久利生遥偉編 奇々怪々としか
地球人社会においてはもはや、
<奇々怪々としか言いようのないしがらみ>
が複雑に絡み合って個人ではどうしようもなくなっているからそのしがらみから切り離されたAIやAIによって制御されているロボットの助けがないと、
<一般的な適応力を備えられない特徴を持った者>
のサポートすらままならないのが現実だったよな。
今のビアンカやルコアもそうだと思う。当人の資質や器の面ではある程度は何とかなりそうな印象もないわけではないものの実際に地球人社会に一人で放り出されたらビアンカもルコアも正気を保つことさえ難しいだろう。AIやAIによって制御されているロボットのサポートを受けても、そもそもAIやAIによって制御されているロボットの方にそういう者達についてのノウハウがないからどうしても手探り状態で行うことになるだろうし、なによりAIやAIによって制御されているロボットがもし適切な対処を行えたとしても人間(地球人)の方がそれを上回る厄介事を生じさせる可能性も高い。<多様性>という概念もそれなりに定着したといってもアラニーズやサーペンティアンのような存在については<多様性>という概念だけでは片付けられないだろうし。
『そもそも生物としての成り立ちが違う』
わけで、なによりクモやヘビを連想させるその姿はどうしても生理的嫌悪感を呼び起こしてしまうのは避けようがない。
まあその辺りは『元々そういう生物が存在している』ここ朋群で生まれた者達はさほど拒否反応を示さないから、そこをちゃんと維持していけばいいだけのような気もする。もちろん偏見や誤解が生じないように適切に情報の共有も行うのは前提として。
人間というのはどうしても、
『よく分からないもの知らないものに対しては道理を超えて警戒心を抱きがち』
な生き物だからなあ。それ自体は危機回避のために生き物として当然備わっているものではありつつそもそも正しくない偏見や誤解を基に対応しようとするとむしろリスクを高めることの方が多いというのは歴史を振り返ってみても分かる。
『本来なら存在しなかったはずの軋轢をわざわざ生じさせてしまったり』
なんてのは枚挙に暇もない。そしてそういう形で生じた軋轢に対処するために膨大な手間とコストをかけ、その間に取り返しのつかない悲劇を生んでしまったりとか。そんなのは本当に、
<無駄で無意味な損失>
でしかないと思う。
『悲劇を経てしか得られない結果もある』
と言うかもしれないが、そんな理屈で<犠牲>をなかったことにはできない。




