俺だけか?(気付いてなかったのは)
人間社会にいた頃の俺は、<愛>を鼻で笑っていたのと同時に、地位や名誉や財産に幸せを求める人間のことを馬鹿にしていたというのもあった。そういうものにあくせくして神経をすり減らし、他人を陥れてでも、追い落としてでも自分が成り上がろうとしている人間を『浅ましい』と見下していたのは正直な話だ。
だがそれについても、地位も名誉も財産も何の価値もないここに来たことで、逆に、そういうことに拘る生き方というのも、あくまで本人の自由なんだって思えるようになった気がする。
まあそれは結局、今さら求めてもどうにもならないっていう現実を前にすれば、もうどうでもいいという開き直りからそう思ってしまうだけかもしれないが。
たぶん、自分には手が届きそうにないものを手に入れてる人間がいることに嫉妬してたんだろうな。それが、手に入れようにも存在しない、他にそれを手にしてる者が存在しない今になってようやく冷静に見られるようになったって訳か。
「まったく…小さい人間だよ、俺は……」
思わずそう呟いてしまった時、
「あなたはただの小人ではありませんよ」
と、突然声を掛けられてしまって、「うおっ!?」と変な声が出てしまった。
「エ、エレクシアか、驚かせるなよ。ってか、なんで俺が考えてることが分かった!?」
エレクシアだった。エレクシアいつの間にか俺の背後に立ってたんだ。
「考えてることが分かったのではありません。マスターがずっと独り言を呟いてらっしゃっただけです」
「…は……?」
「気付いてらっしゃらなかったのですか? マスターは最近、考え事をしてらっしゃる時にそれが口に出てるんです。人の耳では鮮明には聞きとれないでしょうが」
「マジか……?」
「マジです」
知らなかった。いや、気付いてなかった。確かに最後の一言は声に出てたのは自分でも分かったが、その前からずっとだと……?
「え? 気付いてなかったの? お父さん」
夕食の時、そのことを話題にすると、灯が驚いたようにそう言った。続いて光も、
「お父さんの癖だと私も思ってた。自分では気付いてなかったんだ…?」
って。それだけじゃなく、シモーヌまで。
「私も錬是さんの癖だとずっと思ってました。だから触れない方がいいのかと」
「……気付いてなかったのは俺だけか……」
これは恥ずかしい。
しかし、それもそうだが……
「ということは俺の考えてることの殆どが筒抜けだったということか?」
恐る恐る問い掛けると、
「まあ、聞き取れた分については、ですけど」
シモーヌのその言葉に、ニヤニヤと笑う灯と、他人には分かりにくいだろうが俺にはちゃんとそれだと分かる微笑を浮かべた光が頷いたのだった。