35、本来の力
(私は——聖女なんかじゃない)
ただ、償いたいだけなのに。
そして聖女だなんだと言われて思い浮かぶのはミリア。
今どうしているのか。
——そういえば前回は、今頃出会っていたはずだ。
そんなことに思いを馳せている間にも、患者たちが、我先にと押し寄せてくる。
「そこまでにしてくれ。サラは所用があるため、ひとまず後にしてくれるか」
困っている私を見かねたのか、サイラス様が私の前に出た。
そしてやんわりと人の流れを制し、私のことを連れ出してくれた。
彼は朝からずっと私の隣にいる。
目が合うたびに嬉しそうに微笑まれ、どきりとしてしまう。
(側にいるってこういうこと……?)
こんな横にずっといるとは思っていなかったため、いまだ困惑の方が大きい。
「そばにいる」という言葉の意味が、どうやら私たちでは違うらしい。
ちなみにお兄様とヴォルは、先日ラルフさんが言っていたことを含め調査するそうで、顔だけ出してまた出ていった。
戸惑いながらも持て余した気持ちのまま考え込んでいると、気づけば院長室まで来ていた。
「ここは……」
「エリー、君は大丈夫だと言ったが、一度体を見てもらおう。……心配で仕方がないんだ。先日も倒れたばかりだし……お願いだ」
「はい……わかりました……」
あれを知恵熱と片付けるには、あまりにも様子が違っていた。
そこまで深刻そうにお願いしなくても、と思ったが、確かに自分から診察には行こうとは思っていなかったため、素直に頷いた。
院長は部屋にいて、回復した私を歓迎してくれた。
老後を静かに過ごすつもりだったらしいが、事情があってこの治療院を継いだそうだ。
王都で医者をしていた腕利きらしく、診察は的確だった。
しばらくすると、だんだんと深刻な表情になっていった。
「……サラさん、あなた……今まで普通に動いていて、何ともなかったんですか?」
「え、ええ……」
「……毒が体に残ってます」
「え……毒……?」
それは衝撃的な内容だった。
「毒はもう抜けかけているが……残滓がある。これまでの不調も、その影響だろう」
それも遅効性のもので、すぐに死ぬようなものではないそうで。
——それが、今までの不調の正体だった。
私の病気に関しては、魔力量の多い子供に多い症状で、発散できず命を落とすこともあるらしい。
私も魔力量は多いのに魔法は全く使っていなかったから、それも間違いではないようだが。
「……殺すようなものではなさそうだが……おそらく、体内の聖属性の魔力が抗ってくれていたのだと……だから聖属性の魔法に関しては本来の半分も使えていなかったんじゃないかと思う」
「そんな……」
「でも毒ももうほぼ解毒できているから、本来の力が使えるはずだ。試してみると良い」
「わ、わかりました……」
「今はその他には心配はなさそうだ。魔法も使うようになって循環も問題ないよ」
最後にはにっこり笑って問題ないと言ってくれた。
それにはホッとしたものの、『毒』という不穏すぎる単語が頭から離れない。
しばらく呆然としてしまうも、院長はそんな私に落ち着くまでここにいるといい、と言ってお茶をいれてくれた。
そして今日の診察に行ってしまった。
「エリー……必ず、犯人を見つけ出す」
「サイラス様……」
呆然とした私よりも辛そうな顔で、サイラス様は絞り出すように言った。
(……思い当たる人は、ひとりしかいない)
それでも——その名前を口にするのが、怖かった。
「……おそらくこの件は、裏に誰かがいる。それを必ず明らかにする」
私の思っていることがわかったのか。
前回のことで私にまだ話していないことがあるのか。
サイラス様は確信を持っている様子だった。
「わかりました……でも、無理はしないでくださいね」
「ああ。必ず守る」
まっすぐ私を見つめサイラス様はそう言った。
◇◇◇
──そしてお昼過ぎ。
いつもなら透析のようなことをしたり、魔石を使って実験したりするのだが。
先ほどの院長のお話から、治癒魔法の威力を確認するために重症患者の部屋に来た。
この部屋の人たちは、最初は幻覚などの症状から暴れることも多かったので、ベッドに縛られることもあった。
今ではそれも必要ないくらいには回復してきているが、いまだに寝たきりの人もいる。
「エリー、無理はせずに。まぁ何かあっても俺が助かるが……」
サイラス様はいつも以上に心配そうな顔をしている。
まだ起きたばかりだから今度でも、といいながら、先ほどの様子が嘘かのようにおろおろしている。
「大丈夫です、無理はしません。今の自分ができる範囲がどれくらいか知りたいんです」
「……わかった。では俺は見守ってる。何かできることがあれば、言ってくれ」
意識がない患者さんの前でしばらく様子を観察し、魔法の前後で変化がわかるようにした上で、思い切り魔力を込めてみた。
すると、視界が白に焼き潰されるほどの光が爆ぜ、部屋を明るく照らす。
——空気が震えた気がした。
(たしかに、今までより威力は上がっているかもしれない……)
これまでは最初にこれくらいかと認識できた程度の魔力しか使っていなかった。
その中で試行錯誤していたわけだが。
光が収まった時、患者さんを改めてみると、赤い斑点は全て消えていた。
そして目を覚ましたところを見たことがなかった、固く閉ざされていた目がゆっくりと開いた。
(?!)
「ここは……?」
患者さんは自身の状況がわかっていないようだった。
今の状況と、実験のようで申し訳ないが治癒魔法をかけさせてもらったことを謝罪しつつも話す。
するとだんだんと記憶が戻ってきたのか、涙を流しながら感謝された。
それでもまだ完治したかわからない、と院長の診察を受けるようにお願いした。
しばらくして話を聞いた院長がきて診察をしてくれたが、意識を失っている間の水分や栄養不足を除けば健常者と変わらない、との太鼓判を押された。
患者さんだけではなく院長からも泣きながら感謝されて、私はその感謝をどう受け止めればいいかわからない。
それでもそんな私を見てか、サイラス様は何故か嬉しそうで。
その顔が素直に喜んでいいんだよ、と言っているような気がして。
胸の奥が熱くなり、視界が滲む。
サイラス様の喜びが、私にも伝わってくるようで。
——こんな感情を、私はまだ知らない。
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