【不穏な兆候】
雲は少なく、綺麗な夜空が広がっていた。月明かりが照らす夜更け、人気のない廃工場内に一人の人影。
月明かりのみ照らす工場内はところどころ真っ暗で照明がなければ足元も覚束ない。
今は工場内に設置されたプレス機やベルトコンベアは錆と鉄屑に成り下がっているが、昔はその生産ラインをフルで稼働し、加工部品の増産を行っていた。
ここは数十年前に閉鎖され、未だ取り壊されずに残っている場所。
ただ立地としては条件が悪く、出荷に当たっての輸送費コストは良いとは言いきれない。
元々、ここは工業地帯として道路整備を予定されていたが、計画は頓挫し、交通整備を受けられずコストを下げる事が叶わくなり、さらには資材価格の高騰等、目まぐるしい経済状況に置いていかれ、閉鎖まで追いやられたのだ。
そして、現在は誰も立ち入らない。
さらに立地が悪いという事は、あまり人が立ち入れないという裏返しでもある。
一目を気にした者達にとっては非常に都合が良い場所。
そんな廃工場内に呼び出された者は大きな壁面の亀裂により月明かりが照らす、広い資材区画にでると明かりが、自身の首から下を照らすところまで進み、立ち止まる。
以前、顔は見えない。
さらにその者は気だるげで、眠たそうだった。
「こんな場所で話すなんて君は回りくどいね。もっといいところが合っただろうに」
声色は男性で、嫌味な言い方ではあるが、声質は棘がなく優しい。
何処か演技がかった口調にも聞こえる。
月明かりが指す向こう側の闇から人影が現れる。言葉を掛けられたその人影はゆっくりと前にでる。
だが、その者も顔は影に隠れて見えない。
光の指す手前の線で止まる。
明かりに照らされるのを嫌うように。
「こんな場所と時間でもないと盗聴や尾行に気を遣わずに話せないだろ?」
言葉を返す声色も男性のものだった。
こちらはどちらかというと野太い分類に入るだろう。
少し威圧的にも感じる。
「それにしても君は些か神経を使いすぎな気がするよ。我々の存在はまだ世間に公表されてもいないのだからもっと肩の力を抜けばいいのに」
「お前は自身の能力で幾らでも記憶改竄できるから問題ないが、俺はそうはいかない。
潜入工作向けの能力ではないからな。
それに迂闊な行動は我々にとって命とりでもある」
野太い声の主は言葉を返すと、話を切り替えた。
「それで人材確保は上手く進んでいるのか?」
「概ね順調ですね。まだ接触できていないですが、何人か面白い生徒達もいますし、使える人材になるでしょう。それでなんで私とあなただけなんですか? 残りの二人は?」
威圧的な態度を変えず野太い男の声が返ってくる。
「幹部が同時に集まる事は緊急時を除いてなるべく避けねばならない。だからこの席にはお前と私しかいないのだ」
「そうですか。確かに我々のような反社会的組織の重要人物が集まるのはリスクが高い。
ですが用心し過ぎではないでしょうか?
各国の諜報機関は名前まで掴んでも、顔までは割れていないはず」
「用心に越したことはない。あの御方の計画にも支障をきたす事は絶対に避けねばならない」
「まぁ、それもそうですね。
それでそちらも順調なのですか?」
肩を窄ませる動作をして納得を見せた男は威圧的な相手に質問を返す。
「あまり芳しくはないな。特に研究の進捗は如何ともしがたい。だがな、もう既に賽は投げられている。完成させるさ、あの御方の為にも必ず」
「私もこの計画に賛同しているので頼みますよ? 同時に貴方の研究にも期待しています」
「あぁ、分かっている。
俺もお前には期待している。もちろん俺の研究は計画の要になってくる。だが同時に来たるべき現政権の転覆にも備えなければならん。ともなれば戦力の増強は急務だ。だが我々の動きが世間に悟られる事も避けねばならない。もちろん有志でも集めることは出来るが、そういったもの達は見返りを求めすぎる。盲目に信じ、仕える人材がちょうど良い。そう、使い捨てれるくらいの信者がな。
そこでお前の能力というわけだ」
「ほう、貴方からそこまで高く評価して頂けるとは光栄ですね。でしたらその素顔を見せてもらいたいものだ」
そういって威圧的な男のまだ見ぬ素顔に向かって手を向け、月明かりのもとに晒すよう促す。
威圧的な態度の男は軽く鼻で笑う。
「フッ、お前を完全に信用した訳では無い。それにこれ以上はお前の能力行使範囲に入ってしまう。後ろを取られるのは好きじゃ無いんでね」
「相変わらず用心深いですね。それにしっかりと私のことをご存知のようだ」
「あの御方もお前のような新参者をいきなり幹部につけるとは……………何か考えあってのことなのだろう。もし素顔を見たければ期待を裏切らない行動で俺から信用を勝ち取ってみせろ」
「左様ですか。では少しでも信用してもらえるように行動で示させてもらいますよ。
あーー、そうそう………!そういえば面白い子を見つけましたよ。
私に関心を持たせるその子は高校生になっても未だにESP Abilityが発現していない発達が遅れた子なのですが、勇敢にもその状態で学校内の問題児と衝突して見せたのです。
その正義感と勇姿たるや…………………。まぁ人格は置いておいて、関心は素性です。
彼を調べると面白い事が分かったんです」
「一体なんだその面白い事とは?」
「彼は後天的にニューマンになったんですよ」
「!?、………………それは本当か?」
「えぇ、事実です。しばらくは観察しても良いと思います。こちらである程度実験データを吸い上げたらそちらに報告します」
「分かった。楽しみにしているぞ。
それとくれぐれもヘマはするな。じゃあな」
そう言った威圧的で野太い男の声が少し緩んだのが感じ取れる。
そして、彼は振り返り、乾いた革靴の足音を立てながら消えていった。
一人取り残された男は誰もいくなった影に独り言を呟く。
「全く明日も仕事だというのにこんな時間に…………。
潜入も楽では無いのですよ?」
少し眠気が襲ってきたのか残された男はあくびをかいた。
「しかし、彼にどのような能力が隠されているか気になりますね。
まぁ昔から危機的状況になれば潜在能力を人間は発揮するとよく言われたもの。
手っ取り早い話が涼を当てがうのが早い。
それに涼は強い敵意を見せている。涼の要請で仕込みも済ませた。
今日の模擬戦が楽しみだ。
彼もスリリングな方が楽しめるはずですしね。
それに問題児には目立って貰わないと私の動きのカモフラージュにならない」
そう呟いて残された男は影越しでも分かる不気味な笑みを残し、すっかり日付を超えた夜更けの廃工場を後にするのだった。




