37、曇天の旅立ち
朝、すっかり準備を終えた私はいよいよ出立のときを迎えていた。
「グレイキャットのアルゴ。一緒に行くから」
お兄様とサイラス様はすでに知っているようで。
紹介されてその男の人を見ると、失礼かもしれないが特徴があまりなく、平凡な顔をしていた。
でも視線だけは妙に鋭く感じた。
それよりもなんだか機嫌が悪そうなヴォルが気になる。
ヴォルのことをあまり知らない人からするとわからない程度の変化だと思うが。
「……よろしくお願いします。サラと呼んでください」
「よろしく、サラさん。……あの日以来ですね」
「──え?……あ!もしかして!」
アルゴさんは正解、とでも言うようにニヤリと笑って頷いた。
そう、おそらくマイザーに来たときにヴォルと庭で話していた人だ。
この人もあのとき私がいたことに気づいていたようだ。
あれ以来見ていないからもうマイザーにはいないと思っていたが、まだいたとは。
会わなかっただけで、ずっとマイザー付近にいたそうだ。
そんな紹介も恙無く終わり、街の端にある馬車のところまで移動する。
お兄様にヴォルは体調でも悪いのかこっそり聞いてみるも、苦笑しながら答えてくれる。
「気にするな。よくわからないがこういう天気の時は決まって不機嫌なんだ」
「天気……」
見上げると、今にも降り出しそうな曇天だった。
(たしかに、雨の日とか偏頭痛持ちの人がいたわね……)
前世でもよくそんな人いたな、と思い出した。
移動手段は馬と馬車。
馬はお兄様とサイラス様で、ヴォルとアルゴさんは御者をしてくれるらしい。
一緒に乗るのだと思っていたが、今回は護衛と見える人もいた方が抑止になるとかなんとかで、こうなったらしい。
そしてお兄様がどこからか馬を転移魔法で手配してくれたようだ。
私はまだ自分しか転移したことがないが、とても便利な魔法だと思う。
失敗したときのことを考えると容易にはできないけれど。
お兄様もウェルザンに行ったことがないそうで。近くの街までは転移できそうな距離になったら、お兄様が順番に連れて行ってくれることになった。
距離的に離れすぎていることや魔力量の関係で全員でまで転移はできないようで、途中までは全員で移動することになった。
それまでの道中はこのメンバーでのんびり進むようなので、本格的な魔法を教えてもらおうと心に決める。
馬に乗れない私のためにヴォルが馬車を用意してくれた。
誰かに乗せてもらえれば、と言ったが途中場合によっては野宿になるかもしれないし、体力も使うだろうから、ということだった。
とてもありがたいが、至れり尽くせりな環境で自分が怠け者になってしまいそうで怖くもある。
「んー……空気が美味しい……」
馬車を停めていたところにつき、そんな呑気なことを言いながら伸びをすると、ふいにざわめきが聞こえてきた。
もうすっかり以前の日常を取り戻したマイザーは、ここが街の端っことはいえ朝から人通りが多いのだが。
「なんだ、あれは……」
誰かの声につられて振り返る。
視線の先には高い木の上に、黒い影が群れていた。
カラス――いや、違う。
羽音も鳴き声もない。ただ“そこにいる”。
その中心に、ヴォルが立っていた。
(……ヴォル?)
木の上だというのに、足場なんてないみたいに自然に立っている。
黒い鳥たちが、まるで主を囲うみたいに集まっていて、思わず喉が鳴った。
ヴォルが一羽の嘴に触れた、その瞬間。
影が、ふっと霧みたいに跡形もなく消えた。
……最初から何もなかったみたいに。
ぞくりと背筋が冷える。
次の瞬間には、もうヴォルは地面にいた。
音もなく。
何事もなかった顔で、お兄様の地図を覗き込んでいる。
「ジーク、この道はやめた方がいい」
「そうか……何かあったのか?」
「先日の雨で土砂崩れ。道が塞がってる。あと……」
そこで、ヴォルがちらりと私を見る。
一瞬だけ。
意味を探る前に、視線は逸らされた。
そこから先は小声で聞き取れない。
(……今、私を見た?)
胸の奥が、妙にざわついた。
「少し逸れるけど、使われてない道がある。人も少ないし、時間も大して変わらない」
「じゃあ、そちらにしよう」
そんなことを話している2人は人々の視線を集めていることに気づいているのか。
流石にお兄様とサイラス様は拠点以外では髪の色を変えているが、この3人は見目がすこぶる良くとにかく目立つ。
女性患者たちも、こんな田舎ではお目にかかれないわ!こんなかっこいい人たちは!や、私は誰を応援するわ!などと騒いでいたが、本当にそう思う。
私でも覚えようと思わなくてもわかってしまうほど圧倒的なのだ。
でもお兄様とサイラス様は置いておいても、ヴォルは目立ちたくないだろうに。
「見目がいいのも大変なのね……」
その様子をみていた私は頬に手を当ててため息をついた。
「……とても他人事だけど、自分も当てはまるってわかってる?」
「え……?」
「自覚がないところも可愛いけど、無防備すぎて本当に心配だよ、こっちは……」
「もう、揶揄わないで下さい!そう思ってるのは百歩譲ってサイラス様だけですよ!」
「本当にエリーは……」
サイラス様が呆れたように溜息をつきつつ、仕方ないな、といいながら笑っている。
その笑顔は私の後ろから女性の黄色い声が聞こえるほどの破壊力があり、ドギマギしてしまう。
再会してからというもの、ことあるごとに可愛い可愛いと言われ、サイラス様のその言葉には慣れつつあると思っていたのだけど。
しかし私は髪色の影響が大きいとはいえ、この見た目で親から自身を否定され続けてきたのだ。
ちゃんと自分のことはわかっている。
そんな注目を浴びている中、道筋が決まり出発することになった。
そのとき、遠くから叫んでいるような声が聞こえた。
「聖女様!!もう行ってしまうなんて!!」
「みなさん!お元気で!本当にありがとうございました!!」
「聖女様たちのことは忘れません!!」
私たちが出発することに気づいた元患者たちが、慌てて見送りにきてくれたようだ。
それにしても、こんな街の端の方とはいえ、『聖女様』とか叫ぶのは全力でやめてほしい。
何も知らない街の人たちも「聖女様……?」とざわついている。
そのあとは少し別れの挨拶をしたり、みなさんから贈り物の食べ物をもらったりして、少し後ズレしたが予定通り出発した。
しばらく街道を進み、お昼になった。
「そろそろお昼にしよう。少し周囲を見てくるからここにいてくれ。サイラスは火を起こしておいてくれ」
「……もう雨降るよ」
「そうか。それならでかいあの木の下にでも……」
お兄様はサイラス様に指示をだしてから、ヴォルと歩いて行った。
少しの雨くらいなら魔法でどうにかなると。魔法ってすごいなとしみじみ思っていると、ポツポツと雨音が聞こえてきたため馬車から顔をだして空を見る。
「ついに降ってきてしまいましたね」
(え……)
いつの間にかアルゴさんが馬車の横にいた。
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