ボスの交代劇そのものは(普通のことなので)
<政変>という単語を選ぶ辺りに奇妙な可笑しさを感じつつも真剣な様子にさすがに笑う気にはなれなかった。
今日は光光とイレーネのチームBは調査に出て留守だ。順が光について行きたがったので、そのお守り役として灯も同行してる。
データの整理をしていたシモーヌがただならぬ気配を感じて家から出てきた。
「何か、あったんですか?」
心配そうに尋ねてくる。
「ああ、実は、誉の群れのボスが、他所からやってきた雄に倒されたらしい」
そう聞いた瞬間、ふっと緊張が解けるのが分かった。ボスの交代劇そのものは普通のことなので、逆に安心したようだ。これが例えば、蛟のようなボノボ人間ではどう足掻いたって対処できない埒外の怪物の襲撃であれば心配もするものの、そうじゃなかった訳で。
その辺りが学者っぽいな。
俺が、何もかも手助けしないように冷静に距離を置こうとできてるのは、シモーヌがいてくれるからというのもあるかもしれない。彼女の学者としての冷静さや一歩引いた姿勢が俺にとっても良い手本になってくれている。シモーヌがいなかったら、俺は、何かある度に手を貸すべきかどうかで思い悩んでたかもしれない。
それが、シモーヌがいることで、彼女が焦った様子になった時には手を貸した方がいい、っていう判断基準になると言うか。
しかし今回は、焦った様子もないからそんなに深刻な事態じゃないってことだろうな。
ただ、念の為、詳しい状況を改めて確認する。
「メイフェア、詳細の報告をたのむ」
「はい、分かりました」
俺の指示で落ち着いたらしいメイフェアが、通信をタブレットに切り替えて話し始める。さすがにエレクシアの体を借りてのままじゃ、違和感が半端なくて俺としても集中して話を聞けないし。
タブレットにメイフェアの顔が表示される。ちなみにこの顔はライブのカメラ映像ではなく、彼女の姿を正確に再現した<アバター>である。
「本日、時刻は十時十分から十時五十分の間と推測されますが、若い雄の個体が縄張りに侵入。ボスと戦いになり勝利。ボスは重傷を負い、先ほど死亡しました。その為、ボスを倒した若い雄が暫定的にボスの座に就いたようです。
ただ、誉様をはじめ、有力な群れの雄が偵察に出ていた間のことでしたので、突然のことに納得できない雄がこれに反発。現在、前ボスの寝床だった木に居座った暫定ボスとの間で緊張状態が続いています。
なお、誉様も、群れの雌や子供達が暫定ボスを警戒していることもあり、他の雄と同調して対立することにした模様です」