63話 外伝『あなたの腕の中で1』二人の出会い
本外伝はローズとスザンヌの愛読書『あなたの腕の中で』のお話です。本外伝の後に続く外伝『転生極悪令嬢メリッサの場合』のパラレルストーリーになっています。両方とも読んでいただけたら幸いです。
ローズは『フローラの心臓』を読み終わった後、感動の涙が頬をぬらしていたのだが、部屋に入ってきたジェフが、ハンカチでそっと涙を拭ってくれた。
いつも自分を優先し、優しく接してくれるジェフの存在がとても嬉しい。
こんなに幸せでいいのかしら・・・なんて思う。
『フローラの心臓』を本棚に戻した後、次はどれを読もうかと背表紙の題名を指でなぞりながら考える。
『フローラの心臓』を買った本屋で見つけたもう一つの本の上で指が止まった。
ああ、この小説、名前に惹かれたのよね。なんだかとってもロマンチックなんだもの。
サブタイトルが、―身分違いの恋なので諦めようと思うのですが、王子様が離してくれません― というのも気に入ったし・・・。
書店のポスターには〈店員が一推しする恋愛小説〉なんて書いてあったわ。
ふふっ、やっぱり次はこれね。
ローズは本棚から取り出し、ドキドキしながらページをめくった。
『あなたの腕の中で』
―身分違いの恋なので諦めようと思うのですが、王子様が離してくれません―
エドワード・ハウエルズは、今日も城下町の視察に出かけた。
ハウエルズ王国の王太子であるエドワードは、今年二十歳の誕生日を迎えたばかりの若者で、王家の血を濃く映すサラサラの金髪と深い海のような碧眼を持ち、目鼻立ちが整った美青年である。
これだけの美青年であるのだが、きりりとした表情に合わせたような鋭い眼光は、近寄りがたい雰囲気を醸し出し、彼に睨まれると、皆が震え上がってしまうほどである。
それゆえか、未だ女性との浮いた話は誰も聞いたことがない。
護衛騎士には、乳兄弟のフレッド・ホプキンスとカイル・レドモンドを従えている。
背中にかかる濃紺の髪を一つにまとめ、髪色と同じ濃紺の瞳を持つフレッドは、幼馴染であり親友でもある伯爵令息だ。
彼は、エドワードの護衛を任されたいがために、剣術には人一倍努力した頼もしい若者である。
カイルは、エドワードよりも二歳年上で、茶髪の短髪と黒い瞳が凛々しく、服の上からでも筋肉隆々であることがよくわかるような逞しい身体をしている。
騎士の間で毎年行われる武術大会では、体術、剣術ともに優勝するほどの腕前で、それを買われて王太子の護衛の任務に抜擢された。
この三人が一緒に歩くと、城内ではよく目立つのだが、城を出る際は目立たぬように工夫をしている。
エドワードが視察に出掛ける際は金髪を隠し、黒髪のカツラを被って変装し、衣服も平民の服に着替えることにしている。
護衛の二人も平民らしく見えるように、長剣を持たせずに短剣を懐に携帯させ、平民の衣服を装わせている。
その甲斐あって、三人とも平民の中に溶け込み、なんとか目立たずに行動できているのだ。
この日、三人が裏町の通りを歩いていると、物乞いの中年の男がいた。
地べたに座り小さな箱を置き、目の前を通る人に金を恵んでほしいと声を掛けている。
「一週間前にここを通った時、あの男はいなかったよな。」
エドワードがフレッドとカイルに確認する。
「はい。いませんでしたね。どうやら足が不自由なようですね。」
フレッドは男の横に置いている松葉杖を見てそう言った。
エドワードが男の正面に立った。
「あなたはいつからここで物乞いをしているのですか?」
エドワードに問われた男は不機嫌そうな顔をする。
「いつからって・・・、三日前ですよ。そんなことを聞くより、お金を恵んでくださいよ。」
「足が不自由なようだが、なぜそうなった?」
しつこく聞いてくるエドワードにイラついた顔をしながらも、男は自分の不幸を語りだす。
「わしは大工だったんだがね。事故で右足をけがしちまって、思うように動かなくなったのさ。で、職場をクビになっちまったんだよ。稼ぎがなかったら、生きていけねえんだよ。だから兄ちゃん、金を恵んでくれよ。」
「あなたは働く気はあるのか?」
「そりゃあ、雇ってくれるところがあれば働きたいんだが・・・。」
それならと、エドワードは懐から紙と鉛筆を取り出し、さらさらと書き連ねたものを男に渡した。
「この地図を見て、職業斡旋所に行くと良い。ここは、身体に合わせた仕事を紹介してくれる場所だ。」
「えっ?そんな所ができたんですかい?」
「ああ、最近できたばかりだから、知らないのは仕方がない。」
男はありがとうございますとペコリと礼をして、松葉杖をつきながらエドワードが教えた場所に向かった。
「殿下が立ち上げた政策が役に立ってよかったですね。」
フレッドが嬉しそうに言うと、エドワードは顔をしかめて返答する。
「殿下じゃなくて、エドと呼べと言ってるだろ。」
「あ、すみません。ついうっかりしてしまいました。」
エドワードのしかめっ面は、まだ続く。
「せっかく良い政策を打ち立てても、それが人々に浸透していなければ意味がないな。」
エドワードは子どもの頃から城下町の視察に出かけ、国民のためにできることは何だろうとずっと考えてきた。
身体に障害を持つと職場を追い出される人が多いことに気が付いたエドワードは、公費を補填することで、障害に応じた職業に就けるようにしたのだが、まだまだ人々には定着していないと実感する。
町のゴミ問題もエドワードのお陰でずいぶん改善できたが、彼が理想とする域には達していない。
エドワードは、まだ二十歳の若さであるが、彼の立ち上げる政策は徐々に成果を上げており、今では、国の骨幹に関わるような政策にも関わらせてもらえるようになった。
しかし、まずは庶民の生活を改善すること。
これを第一目標に掲げ、小さな政策をコツコツと実現しているが、まだまだ改善の余地はあると考え、彼は視察を繰り返し、現状の把握と改善点を模索し続けているのである。
「ドロボウ!誰か来て!」
女性の叫び声が聞こえた。
エドワードたちは声のする方に走った。
すると、黒いカバンを抱きかかえて走っている男に遭遇した。
「お願いその男よ、早く捕まえて!」
婦人が男を指さして叫んだ。
「フレッド、カイル!」
エドワードの声と同時に二人は頷き、男を追いかけた。
カバンを持った男はすばしっこく逃げるが、日頃鍛えに鍛えている二人には敵うはずもなく、工事現場に逃げ込んだところでフレッドに捕まってしまった。
フレッドは男が身動きできないように地面に押さえつけたのだが、たまたま工事現場にいた大猫が、驚いて逃げた拍子に壁に立てかけていた木材にぶつかった。
木材はガラガラと音を立てて倒れ出し、男を押さえつけているフレッドの頭に命中してしまったのだ。
だが、フレッドは頭から血を流しながらも、男を抑え続けた。
「フレッド、よくやった。交代だ!」
カイルの言葉で、フレッドは男をカイルに預けて立ち上がる。
「フレッド、大丈夫か?顔面血だらけだぞ。」
エドワードが心配して問うが「これぐらい大丈夫です。」と平気そうに言ったとたんに、ふらりとフレッドがふらついた。
「俺に掴まれ。近くに病院がある。そこで治療してもらおう。カイル、後は頼む。」
カイルは泥棒を警察に突き出し、奪われたカバンを婦人に返さなければならない。
「しかし、エドから私が離れるわけには・・・」
「いや、ご婦人が心配してあの場で待っているはずだ。用事が済めばすぐに戻ってくれば良い。病院はすぐそこだから、大丈夫だ。」
「・・・わかりました。」
カイルは渋々承諾し、急いで婦人の元に向かった。
エドワードはフレッドに肩を貸し、近くの病院へと向かって歩く。
すれ違う女性たちが、顔面血まみれのフレッドを見ると「キャッ」と小さな悲鳴を上げる。
男性たちは、恐ろしいものを見たような表情を見せた後、無言で顔を背けた。
誰もフレッドの功績を知らず、冷たい視線を投げかけるのだった。
病院の看板を掲げている建物に入ると、中には椅子が二十個ほど並べられており、その奥には布製のパーテーションで仕切られた部屋のようなものが二つ設置されている。
たまたま病人はいないようで、中は閑散としている。
「ごめんください。医者はいますか? ケガ人を連れてきました。」
エドワードが病院に入って叫ぶと、すぐに、グレーの質素なワンピースに白いエプロン姿の中年女性の看護師が現れた。
茶色い髪は邪魔にならないように一つにまとめ上げている。
「まあ、たいへん、頭をケガしたのですね。すぐに治療をしてもらいましょう。どうぞこちらへ。」
看護師は、部屋の奥にあるパーテーションで仕切られた場所まで、エドワードとフレッドを案内した。
「先生、急患です。」
「どうぞお入りください。」
中から若々しい女性の声がした。
言われるままに中に入ると、仕切られた四角い空間には、大きな机と細長いベッド、そして椅子が二つ置かれている。
中にいた女性は、フレッドを見ると椅子から立ち上がり、「ここに座ってください。」と患者用の椅子を示した。
「私は医師のアデル・ブルクハルトです。」と名乗ったその女性は、ピンクブロンドの髪をきりりと一つにまとめ上げ、男物の白衣の上から聴診器をぶら下げている。
見た目は間違いなく医者であるが、艶のある肌ときれいな水色の瞳の、見るからに若い女性であることにエドワードは驚いた。
ここに女医がいるとは聞いていたが、まさかこんなに若いとは・・・。
自分より年下なのではないか?
だが、そんなエドワードの思いとは裏腹に、アデルはてきぱきと仕事を進めていく。
血まみれの顔を見ても驚きもせず、濃紺の髪の毛をより分け、ケガをした箇所を見つけると消毒を始めた。
「出血量が多かったので心配しましたが、思ったより傷は小さいですね。これなら縫わなくても大丈夫でしょう。」
フレッドの状態の把握をするために問診も同時に進めていく。
「気分は悪くないですか?」
「いえ、大丈夫です。」
「くらくらしませんか?」
「大丈夫です。」
問診が終わる頃には、看護師に頼んだ濡れタオルが届けられたので、アデルはそれを使ってフレッドの顔を丁寧に拭き始めた。
血まみれのフレッドの顔が、本来の凛々しい姿を取り戻す。
「出血が治まって来たようなので薬を塗って包帯を巻きますね。」
アデルが包帯を巻き始めたときに、病院の入り口が騒がしくなった。
「医者はおらんのか?」
派手な服装のでっぷりと太った男が、大声で叫んでいた。




