。

 チェリから聞いた話によると、ケンティは服飾を扱うメイドとして城仕えになったのに、あの体格から騎士団に配属されてしまったという。


「……確かに、あれなら騎士団にも欲しいと思う。本人は不本意かもしれなかったけど」

「ーーー……」


 どうやらボウガの言う通り、当時はかなり落ち込んで仕事に就いていたようだ。


 そしてチェリとアロが初めて城に来た時、城での案内と護衛をしてくれたのが彼女で、その縁で城にいる間のコーディネートを頼むようになったいう。


「そっか。じゃあケンティさんは、二人に会えて良かったね」

「ーー、ーー♪」


 チェリとアロにも良かったらしい。





 アロの準備もまだなので、二人でのんびりと座って待っていた。


 《……ここは、王族の住む中央に向かう途中の待ち合いの広間なんです。貴族出身の『内部王族』は、あまりここに用はありません》


 そう言って、チェリはお茶を淹れてボウガに差し出した。

 つまり、ここまでが一般人と呼ばれる人間が多く立ち入る場所なのだ。


 《来るとすれば、騎士に剣術を習っている者か、それ以外には……》



 コンコンコン……


 不意に、どこかの扉からノックが聞こえる。


 コンコンコン!


 急かすように、再びノックが聞こえたのは『中央』へと向かう通路のある扉だった。


「…………どうぞ」


 警戒しながら、ボウガが音の鳴った扉に返事をした。



「失礼致します」


 扉が開いて、一人を筆頭に五人の少女が静かに入室してくる。


 全員『エルフ』であり、一目で良質だと思われる色とりどりのドレスを着ているので、使用人ではなく貴族か王族であると判った。



 先頭のオレンジ色のドレスを着た少女が数歩前に進み出て、チェリの顔を見て不敵な笑みを浮かべる。

 そして優雅ではあるが、わざとらしいくらいに大きな動作で淑女の礼をとった。


「これはこれはチェリ王女様、ご無沙汰しております。国境の村より、遠路はるばるお越しくださいました。休む暇なく謁見の準備をされるとは、さすが『外部王族』のお方は忙しくていらっしゃる。わたくしたちと王宮の流行りなどのお喋りを楽しむ暇もありませんわね?」


 開口一番、一気に吐かれた台詞は丁寧なようだが、遠回しにチェリを田舎者の『外部王族』として扱っているような内容だと思われた。


「………………」


 思わずチェリを見ると、彼女は少女の方を見詰めて微動だにしない。膝で拳を握りしめている。


「しかも、わたくしたちに何の()()()()()外で婚約されるなんて…………意外と活動的でしたのね。自由が許されていること、羨ましく思いますわぁ」


 クスクス、クスクス……


 少女の背後で、他のエルフたちが我慢できないと言うように小さく笑っている。これはチェリをバカにして、愉しんでいるということなのか?


 ――――これは抗議した方が良い? オレはこんな時、なんて言えば……


「チェリ……」

「………………」


 黙って俯き、小さく肩を震わせているチェリを見て、ボウガはチェリの擁護を考えるのに必死だった。




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