間話⑤ 少し前のあの子
エリザベスが出て行った数日後あたりの話です。
ミリア視点になります。
私は物心ついたころには路地裏にいた。
そんな私を拾ってくれた彼は『君はこの世界のヒロインなんだよ』と、私にすべてを教えてくれた。
あまり年も離れていないのに彼はとても立派な方で。
最初は感謝と尊敬だったと思うけど、それはいつしか恋に変わっていった。
それも当然だと思う。
彼は私を大事にしてくれたし、路地裏での生活から一変したすべてを与えてくれた人なのだから。
中身だけではなく、見た目もとてもかっこいいのだ。
週に1度くらいしか会えなかったけど、私に綺麗な家と食事をくれた。
そしてお世話兼教育係もつけてくれた。
私は会える日を楽しみに日々、勉強も何もかも頑張ったの。
だがあの方は想っている人がいるようで、私のことは眼中にない。
その人のことを話すとき、彼女を思い出してか雰囲気も柔らかくて目にも熱がこもっている。
その相手もおそらく彼と同じ転生者なのだと言っていた。
(ずるい……)
彼にこんなに想われて、しかも彼と同じということが。
ひどく嫉妬してはいたが、それでも最初はそれでかまわない、私は彼がいてくれるだけでいい、そう思っていた。
それでも、だんだんとそれじゃあ満足できなくなってきて。
嬉しそうな彼からあの女の話を聞くたびに嫉妬心が膨れ上がっていく。
それでも彼は常々私にこう言った。
『この世界は君のためにあるんだよ』と。
それなら、貴方が欲しい。
貴方を私にください──
何度も口から出かかって、なんとか堪えた言葉。
あの方は自分のことを転生者だと言った。
違う世界だがこの人生の前に生きていた記憶があると。それでここの世界のことを少し知っていたとか。
だから私のことを知っていて、お願いがあってここに連れてきたのだと。
『だがまだその時ではないから、もう少し待っていてね』
『私は貴方様のためなら何でもできます!』
だからいつか私を選んでください──
その言葉もやっぱり口からはでなかったけれど。
◇◇◇
そんな日々を過ごしていたある日。
その日は突然やってきた。
「……ミリア、前から言っていた仕事だ。……やり遂げてくれるね?」
「はい!任せてください!!」
やっと彼のお役に立てる時が来た。
元気いっぱい、気合十分で返事をした私を、うん、いい子だねといって髪を撫でてくれた。
それから私は指示通りに動いた。
本当にそんなことが起こるのか、という疑っていたわけではないが、自信がなかったことも全て彼が言っていた通りに起こったのだ。
それからはとんとん拍子だったのだけれど──
ハルと名乗った多分この国の王太子は1度会っただけでそれ以降会えていない。
このままでいいのか、そう思っていたときだった。
あの方から手紙が届いたのは。
「ふん、ふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いながら、とん、ととん、とステップを踏むように、少女は軽い足取りでの薄暗い廊下を歩いていく。
久しぶりの手紙。
指令書のようなものかもしれないが、それでもとても嬉しい。
彼と私が繋がっているという証拠だもの。
ただ読んだ、後燃やさなければならないのは嫌なのだけど。
早く部屋に戻って読まなければ。
そう思っていたときに、水を差すように声がかけられた。
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「……お客様?今日はそんな予定……」
「──……っ!!ミリアっ!!」
「あなたは……」
叫び声にも似た、怒鳴り声のほうをみると、そこには私と一緒彼に孤児院に預けられ、確か今はあの女の侍女をしていたはずのエレナがいた。
この女は私同様、彼を慕っていたこともあり、仲は良くなかったのだが。
「……エレナ?どうしたの?」
「わ、私、サイラス様……ぅっ、あのお方に……ぅぁぁっ」
なんともよくわからない。
それでも私とエレナが繋がっていることが周りにばれるのはまずいと咄嗟に思う。
すぐさま自室に連れて行き、話を聞くことにした。
そしてなんと、聞けばエリザベスがいなくなり、ジークとサイラスが来てその2人も去っていったあと消息不明とのことだった。
そんなことは彼から聞いた話にはどこにもなかった。
すでに彼には報告しているようだが。
そのあとも泣きながら話している内容は要領を得なかったが、どうやらサイラスと結婚するつもりでいて振られたようだ。
彼のことが好きだったのに、気が変わったのか。
未だに泣きじゃくっているエレナに、同情なんてできるわけもなく。
彼のために動けないのなら、ここにいる価値なんてないのに──そう冷めた目で見ていた。
しかしそこではっと気が付いた。
エレナの突然の来訪、タイミングのいい手紙。
(もしかして……)
急いで手紙を開ける。
『エレナが行くだろうから一度一緒に一度帰還するように』
要約するとこんな内容だった。
(彼に会える……!)
一番最初に思ったのは、そんなことで。
しかしここで問題が頭をよぎる。
今や伯爵令嬢となった私はそこまで自由に動けるわけでもない。
どうしたものか、と考えていると、ドサッという音が聞こえた。
その方を見るとあのお方が送り込んでくれた、今は私のメイドをしているモナがいた。
そして彼女の横には静かになったエレナが倒れていた。
「……え?」
「ミリア様、お早く。もう裏手に馬車を用意しております。私がその間、影武者をつとめますので──」
そう言ってテキパキとエレナをどこから現れたかわからない男に渡し、茶色のウィッグを被った。
呆気に取られている間にもあれよあれよという間に馬車に詰め込まれ、気づけば彼がいる屋敷にいた。
でもその事実に気づいてしまうと胸は高鳴る一方で。
(やっとお会いできる……!!)
私たちをここまで連れてきてくれた男に促されるまま、ある扉の前までついていく。
その扉をノックすると、恋しくて仕方がなかった彼の声が聞こえた。
逸る気持ちをどうにか抑えながら、ゆっくりと部屋に入り、頭を下げる。
「……やぁ。久しぶりだね」
「お久しぶりでございます。お会い──」
「エレナ……君は失敗したね。……そんな子にはお仕置きが必要だ」
「そ、そんな!申し訳うぐっ……んー!」
少し怒りを感じる声が聞こえ、彼が手を挙げたと同時に、エレナはここまで案内をしてくれていた男に猿轡をはめられ、真っ青な顔で連れていかれてしまった。
そんな光景をみても、私の心は揺るがない。
むしろ、彼の役に立てなかったことの方が腹立たしかった。
彼の指令通りに動かないのが悪いし、そもそも心変わりするようなやつは信用できない。
「ミリア」
「はいっ!」
やっと読んでくれた私の名前に、ドレスのスカートを靡かせくるりと振り向く。
私の表情は、まさに恋する乙女そのものだと思う。
「動じないね、ミリアは」
「もちろんです。私はただ貴方様のために動くだけですから」
「そう。心強いね」
私は熱を帯びた眼差しを向けるも、いつものことながら流されてしまう。
「……私が、貴方様を誰よりも幸せにしてみせます!」
(だからあの女じゃなくて私を選んで……!!)
私の言葉の本当の意味をわかっているはずなのに。
それをわかったうえでしれっと流され、いつも通りの笑顔をみせてくる。
「……ありがとう。じゃあちゃんと、言うこと聞けるね?これからのことだけど──」
そう言って計画を変更することと、私に今後の新たな指示をだした。
「──わかりました。全て上手くやってみせます」
「ふふ、ミリアはいい子だね。私のためならどんなことでもしてくれる……今回のことはミリアの管轄外だから仕方ないけど……失敗は許さないよ?」
「もちろんです!」
(……失敗は許されない)
本気だと伝わってくる声音で言われ、背筋に冷たい汗が流れる。
それなのに、胸は熱くなっていた。
──必要とされている。
それだけで、十分だった。
しかし彼はそんなことを知ってか知らずか。
子どもを褒めるように私の艶やかな明るい栗色の髪を撫でながら、満足げに微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます!
話を区切るのが下手すぎて間話の入れるタイミングなど申し訳ないです……




