まったく脈が(ないという訳でもない)
大変な熱意でもってアピールしてくる少年だったが、光はあまり関心がなさそうだった。一応、見届けようとはしてるものの、人間としてのメンタリティも併せ持つ彼女には、そのタイプの求愛行動は効果的じゃないんだろう。
一通りアピールが終わってさすがに疲れたのか樹上で休む少年を確認した後、光はフイと視線を逸らして<仕事>に戻ってしまった。
「ダメだったみたいですね」
シモーヌが同情的な声色で呟く。
「まあ、光が相手じゃな」
正直な感想だった。基本的にエレクシアを母親と思ってて彼女そっくりに育った光相手にあのアピールじゃ厳しいだろうな。
だが、ちゃんと見届けてくれたということは、まったく脈がないという訳でもないのかもしれない。人間とのハーフとはいえボノボ人間の血を引く光にとっては数少ない<仲間>と言える存在だろうし。
で、少年はその後も、体力が回復したら求愛行動を始めるということを幾度となく繰り返した。実際、一回のそれで雌が受け入れることはあまりなく、何度も繰り返せるスタミナとハートの強さも評価対象のようだ。
とは言え、やっぱり光はそれらを見届けはするもののことごとく拒否し、淡々と仕事を続けた。すると、灯の方が、
「お姉ちゃん、あれ、すっごいよ。可哀想だよ。なんか言ってあげてよ」
と、同情的になってしまったようだった。
しかし光は、
「興味ない…」
って感じで素っ気ない。
が、俺には分かってしまった。本当に興味がない訳じゃない。興味はあるんだろうが、戸惑ってるんだ。初めてのことに。熱烈に<愛>をアピールされることに慣れてないから。
俺と密達の様子を見ていた光にとって<愛>とは、静かに穏やかに相手を包み込むように表現されるものだったんだろう。
そんなわけで光には届かなかったものの、灯は少年の方に近付いていって、
「私、灯。ごめんね、お姉ちゃん、ツンデレだから」
などと話しかけていた。
まあ、迂闊に近付くのは危険な場合もあるだろうが、相手がボノボ人間だと灯の敵じゃないというのもあるからな。イレーネはいつでも対応できるように即応モード(準戦闘モード)に入ってたが、その心配はなかったようだ。
で、なんだかんだとしているうちに、灯と少年は仲良くなったらしく、枝から枝に飛び移って遊んでいた。
だが、少年と一緒に来ていた他のボノボ人間の姿がいつの間にかなくなっていて、彼は一人、その場に取り残されていたらしい。
<巣立ち>だ。生まれた群れから離れて、他の群れへと移る時が来たんだろう。