第37話 精霊の城 1
馬車は無事に市街を抜け、街のほぼ中心から北にかけて位置する王城の前に到着した。
白銀の巨大な塔が幾つもくっ付いたような巨大な城。
そして、城をぐるりと囲むように水路と壁が築かれ、三方向に大きな橋が城へと掛かっていた。
「ここは南の城門。城の正面だ。ここから城の近くへと馬車で直接入っていく」
アロの説明と同時に、橋の両脇に十数名の兵士たちが並んで敬礼をしているのが窓から見えた。
馬車は兵士たちに見送られ、そのまま城門を抜けてだだっ広い公園のような庭へと入っていく。
走る馬車内で、そろそろ降りるための準備を始めた。
「おい、バグナとアンクス。もう顔出しても大丈夫だぞ。ここからは関係者しかいない」
アロが後ろの席の毛布を捲ると、疲れ切ったような顔をしたアンクスが「はぁ〜〜っ!!」と一気に解放されて飛び出してきた。
「つ、疲れた……馬車に乗ってるだけなのにぃ……」
「バーカ、ここで疲れてたら王宮に入ったらもっと疲れるぞ。これから、女王への挨拶があるんだから」
あからさまに、ピキッ! と固まるアンクス。
「えぇ……おれっち、偉い人にあったことない……」
「それって、おれらも行った方が良いのか?」
アンクスほどではないが、バグナも眉間にシワを寄せて不安そうだ。
「いや。正直に言うと、バグナとアンクスに関しては、俺たちの『従者』って形で入城させるけど、別に女王陛下には会わなくてもいい」
「「だよなぁ……」」
ホッとしている二人の横で、ボウガはチェリと顔を見合わせる。
「オレは行くんだよな……?」
「当然」
「でもこの格好じゃ、ちょっと……」
ボウガは自分の服の裾を摘んだ。旅の間に着ていた服は、素材も悪く色も地味でボロボロだ。
いくら旅をしてきたと言っても、こんな姿で王女の『婚約者』として出ていくのは如何なものか?
「このまま、いきなり謁見する訳ねぇだろ? 俺やチェリも着替えなきゃいけない。それに関しては先に別の方に行って何とかするから大丈夫だ」
「そう……」
どうやら、ボウガの服などの心配はなさそうだ。
「ついでに、今日からみんなが寝泊まりする部屋も…………」
「あ。そのことなんだけどさぁ……おれ、街で別行動していいか?」
「「「え?」」」
バグナが手を挙げて言った。急な申し出に、全員がきょとんとする。
「お前たちに加わる時に言っただろ。おれは街に出て、アロたちに情報を持ってくるって」
「あぁ、そういえば、街の様子を探ってきてくれるって言ってたな?」
今回の【盟友の祭典】に関する情報などを市街で探ってくるようだ。
「アンクスは置いてって良いか? できれば、本当に従者として使ってくれると助かるんだけど」
「いいぞ。そのつもりだったし」
あっさり了承するアロ。対照的にアンクスはバグナに文句を言う。
「えーっ!? おれっちも街行きたい!」
「バカ。お前が城の中にいてくれた方がいいんだよ。ちゃんと働いて、美味いもんでも食わせてもらえ!」
「美味い飯…………うん、じゃあ良いか!」
良くも悪くもアンクスは単純である。
ちょうど全員の行動が決まったところで、馬車は城の西側に位置するとある場所へ停車した。
…………………………
………………
「街で落ち着いたら報告するぜ。じゃ、またな!」
「兄貴、頑張ってなぁ!」
馬車から降りてバグナは手を振ると、西側の搬入のための出入口の方へと走っていった。
全員が馬車を降りると、スティが恭しくお辞儀をする。
「では、皆さま。短い間でしたが、楽しい旅でございました……」
「こちらこそ、ありがとう。この馬車を使わせてもらって助かった」
「そう言って頂けますと、クロス様もお喜びになられます」
「……クロス」
あの『魔人』の少年の名に、アロが眉をひそめる。
「スティは、この馬車付きの召使いじゃなかったのか?」
「はい。今回は馬車に“留守番”としておりましたが、元はクロス様にお仕えしております」
「その……スティの主人に感謝を伝えてもらえるだろうか?」
「承りました」
スティと別れ、西の塔へと入った。
自分たちしかいない廊下に出ると、アロが大きなため息をついた。
「あの馬車…………後から高くつくんじゃねぇだろうな……」
「あの召使い、街道で会ったお貴族様のだったんだな!」
「俺たちのこと、筒抜けになってたかも……」
顔色を悪くしたアロに、チェリが近付いて首を振る。
《兄様。スティさんはとても親切な方でした。その主のクロスさんが、善意で貸してくださったと信じましょう?》
「……わかった。俺だって疑いたくない」
チェリの言葉に返事をするアロだが、やはりどこか不安そうに顔を顰めていた。
「アロは【魔神族】だから、心配していたのか?」
「多少は、それもある。でも『魔人』じゃなくても、今は多少の警戒はしなきゃいけないから……」
王都に近付くにつれ、アロは少しでも危険である可能性を潰していった。嫌がらせ紛いの出来事も、アロの警戒のおかげで避けられたものもあったと思う。
「とりあえず、この先に行く。挨拶をするための準備をしないと……」
廊下は全面石造りで薄暗く、真っ直ぐに奥まで続いている。
――――アロはずっと気を張っているんだ。この王宮で、オレも気をつけなきゃいけないんだ。
アロとチェリの後ろについて歩きながら、廊下の先へ視線を向けて離さないようにした。
…………………………
………………
廊下を抜けると、どこか別の廊下へと出た。
開いた扉の正面に別の扉があって、そこにノックして入ると、これまた別の廊下へと出ていく。
それを二、三回ほど繰り返して、どこかの事務室のような場所へと辿り着いた。
「あっ! アロ王子とチェリ王女ではありませんか! お着きになったのですね!?」
「おぅ、また世話になる……」
「ーーー、ーー♪」
「はい! また、お二人のお世話をさせていただくなんて光栄であります!!」
そこには見るからに年若い兵士や、やはり若いローブを着た文官のような者たちが集まっていた。
ここにいるのはエルフや獣人がほとんどだが、基本的に『人種』はバラバラのようだ。
「ここは騎士団の事務室の一つだ。新人の兵士とか、見習いの文官とかが多くいて…………」
「アロ様、お茶入れますか? 茶菓子もあります!」
「こらこら、この方たちは王族だぞ! 気安くするな! まずは並べ並べ!!」
バタバタと慌てて全員が並び始める。先ほど通った城門の兵士たちと違って、動きがたどたどしい。
「「「アロ王子、チェリ王女、王宮へようこそ!!」」」
「あー、はいはい……」
「ーー♪」
――――なんだろう。この人たち、凄く親近感がある……。
騎士団とはもっと、ビシッとして緊張するものかと思ったが……いや、ビシッとはしているが、ノリが何だか違う。
「こいつら、田舎出身で王族に会うことあんまりない身分なんだよ」
「はい! オレたち田舎者ッス!!」
「学校とか出てなくてすみません!!」
「おれたち底辺でしたが、アロ様たちに拾われたんですよ!」
「お前ら、そんなんだから出世できねぇーんだぞ?」
楽しげに自虐を披露する兵士たちを、呆れたような目で見るアロ。
聞けば、身分の低さ故に幼い頃から城で雑用をさせられていた彼らを、アロとチェリが能力を見て兵卒へと登用したという。
全員がアロとチェリと歳が近いので、未だに気安い雰囲気が出てしまっているのが痛いところだ。
「こいつらが無礼なだけで……城の兵士の大部分はちゃんとしてるからな?」
「なんか、良い意味で気が抜けてきた……」
「急に聖騎士とかの前に出ていくのも疲れると思って、最初はこっちに連れてきた……うるさいけど、いい奴らだから安心しろ」
「オレが緊張しないように?」
「ーーー♪」
チェリが頷いてにっこりとしている。
「……別に。俺もこっちの方が楽だから。あ、そうだ。アンクスはここで世話になっとけ」
「え? おれっち、大丈夫かなぁ」
アンクスが不安そうに辺りを見回すと、スススッと五人ほどの獣人の兵士がアンクスの周りを取り囲む。この中でもまだ子供に近い兵士たちだ。
「お、新入り? 新入りでいいの?」
「リザードマンとは珍しいですね!」
「こいつ、俺の従者だから城内のこと色々教えてやってくれ」
「「「はいっ!!」」」
アロの一言で、アンクスは両脇を固められて持ち上げられる。
「よし、行くぞー!!」
「早速、部屋に案内するよ!」
「えっ!? ちょ、待ってくれぇぇぇ!!」
「また、あとでなー」
「ーーー」
部屋から連れ出されるアンクスを、アロとチェリが手を振って見送った。
「さて、と……俺たちも準備するか。ちょっと頼みたいんだけど?」
「何なりと……」
部屋に残っていたのは、ここに居た兵士たちの中でも歳上で落ち着いたエルフの少年だ。
「今すぐ『ケンティフォリア・ローズ』を探して呼んできてくれ。それで、アロとチェリが到着した……って伝えてほしい」
「はい。行ってまいります」
敬礼して、一人の兵士が廊下へと出ていった。
30分後。
おそらく一般人が日常で飲んでいると思われるお茶と、旅の道中でも食べたことのある茶菓子を出されてもてなされながら、事務室のソファーに座っていた。
「お前も気にしてたから、まずは格好をどうにかしないとな」
「うん……」
「ーー、ーーー」
「え? 専門家?」
チェリが教えてくれたことに首を傾げながら待っていると、
ドドドドドドッ……
どこからか地鳴りのような音がする。
それがどんどん近付いてきているのがわかった瞬間、バァアアアンッ! と事務室の扉が勢いよく開かれた。
「あああああっ!! アロ様っ!! チェリ様ぁぁぁっ!! お待ちしておりましたぁぁぁっ!!」
「っっっーーー!?」
扉を開けた大きな人影に、ボウガは思わず剣の柄に手を掛けて身構えた。
――――何だ!? 敵襲っ……!?
慌てたボウガだが、トントン……と背中を叩かれて振り向くと、チェリがふるふると首を振っている。
「ーーー」
「えっ……?」
扉のところにいたのは、身長が2メートルは超えるであろう人物。
ヒラヒラと優雅に広がる赤いドレスに、豊かな金髪の髪の毛が何本も縦にロールされていた。
ドレスの布地が薄いせいか、逞しい胸筋と上腕二頭筋がはっきりと判る。
「……『ケンティ』、初見の奴がいるから静かにしてくれ」
「あら? 驚かせちゃった? ごめんなさいねぇん♪」
言葉使いは女性だが、声は重低音で部屋に響く。
「ーーー♪」
「あはぁっ! チェリ様、ますます可愛らしくなってぇ!! これは晩餐会のドレスを選ぶのが楽しみだわぁ♡」
チェリがその人物に近付くと、その人はクネクネと大振りに身体をくねらせて歓喜の声をあげた。
ボウガはその人物の急な登場に戸惑いながらアロの方を見た。それに、確認しておきたい事もある。
「えーと、アロ、あの人は…………おと」
「『性別:ローズ』……だ」
「え?」
「『ケンティフォリア・ローズ』。この騎士団に所属している“ファッション専門の騎士”だ」
「ファッション専門……?」
「それで納得してくれ……」
「…………わ、わかった」
アロは一度もボウガの方を見ることなく答える。
きっと何か特別な人なのだと思い、ボウガもそれで納得することにした。
チェリと和やかに話している『ケンティ』だったが突然、ボウガの方へぐるっと首を向けた。
そして、ずんずんと近付いてくる。
「ふぅううん? この方がチェリ様の『婚約者』なの? ちょっと〜、よく見たら【クリア】ってイイじゃないの〜〜♡♡♡」
「っっっ……!?」
がっしぃぃぃっん!!
真正面から両肩を掴まれ、上からじっくりと見下ろされた。
「うふふふ。素材が素晴らしいわぁ。チェリ様の『婚約者』さん、わたしが貴方を王女の伴侶に相応しい姿にして・あ・げ・る♡♡♡」
「……………………………………」
たぶん記憶を失くしてから初めてだ。
初めて、ボウガは正面から対峙する相手を“怖い”と思った。




