39、雨音の向こう側
途中から視点変わります!
これ以上無理をさせてはいけないと、言われた通り大人しくすることにした。
心配から顔色を窺うも、悪くなる一方で焦りが募る。
そんなとき、木々の合間を抜けるとひっそりと佇む山小屋があった。
雨は先ほどよりも激しくなっているため、ひとまず雨宿りをした方がいいだろう。
「ヴォル!あそこに……」
その言葉で山小屋に気づいたのか、ヴォルはその方向に向かって歩き出した。
小屋の前で下ろしてもらい、小屋に入りさっと中を見回す。
山小屋はしばらく人がいるような気配はなかったが、暖炉や毛布などの暖をとるものは揃っていた。
(遭難した人向けの小屋なのかしら……)
内部を見回していた、そのとき。
──ドサッ
嫌な音がして、振り返る。
「ヴォル!」
慌てて駆け寄ると、薄く開いた目が私を睨む。
「……俺は放っとけ。雨が止んだらジークのところへ戻れ」
「こんな状態の人を置いていけるわけないじゃない……!!」
「……ほんと、損な性格」
言葉は途切れて、ヴォルはそのまま意識を失った。
「ヴォル……!」
肩をゆすって呼びかけてみるが、起きる気配はない。
そこで、ようやく思い出す。
──治癒魔法。
本当に焦ると、どうしてこうも頭が回らなくなるのだろう。
自分に呆れながら、すぐに魔法をかける。
しばらくして、熱が下がったのか、呼吸は穏やかになった。
それでも、目を覚まさない。
ただの疲労なのか。
それとも──
治癒魔法は、心因性の症状には効かない。
所謂、精神病の類には効かない。
もし原因がそこにあるのなら、癒せているのは表面だけだ。
(こんなに冷えて……早く、温めなきゃ)
私は暖炉に火をつけ、濡れた上着を脱がせ、タオルで髪や肩を拭き、小屋にあった布をその体にかける。
こんなになるまで、どれだけ無理をしていたのだろう。
初めて見る、ヴォルの無防備な寝顔を見た瞬間、ラルフさんの言葉が頭をよぎった。
信用するつもりはない。けれど──
雨の日に、調子を落とす。
それは、もしや。
(親友を……殺した日が、雨だったから?)
だとしたら。
この人は、誰よりも後悔しているのではないだろうか。
私が役に立ちたかったと、そうしなければ後悔すると言った時、ヴォルが見せた複雑そうな反応を思い出す。
思い詰めたような顔をしていた、あの横顔。
冷酷な人間が、あんな表情をするはずがない
それに、長くはないけど短くもない付き合いで、ヴォルがどんな人か、全部ではなくてもわかっている。
(ヴォルは、とても優しい人だもの……)
私はヴォルの髪にふれて、そっと撫でる。
「……雨、止んでくれないかな」
激しい雨音が、途切れることなく響いている。
どうか、この音が──
彼の夢にまでは、届きませんように。
そう心から祈るのだった。
◇◇◇
瞼の裏側ににじんだ光が眩しくて、ゆっくり目を開けた。
先ほどまでの雨が嘘のように、空は晴れ渡っていた。
西陽が差し込み、辺りを朱に染めている。
そして己の肩にもたれて眠るエリザベスの姿にぎょっとする。
「……ヴォル、風邪ひいちゃだめ……」
子供みたいな寝言に、ふっと笑みが漏れる。
先ほどまでの悪魔が遠ざかるのを感じながら、自分の肩にもたれて眠るその温もりを、そっと見つめる。
──守られているのは、どちらだろうな。
そう思いながら、目を細めた。
(そうか、俺は……)
──姫さん
それは身分であって名前ではないのに。
そう呼ぶだけでも、胸の奥がわずかに軋む。
(……くだらない)
そう切り捨てようとして、できなかった。
先ほどのことを思い出す。
意識が落ちる寸前、最後に見えたのは、蒼白になった彼女の顔だった。
恐怖でも、嫌悪でもない。
あれは──焦りだ。
(なんで、あんな顔をする)
自分の体調がどうなろうと、今まで気にも留めなかった。
倒れようが、血を流そうが、どうでもよかった。
仕事に支障がでなければそれで。
なのに。
彼女の前で意識を失ったことだけが、どうしようもなく引っかかっている。
目を覚ましたとき、肩にあった温もり。
濡れた髪を拭われた感触。
火の温かさと、布の重さ。
──守られていた。
そう思ってしまったことに、ぞっとした。
(違う)
俺は、守る側だ。
守られる理由なんて、どこにもない。
そう思おうとして、胸の奥で何かが反発した。
雨音が、遠い記憶を連れてくる。
血の匂い。
冷たい地面。
濡れた手。
──俺は、守れなかった。
だからこそ、誰かの命に踏み込む資格なんてない。
誰かを大切に思うことすら、許されない。
……はずなのに。
「すぐに、晴れるといいわね」
あのときの声が、やけに鮮明によみがえる。
祈るような声だった。
命令でも、叱責でもない。
ただ、俺のためだけの言葉。
その瞬間、胸の奥に湧いた感情を、俺は──知っている。
──この人を、泣かせたくない。
雷に打たれたような感覚だった。
守りたい、ではない。
失いたくない、でもない。
泣かせたくない。
その理由を、いくら探しても、言い換えても、逃げ道はなかった。
(……ああ)
俺は、ようやく理解する。
だから苛立ったのだ。
だから腹が立ったのだ。
だから、あの無謀さが許せなかった。
自分の命を粗末にする彼女が、あいつと同じようなことをする彼女が。
そして同時に──
俺が、彼女を失う未来を、想像してしまったからだ。
喉の奥が、ひどく渇く。
(認めたら、終わりだと思ってた)
だが違う。
認めない限り、始まりもしなかった。
雨はもう、降っていない。
それでも、胸の奥に残る湿り気は、消えそうになかった。
静かに息を吐く。
(……俺は)
姫さんを──エリザベスを、想っている。
それは罪かもしれない。
過去を抱えたままの、身勝手な感情かもしれない。
それでも。
あの姫さんが、次に無茶をしそうになったら──
俺は、もう見過ごせない。
守る資格がないのならせめて、そばにいる理由くらいは、自分で選ぶ。
そう、心の奥で決めた。
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