隠(おぬ)
牛のような角を生やした大男がいた。
三メートルを超える巨体が、うっすらとした霧の中から現れる。
「でかい……」
高さだけでなく、筋骨隆々の体つきで横にもでかい。
そして丸太のような腕には、金棒が握られていた。
相対するだけで、もの凄いプレッシャーを感じる。
「あ、あれ?」
異形の姿が霞んで見える。
集中して見ないと、姿を見失ってしまう。
どういうことだ。
「柳さん! 鬼……その異形は姿を隠すことが出来ます。気をつけて下さい」
後ろにいる弧影さんが教えてくれた。
マジかよ、厄介だな。
集中して異形の姿を追う。
すると奴は、地面を揺らしながらこちらに近づいてくる。
破敵を構え臨戦体勢をとる。
お互いの射程距離に入り、異形が金棒を振り上げる。
「チッ!」
俺は破敵を振るう。
異形の振りかざした金棒と破敵がぶつかり合う。
「なっ!?」
破敵は金棒を斬り裂けず、つばぜり合いをする形になった。
そして、力に勝る異形に押しきられ、吹き飛ばされる。
「クソッ」
痛みに耐え、すぐさま立ち上がり異形に対して構えをとる。
だが内心はかなり動揺していた。
ここまで力が劣る俺が生き残れたのは、破敵がどんなものでも斬ってくれたからだ。
たが、異形の金棒は斬り裂けなかった。
今までどんな敵も斬り裂いてきた破敵が。
「やばいな」
正直、破敵に斬れないものはないと思っていた。
だが今度の異形は、同じレベルの武器を持ち、力は相手が上。
「どうする……」
正面からいっては分が悪い。
なにか搦め手を考えなければ。
だが異形は、考える時間を与えてくれない。
金棒を振り回し、攻撃してくる。
「ちくしょう」
異形の攻撃を避けるのに精一杯で、反撃の手だてを考える隙がない。
そしてなおも、異形の姿は霞んで見える。
集中して見ないと、姿を見失ってしまう。
「クッ」
なんとかギリギリで避けているものの、金棒の風圧でバランスを崩しそうになる。
「ちきしょう、とんでもないパワーだ」
当たったら即死してしまう。
かすっただけでも、手足がちぎられそうだ。
……いけない、考えてはいけない。
そんなことを考えていては、動きが鈍る。
なんとか異形の攻撃を避けるものの、除々に林の方に追い込まれていた。
「クッ、林か」
いつの間にか、木を背にしていた。
「林の中に入るか」
障害物があれば、隙ができるかもしれない。
そう思い、林の中に入る。
「甘かった……」
異形は木を金棒で薙ぎ倒しつつ、こちらに向かってくる。
木などなんの障害でもないかのように。
こちらは逆に、木が邪魔で動き辛い。
「やばい、どうする……あれは!」
少し離れた所にある大木を見つけた。
あれなら異形の攻撃に耐えられるかもしれない。
異形の攻撃の隙をみて、大木を目指してダッシュする。
「はあっ、はあっ、なんとか辿り着けた」
大木に寄りかかる。
しかし異形は、一息つく時間を与えてくれない。
地面を揺らしながら近づいてくる。
大木の影から異形の姿を見ると、異形はまっすぐこちらに向かって来ていた。
破敵を握る手に力が入る。
この大木を盾にしながら攻撃しよう。
そう思って構えていたら、反対側から衝撃がくる。
「大木ごと俺を薙ぎ払うつもりか」
俺は大木から離れ、異形に突っ込む。
「うらあああ!」
破敵を振るい、異形の両手首を斬り落とす。
「うわあっ」
大木が倒れ、衝撃で吹き飛ぶ。
「痛え、でもこれで金棒は使えないはず」
立ち上がり異形を見る。
異形は両手首から血を流していた。
その姿を見て、もう異形に攻撃手段がないと思っていたが甘かった。
異形は頭の角をこちらに向け、突っ込んでくる。
「チッ!」
俺は異形の攻撃を横に避け、すれ違いざまに下から首を斬りあげる。
異形の首と胴体が地面に転がる。
そして、しばらくすると光の粒子になり俺に吸収された。
「終わった」
俺は駆け寄る弧影さんを見ながらそう呟いた。
≪妖怪解説≫
【鬼】おに
頭に角があり巻き毛の頭髪である。
口からは牙が生えていて、鋭い爪を持つ。
虎の毛皮の褌を腰に巻いていて、表面に突起のある金棒を持った大男。
【おに】の語源はおぬ(隠)が転じたもので、姿の見えないもの、この世ならざるものであることを意味した。
次話は9/20の予定です。




