ストレスと(どう向き合うか)
こういう話をすると、
『何を綺麗事を!』
と反発する人間がいるらしいが、その姿勢がもう既に、
『相手の話に耳を傾けようとしない姿』
であって、そのような姿勢を、一体、誰が、当人に学ばせたのか?という話にもつながる訳だ。
また、『子供を叱る』ということについてついでに話をしておくと、
『子供を叱ることである程度のストレスを掛け、それによってストレス耐性が付く』
などという、ほぼオカルトに等しいトンデモ科学をいまだに信じている人間もいるそうなんだが、これもまるで根拠のない俗説なんだとか。
冷静に客観的に考えてみれば当然なんだ。それが事実なら、子供時代を過酷な環境で多大なストレスを受けながら育った子供には途方もない<ストレス耐性>とやらが付いていて、多少のことには一切動じない、ちょっとしたことでキレたりしない人間に育つ筈なんだが、実際にはむしろ逆であることが多い。
特に、虐待を受けた子供、親や身近な人間から大きなストレスを掛けられた子供時代を過ごした人間には、些細なことで激高し、他人に対して攻撃的になる傾向がみられるそうだ。
<ストレス耐性>なる言葉がトンデモ科学と言われる所以である。
単純にストレスに曝されることで耐性が付くのなら、妹のことでずっとストレスに曝され続けた俺が、人間を見限って人間社会を見限って逃げ出したりする訳がないよな。
社会に対して不平不満を抱くというストレスに曝され続けた人間がテロリストになったりする訳もないよな。
わざわざ意図的にストレスを掛けなくても、<何一つストレスが存在しない世界>なんてものは存在しえない。
子供同士の人間関係でもストレスは生じるし。
加えて、健康寿命が二百歳を超えた現在においても、人間はいずれ死ぬ。つまり、祖父母や曾祖父母やさらにその上の世代が亡くなったりすることで、身近な人の死に触れ、そのストレスを受ける機会は今なお存在し、それでなくとも日常の生活の中でそれなりにストレスは常にかかっているんだ。
大事なのは<ストレスとの向き合い方>であって、ストレスにただ耐えることじゃない。そしてそれは、きちんと手本を示してもらった上で教わらないと容易には身に付かないものらしい。
ただ、メイトギアは<手本>としてそれを示すことができない。ロボットであるからだ。
ロボットは、精神的なストレスは感じない。そしていくら物理的なストレスを掛けてもそれを<苦痛>とは認識しない。人間が感じるようなストレスを、メイトギアを含むロボットは感じることができないんだ。
一応、
『メインフレームに不可解な負荷が掛かっています』
というようなことを口にするような時はたまにあって、それが人間の言うところの<精神的なストレス>に類するものであるという説はあるらしいんだが、それも結局は人間が普段感じているものに比べれば極めて些細なものでしかなく、しかもそれをいつまでも引きずることがないから、結局は無視してしまえるレベルでしかないんだそうだ。
つまり、
『ストレスとどう向き合うかという手本を実際に子供に示すのは、親をはじめとした周囲の人間にしかできない』
ということなんだろう。