それだけ彼にとっては(重要なことなのだろう)
「ガッ!!」
短い叫び声を上げながら蛮が再びエレクシア目掛けて奔る。が、それも当然、彼女には通じない。ヒト蜘蛛にとっては<触角>にあたる、人間にも見える部分の<手足のようなもの>を使って攻撃を仕掛けるが、当然、まるで通じない。
ハエでも追い払うかのように手で軽々と払い、代わりに<人間にも見える部分>の腹にも見える部分に、加減した拳を叩きこむ。
ややこしいが、<人間にも見える部分>はあくまでヒト蜘蛛にとっては<頭部>なので、これはいわば頭を殴られた状態ではある。
手加減されてはいても、少なくないダメージがある筈だ。
それでも蛮は懲りない。
しかし、エレクシアはロボットだから気にしないとはいえ、絵的には全裸の女性が大股を広げてる状態にも見えるから、非常にヤバイ絵面でもあるんだよな。見た目だけなら正確に人体を再現しているし。
もっとも、セクシーさは微塵も感じないが。
さらに、エレクシアは触角の攻撃をかわし、本体の胴体部の横に滑り込む。と、蛮も危険を感じたか横っ飛びして間合いを取ろうとした。
だが、その動きにもエレクシアは完全に反応してみせる。飛び退いたのを追い、まったく離されることなく着地して、どすん!と蛮の横っ腹に一撃を食らわした。
「ぐひっっ!」
何とも言えない声を上げて、蛮が悶絶する。
おそらく人間の力だと全力で殴っても怯ませることさえできないが、エレクシアのそれはなるべく怪我をさせないように手加減していても途方もない威力だっただろう。しかもその部分の奥には大きな神経節があって、そこに強い衝撃が加えられたことで体が一瞬麻痺したらしい。地面に腹を着いてうずくまってしまった。
そして、この日の<挑戦>はそこで終わりだったようだ。
しばらくしてようやく回復すると、蛮はよろよろと立ち上がって、『這う這うの体』で密林の奥へと消えたのだった。
「十分に距離が離れました。戻ってくる様子もありません。他の個体の反応もありません。ローバーから出ても大丈夫だと思われます」
エレクシアの言葉を受けて、俺とシモーヌもローバーから降りる。
「やれやれ、懲りずにご苦労なことだな」
「それだけ<彼>にとっては重要なことなんでしょう」
俺達の言葉に、エレクシアも、
「その通りなのだと思われます。『獲物である筈の存在に撃退された』というのはとても大きいことなのだと推測することが可能です」
と解説してくれる。
決して知能は高くないが、一応、カラス並みの知能はあるみたいだからな。