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きっと後世では格好良く名前が付けられるだろう、妹に泣きつかれた兄の報復。  作者: もこもこハダカデバネズミ


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これは我が家が王位を簒奪しかけるに至るはなしである

 父は、家の中ではあまり頼りになる人ではなかった。


 いや、頼りになる時もある。高い棚に置かれた箱を取る時とか、母が屋敷の奥でなくした刺繍針を探す時とか、俺が書類仕事から逃げようとして窓枠に足をかけている時とか、そういう時にはたいへん素早く動き頼りになった。


 ただし最後のものに関しては頼りにならない方が俺としては都合がよかったので、反抗的な気分の俺は「余計なことを……」と生意気を言い、母から「父親に向かってその態度は何」と往復ビンタを喰らっていた。怒れる母を引き離してくれたのも父なので、我が家の潤滑剤と言っていいだろう。家長なんだけどな。


 父は50を越えた男で、家名だけ見ればそれなりに立派で、領地もあり、私兵もあり、毎朝きちんと髭を整え、来客があれば柔らかく笑ってそれらしいことを言い、母に睨まれれば即座に黙る。


 父の人生の大半は、母に尻に敷かれるために存在しているようなところがあり、本人もその状態に特に不満を持っていないようだった。


 母が鋭く「あなた」と呼べばキリッとした顔で「はい」と返事をするし、「それは違います」と言えば「ああ、違ったかあ」と頭を掻いて笑うし、「座って」と言われれば椅子にも床にも座るし、「黙って」と言われれば木のように黙る。


 犬の方がまだ反抗する。うちの猟犬は肉が足りないと皿を蹴り、母の「あ?」という一声でガタガタ震えながら皿を戻す。こいつは俺に似ていると言われているが、俺はさすがにここまで母を恐れていない。恐れていないから叱られたことを繰り返すんだと言われれば、そうですね……と答えるしかないが。



 父は何があっても大人しく、与えられたものを受け入れる。そういう人だった。


 祝福もまた、父のそういう性格によく似合っていた。

 貴族の血は遡ると神に辿り着く、という言い伝えがある。それが真実かどうかは知らないが、貴族には“祝福”という力を神から与えられていた。


 父の祝福は『移動』という。名前だけ聞けば便利そうだが、実際には物を横に80センチほど動かすことができるだけのものだ。1メートルにはどうしても届かなかったらしい。

 落ちたペンを拾うのに便利。机の端に置いたカップを近づけるのに便利。母が糸巻きをどこかへ転がした時に、手元に寄せるのにも便利。

 小さいことしか出来ないが、父はそれをたいそう気に入っていて、書斎の椅子に腰かけたまま本を寄せたり、菓子皿を寄せたり、俺が隠した反省文をなぜか的確に寄せたりしていた。

 俺は何度か、祝福の使い道としてそれは少し人類の叡智の無駄ではないかと思ったが、父は「便利だろう」と言って笑うだけだった。


 母の祝福は『糸』で、不可視の糸を屋敷二周分くらい伸ばして操れる。切った後も糸が残るので、裁縫にも罠にも監視にも使えるし、母は普段それで縫い目の見えないぬいぐるみを作っている。

 なんという祝福の無駄遣いだろう。母の作る熊のぬいぐるみは、子供が抱いても糸がほつれず、犬が噛んでも壊れず、俺がこっそり解体して、中に祖父から貰った秘密の小遣いを隠そうとしても糸を切ろうとしたハサミが欠けた。

 母に見つかっていないと思っていたが、翌朝、朝食の皿の横に捨てたはずの欠けたハサミが並べられていたので、俺はその日から熊を見るたびに姿勢を正すようになった。


 そして俺の祝福は『甘言』で、何を言ってもだいたい良いように受け止めてもらえる。

 たいへん便利だが、俺が努力して得た人徳ではないので、使い道を間違えるとこちらの人格が腐る。自動イエスマン生成能力なんて、驕り高ぶる勘違い男が出来そうなものだ。それでも俺はまあまあ、そんなに悪い人間にならず適当に生きている。

 学生時代は適当に授業を聞き、適当に茶会に出て、適当に笑い、適当に「そのリボン、よくお似合いですね」とでも言えば、相手は勝手に俺の言葉の奥に詩情だの真心だの悲しみだのを見つけてくれた。

 実際、そんなものはない。俺はその時だいたい晩飯か珍しい昆虫かその場にある至極どうでもいいものに集中している。

 母に似て顔が良いので、ただぼんやりとしているだけで「なんて思慮深いお顔」と言われるお得仕様だ。

 これを言われた時は、一応考えてはいた。カブトムシを持ち寄って戦わせたら面白いのではないか、とか。そこから競技として成立させるには土俵が必要だな、とか。角の形で階級分けをした方が公平か、とか。

 友人だけが「お前また適当なこと考えてるだろ」と正しく見抜いてくれるので、俺は彼を大切にしている。


 ある日、学園の回廊で少女たちがこちらを見てひそひそと囁いている中、友人がそう声をかけてきたので、俺は反射で「君のことを考えてた」と答えた。彼ならば俺の考えたカブトムシバトルの先駆者になってくれるだろう。彼の実家にある森は、超伝説の豊かなる漆黒の森(すーぱーれじぇんだりー・りっち・だーくねす・ふぉれすと)と呼ばれている。でっかいカブトムシやクワガタムシがたくさんいるからだ。地元住民が勝手に名付けたものを、生真面目に登記したら普通に通ってしまったらしい。彼の家のスパフォレはいずれ俺の手でカブトムシプロレスの聖地となろう。


 鳥が群れで飛び立つ時のような悲鳴が上がった。友人は俺の肩を掴んで「祝福を使うな」と低く言ったが、その時は本当に使っていない。

 単に俺の顔が良いだけで、この祝福は神からではなく実母からのものだ。俺のデフォルト装備なので皆の方が慣れてもらいたい。




 そんな我が家で、いちばん怖いのは母で、いちばんよく分からないのが父だった。


 普段の父は母に押されると花嫁のヴェールより抵抗がない。向こう側が透けるような軽やかさで飛んでいく。親戚の集まりでも、母が一言「それは我が家の意向ではありません」と言えば父は横でにこにこ頷いているだけだし、相手がこちらを侮っても怒らない。代わりに、母が大激怒してる時にも止めることもない。女主人を怒らせる方が悪いので、これは俺も仕方ないと思う。顔だけなら、深窓の令嬢のままで時が止まっている母は、よく性格を見誤られる。


 俺が子供の頃など、父の弟妹たちが集まると少し様子が変わるのを見て、ああ父にも兄という役割があるのだなと思ったことはある。


 だがそれも、20、30を過ぎた弟妹たちの皿に「おまえこれが好きだったろう」と菓子を分けたり、酔った弟の背をさすったり、妹が昔の話をして笑えば困ったように笑い返す程度で、俺の知る父はやはり父でしかなかった。

 父にも子供の頃があり、弟妹から名前を呼ばれていた時間があり、誰かの前では最初から大人だったわけではない、ということは頭では分かる。分かるが、子供である俺にとって、親は最初から親なので、父が誰かの兄であるという事実は、古い肖像画の裏に走り書きされた別名のように、少しだけ違和感があった。


 叔母上は父より十ほど若く、俺から見れば昔から気の強い綺麗な人だった。男兄弟の中で、末に生まれた妹だったからというのもあるのだろう。これはもう、生まれた瞬間からお姫様だったな……とわかる自信に満ちた人だ。

 俺の母とは別の方向で気が強い。母が糸で首を絞めるなら、叔母上は真正面から相手の胸ぐらを掴む。喩えではない。実際に一度、失礼な貴族の胸ぐらを掴んでいた。その時の俺は幼かったので、大人の女性が男の襟元を掴んで持ち上げる様子を見て、腕力というものは見かけで判断してはいけないなと学んだ。


 叔母上の娘がメリーエルで、俺の従姉妹にあたる。

 子供の頃からべったり一緒にいたわけではない。親戚の集まりでたまに会う可愛い女の子で、俺より少し年下で、髪を結うリボンを毎回違う色にしていて、俺が菓子を分けると礼を言うが、気に入らない味だと眉間に皺を寄せたあと「はい、あーん」と俺の口に放り込む。そういう子だった。


 大人たちが政略の話をしている間、庭で少し遊び、俺が木の枝で虫をつついていると「可哀想でしょう」と叱り、花を摘んで持ってきては「見せてあげるだけよ、綺麗でしょう」と言って自分の髪に挿す。

 見せるだけかと思いながら、まあメリーエルに似合うならいいかと思っていた。そういう距離だった。


 近すぎず、遠すぎず、会えば嬉しい。会わなければちょっと寂しい。次に会うと、前より少し背が伸びて綺麗になっていて驚く。そのくらいの関係が、あとから考えると救いだったのかもしれない。あまりにも近い関係だったら、たぶん俺はもっと面倒なことを考えてシリアスになっていた事だろう。そういうことを考えるのは、俺の担当ではない。






 メリーエルが婚約破棄をされたという話は、最初に聞いた時には、そういうこともあるだろうと思った。


 王族の婚約など、本人同士の好悪よりも周りの事情で決まるものだし、第一王子が途中で別の女に熱を上げたという噂も前からあった。


 問題はその後だった。婚約破棄だけなら、こちらが怒って終わりだ。

 慰謝料を取るとか、派閥を変えるとか、社交界でじわじわ締め上げるとか、母と叔母上が笑顔で“オトモダチ”に手紙を出し始めるとか、その程度で済んだ。


 だがしかし、済まなかった。王城から届いた書面には、メリーエルが王家への不敬と王太子妃候補としての義務違反により拘束され、追って裁きを受けると書かれていた。

 言葉を飾っていたが、要するに婚約破棄した側が、破棄された女を城に閉じ込め、そのまま処分するつもりらしい。


 俺は書面をグルグル回しながら三度読んで、三度目でようやく理解を諦めた。

 なにかしら仕掛けでもあるかと思ったが、文面のままで特に何も無い。理解し難いものだ。


 理解というのは、相手に人並みの思考があると信じている時にだけ成立するものだ。ないものは読めない。

 そもそもこれがうちに来る事もおかしいと思ったが、全てをメリーエルのせいにして「だから償いとしてそっちの家門も後ろ盾になってね!」という意図だろうが。何言ってんの? わけわかんね、怖。


 俺としては、メリーエルがこのようなくだらない事で酷い目に遭わされるのは許せることではない。今思えば、この時の俺もだいぶ慌てていたのだろう。いろいろやった。そう、いろいろ。





 叔母上が屋敷に来たのはその日の夕方だった。

 馬車を待てなかったのか、途中から馬で駆けたらしい。髪は乱れ、手袋は片方なく、顔色は悪かった。それでも普段の叔母上なら、怒鳴って、命令して、誰かを動かしただろう。

 実際、玄関で出迎えた使用人たちはみな身構えていた。母もすぐに降りてきて、貴女ひとりで来たの、と言いかけた。

 その時、叔母上は母を見なかった。俺も見なかった。まっすぐ父を見た。父は階段の途中にいて、いつものようにゆるい部屋着で、俺と同じように慌てふためいて、落ち着きのない情けない格好だった。


 叔母上は階段下で足を止め、唇を震わせ、それから子供のような声で「おにいさま、たすけて! 私の可愛いメリーが殺されちゃう」と泣いた。俺は、その声を聞いた瞬間の父の顔を忘れられない。

 怒ったわけではない。叫んだわけでもない。ただ、空気が変わった。父は階段を降りながら、いつものへらへらした笑みを消して、叔母上の肩に手を置き、「兄様に任せなさい、何とかしてやるから」と言った。


 その言い方が、親が子に向けるものではなく、当主が家臣に向けるものでもなく、子供の頃から泣けば必ず来てくれた兄の声だったので、俺は少し気まずくなった。見てはいけないものを見た気がした。


 普段は親である父が、誰かの兄になった瞬間だったし、普段あれほど気の強い叔母上が、父の前で妹に戻った瞬間でもあった。

 人間というのは歳を取ると役割が増えるだけで、昔の自分が消えるわけではないらしい。


 



 父はその夜のうちに屋敷の私兵を集めた。集めた、というより、いつの間にか集まっていた。

 俺は普段父のことを酒に弱く、妻に弱く、会議で眠そうにしているだけの当主だと思っていたが、家臣たちはまるで最初からそういう合図を待っていたように動いた。

 もう少し幼い頃にこの部分を見せてくれたら、俺ももっと健やかに父を尊敬出来ただろうに。


 俺はそこで初めて、父の部屋にある何の変哲もない地図に、王城の通用口、地下水路、兵の交代時刻、王家派閥の屋敷、商会倉庫、橋の幅、門番の賭博癖まで書き込まれていることを知った。しかも日付が全部数ヶ月以内だ。昔調べてそのままというものではない、定期的に最新にしている。


 何をしているのかと聞いたら、父は「昔の癖でねえ」と笑った。

 昔の癖で王都制圧用の情報を更新するな。若い頃悪さをしたんだと言っていたが、ここまでの悪さは想定外だ。

 父はさらに、敵対派閥だったはずの他家に使者を出した。俺が「そこ、先月までうちの領地境界で揉めてませんでしたか」と聞くと、父は「あそこの当主はね、王家は嫌いなんだよ。うちはもっと嫌いみたいだけど、嫌いの種類が違うから話は通じる」と言った。

 そういうことをなぜ普段から言わないのか。母は横で優雅に茶を飲みながら、糸で封蝋を切り、手紙を畳み、別の糸で窓の外へ吊るした小鳥籠を揺らしていた。中に鳥はいない。たぶん合図なのだろう。


 父の祝福が物を横に80センチ動かすだけだという話も、この日を境に俺の中でだいぶ意味が変わった。


 80センチあれば、閂は外れる。

 80センチあれば、鍵束は格子の外から手元に寄る。

 80センチあれば、机上の命令書は火の中へ落ちるし、弓兵の足元の矢筒は階段下へ消えるし、灯火皿は絨毯に落ちるし、毒杯は隣の無関係な杯と入れ替わる。


 80センチあれば、人が立っているはずの場所に、重い槍立てをずらすこともできる。


 大きな岩を動かせなくてもいい。少しずらすだけで人は落ちるし物も落ちる。重ねてずらせば、混ざる。肉も、魂というものも。


 俺が「悪魔でもその発想は実行しませんよ。怖いですね……」と言うと、父は昔と同じ顔で「出来ちゃうからねえ」と笑った。


 しばらく敬語になったのは尊敬の念からではなく、普通に怖かったからだ。恐ろしい戦い方するなあ……と、全力で引いていた。


 母は父の横顔を見て、たいへん満足そうだった。おもしれえ男、という顔をしていた。この世の全てに自分の男を自慢する、魔女みたいだった。


 「あの人、やる時はやるのよ。格好いいでしょう」と母が言うので「やりすぎでは?」と聞くと、「あなたは詰まらない男ね、本当に私の子?」とゴミを見る目でちらりと見てきた。

 すいません。産んだ貴女がそこは肯定してくれないと……俺も木の股から生まれた覚えは無いので……。





 俺自身も何もしなかったわけではない。『甘言』は戦場向きではないが、戦場になる前の部屋ではとても役に立つ。


 父は俺を連れて、王家に不満を持つ小貴族や、王太子派から外された文官、今回の件に怯えている神殿関係者のところを回った。


 俺はそこで、余計な約束をせず、相手が聞きたい方向へ言葉を置いた。「今ここで黙れば、次はあなたの娘かもしれません」「父は報復ではなく秩序の回復を望んでいます」「王家を守ることと、今の国王夫妻を守ることは同じではありません」。俺の言葉は使い勝手がいい。相手の中にある不安の形に合わせて、勝手に沿うように形を変える。


 卑怯だと思うが、メリーエルが明日の朝にも首を落とされるかもしれない状況で、卑怯という言葉に足を止めるほど俺は清廉ではなかった。

 俺は適当に長生きしたいし、メリーエルも長生きしてほしい。こんなことで死ぬとか、嫌すぎるだろ。メリーが悪いわけじゃないのに。



 王城の門が落ちたのは、夜明け前だった。

 正確には門が落ちたわけではなく、内側の閂が外れ、警鐘の紐が80センチ横へ動いて空振りし、詰所の酒樽が倒れて通路を塞ぎ、交代前の兵が母の糸に足首を取られてまとめて転んだ。


 父の私兵と、昨日まで敵対派閥だった他家の兵が、信じられないほど息の合った動きで城内に入った。

 俺は後方にいたので全てを見たわけではない。見なくてよかったものも多い。だがメリーエルが閉じ込められていた塔の扉が開いた時だけは、父に連れられていた。



 メリーエルは髪を切られていた。頬を殴られた痕があり、唇が切れて、片手の爪が二枚剥がれていた。

 俺の知っている、リボンを選んで花を髪に挿していた従姉妹は、冷えた石の床に座って、それでも背筋だけは伸ばしていた。俺を見ると、一瞬だけ顔を歪めた。泣くのかと思ったが、泣かなかった。涙の跡は無かった。


 「来るのが遅いわ」と言った。


 俺は「道が混んでいて」と答えた。


 メリーエルは俺の言葉に少し笑った。その笑い方があまりにも子供の頃のままだったので、俺はようやく本当に腹が立った。婚約など受ける前に、王家の首根っこを掴んでおくべきだった。そんな発想が自然に出てきたので、俺は父の子なのだと思う。嫌な血の証明だ。母に言ったら「今さら何を。誇りなさい、あの人のいちばん格好いいところを継いだんだから」と返された。




 その後のことは、俺が語るとどうにも雑になる。

 俺はメリーエルを抱きかかえて、この方こそが高貴なる姫ぞ、とばかりに堂々と城から逃げ出したからだ。


 背後からは景気の良い戦闘音と、悲鳴と、色んな音が全てひとつにまとまった騒音が溢れていた。あとはもう血なまぐさいことしかない城に、これ以上メリーエルを置いておく訳には行かない。

 怪我の治療もだし、髪もドレスも整えるべきだし、今日は俺が育てた薔薇が一輪咲いていたのを覚えていたからだ。早くメリーエルの髪に薔薇を飾るべきである。それこそが俺の役目だ。高熱の時に見た夢にしか咲かないと言われた、俺のハイパーレインボーローズも、メリーなら笑ってくれる。そう思って作ったんだから。



 国王夫妻と第一から第四王子までが城壁に吊るされ、幼い第五王子だけが血を残すために生かされ、父はなぜか宰相になった。



 なぜか、と言うと母に怒られる。「なぜかではなく、必要な人員を整理した結果でしょう」と言われる。整理という言葉の解釈の幅が広いが、歴史というのは勝者が作るものなので、後世では良い感じに歴史改竄されるのだろう。



 唯一生き残った第五王子は俺とメリーエルが結婚して養子にして、いずれ王になる。正統な血筋の者が国を継ぐので、過程のごちゃごちゃには目を瞑っていただきたい。


 メリーエルとの結婚は、流れとしては自然だ。第五王子を生かすには、後ろ盾がいる。王家の血を残すには、王家を一度折った家が責任を持つのが一番早い。


 メリーエルは元王太子妃候補で、被害者で、王家の失政を示す生きた証人で、俺は宰相である父の息子で、顔が良く、祝福のせいで相手に悪く思われにくく、何より第五王子が俺によく懐いた。

 子供というのは正直だ。彼は城の中で親と兄たちがどんな人間だったか知っていたし、自分だけ生き残った意味も完全には分からないまま、ただ黙っていた。


 俺が「虫は好きですか」と聞くと、小さく頷いた。俺はこの国の次代の王に、まずカブトムシプロレスの概念を教えた。

 教育係にものすごい顔をされたが、第五王子は久しぶりに笑ったので、間違えてはいないと思う。


 メリーエルはそれを見て「あなた、子供の頃からそういうところが変わらないのね」と言った。褒めているのか呆れているのか分からなかったので、「成長の余地を残している」と答えると、「残しすぎよ」と返された。


 メリーエルは強くなった。いや、たぶん元から強かったけど。

 塔で折れなかった人間が弱いわけがない。ただ、髪を切られたことを気にしているようだったので、俺は母に頼んで、糸で飾りを作ってもらった。縫い目の見えない、軽い花の髪飾りだった。メリーエルはしばらく黙ってそれを見て、それから「似合う?」と聞いた。俺は「君のために作られたものだから」と答えた。


 メリーエルは鏡の前で髪飾りをつけ、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。その姿を見て、俺は結婚してもいいかもしれないと思った。




 昔からべったりだった相手ではなく、たまに会える可愛い女の子で良かった。血が近いが、まだ他人の距離感だ。一応法律的にはギリギリセーフだが、気にする人もいるだろう。


 俺がその話をすると、母は「細かい男ね」という顔をした。父は「まあ、昔はよくあったよ」と言った。メリーエルは少し考えてから、「嫌なら断ってもいいわよ」と言った。その言い方が平気そうだったので、逆に断りにくい。俺が断ることで、すべての前提が覆る。メリーエルは断ってもいいと言ったが現実的では無い。それでもその選択肢を俺に与えてくれたことを、優しいなと思う。たとえ俺が本当に断ってもメリーは許してくれるんだろう。


 彼女はもう、誰かに選ばれなかったことを傷として持っている。俺がそこに触れるつもりはなかった。触れたくないから結婚する、というのも違う。違うが、俺はメリーエルが嫌ではない。嫌ではないどころか、彼女が部屋に来ると少し、だいぶ、

とても、嬉しい。


 第五王子の勉強を見ている横顔を眺めていると、綺麗だなと思う。


 庭で花を選んでいると、子供の頃と同じように似合う色を勝手に決めたくなる。


 友人が「お前、今度は本当に考えてる顔だな」と言ったので、「メリーのことを考えていた」と答えたら、周囲の空気が妙に温かくなった。友人は額を押さえて「ノロケはもういい」と言った。


 結局、現実を見て断ることもなく問題なく訪れた結婚前夜。俺はまだ少しだけ家系図の近さを気にしていて、父に相談しようとしたが、父は母に明日のドレスの選別を手伝わされていたのでやめた。


 宰相になっても家庭内の地位は上がらないらしい。英雄とは何か、考えさせられる。

 結局、俺はメリーエル本人に言った。「君のことは愛しているけど、血が近いのが少し気になる」と。


 メリーエルは俺を見て、少しだけ眉を上げた。怒るかと思った。怒らなかった。


「愛があれば良いじゃないですか」


 たまにメリーエルは、ふざける時だけ妙に上品な敬語を使う。俺はそれで力が抜けて、少し笑った。

 まあ、愛があるのは確かだ。なら良いか。問題ない。そう思って「愛しているよ」と言えば、メリーは少し目を細めて、「明日、もう一度言ってね」と笑った。


 彼女は美しいと言われることが多い。実際、そうなのだと思う。けれど俺にとっては、やはり可愛らしいと呼ぶほうがしっくりくる。そういう笑顔だった。





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― 新着の感想 ―
めっちゃいいお話ありがとうございました…… 途中のほのぼの家族の豹変ぶりにびっくりワクワクし 怒涛の勢いで読み進めていましたが メリーと主人公の関係性の描き方繊細で、とても刺さりました… いいお話だっ…
すごくいいお話でした。 内容も文章も、とても良かったです。 多分何回も読み返します。
これは我が家が王家を簒奪しかけるに至るはなしである わざとなら申し訳ないんですが、王位簒奪しかける、王位を簒奪しかけるでは…?
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