光が絵本から学んだこと(なにしろ原書に近いやつだからな)
『生んでやったんだ。育ててやったんだ。感謝しろ』
俺が光達に対してそんなことを言えた義理じゃないのは、ちょっと考えれば分かることだと思う。
こんな、人間社会が存在しない、生活インフラも社会保障もない、何より他に人間が殆どいないこんな世界に送り出すことがどれほど無責任で考えなしかなんてのはな。
誉、明、丈、走、凱、翔、彗達はこの世界の住人として自然に帰ることができた。だからそれについてはもう問題ないと考えていいのかもしれない。
ただそれでも、だからこそ光や灯に対しては申し訳ないとも思うんだ。『人間らしく生きる』ことができないここに生み落としてしまったことを。
だが同時に、たとえどんな環境でも、どんな境遇でも、『生まれてきてよかった』と思うことはできるというのは、俺自身が今そう思ってるから、間違いなくあると実感してる。光や灯にもそう思わせてあげたいんだ。
それに対しても光は言ってくれた。
「私ね、お父さんの子供に生まれてきて良かったと思う。ここには確かに文明もなくて人間らしい生活はできないかもしれないけど、たくさん本を読んで感じたんだ。普通に人間のいる世界に生まれてきたって大変な思いをしてる人はいくらでもいたんだなって。だからあんなに辛い絵本が描かれたんだなって。
それに比べれば、ここは天国だよ。
お父さんがいて、お母さんがいて、兄弟姉妹がいて、エレクシアやセシリアやメイフェアやイレーネがいて、みんなが私を愛してくれてる。
もし、他の、普通の人間社会に生まれてても、お父さんがいなかったら、みんながいなかったら、私は今みたいに幸せじゃなかった気がする。白雪姫やシンデレラみたいに、『最後は王子様と結ばれて幸せになりました』みたいに上手くいかなかった可能性の方がずっと高いと思う。
むしろ人魚姫みたいに、『王子様とお姫様が幸せそうにしているのを見守りながら泡になって消えてしまいました』みたいな悲しい最後になることだってあったと思う。
それどころか、赤ずきんみたいに、<人食い鬼>に犯されて食べられてしまうことだってあったかもしれない。
そう考えたら、どこに生まれてたって、お父さん達がいなかったら同じだったんじゃないかな」
って。
光がシモーヌから譲り受けた絵本は、原書や、基になった民話に近い解釈で描かれたものが多く、それは、人間の世界で起こる様々な事件や災いを暗喩してるものなんだそうだ。シモーヌが持っていた<赤ずきん>に出てくる<人食い鬼>は、それこそ小児性愛者でカニバリストという異常者の比喩であり、人間社会にはそういうのも潜んでいるから気を付けろという教訓なんだと。
考えてみればそんな話が民話として語り継がれてた人間社会も、下手をすればここよりも厳しい世界だったのかもしれないな。