32、依頼だから
サイラス様はにーっこりと笑っていた。
いつか見た、見本のような笑顔ととてもよく似ている。
目が笑っていないところも同じだ。
お兄様はサイラス様の隣で驚愕の表情で真っ青な顔になっている。
そして小声で私にそっと言った。
「おそらく、心の声が漏れているぞ……!」
「え!?」
「……エリー、あとで2人で話す時間をもらえるだろうか?」
「は、はい!もちろん!」
「ありがとう。とても嬉しいよ」
私にはハイかイエスかの答えしかないことを感じた。
拒否は許される空気ではない。
もちろん、嫌なわけではないのだけど。
「そ、それで、私が死んだ後は、何があったんですか……?」
「あ、ああ、そうだな!サイラス、話してくれるか」
「……わかった」
話題を逸らしたくて咄嗟に出た言葉だったが、お兄様も加勢してくれて無事軌道修正ができたようだ。
サイラス様は思い出したくもないが、と言いながら暗い顔をして話してくれた。
私が処刑されたとき、ちょうどサイラス様も広場についたタイミングだったそうだ。
そしてそのとき、おそらくお兄様にかかっていた魅了魔法が解けたようで。
サイラス様はそこらへんの記憶は曖昧な部分も多いようだが、お兄様は私を失ったことが相当堪えていたそうだ。
そして、サイラス様が集めた証拠で私の名誉回復、ミリアの王族侮辱や私の罪を捏造したことなどを断罪したようだ。
(まさしくヒドインみたいな末路だわ……)
私がそんな呑気なことを思っている中でも話は進んでいく。
私のお墓にその報告に行ったとき、時間が巻き戻ったそうだ。
そしてサイラス様が急いで私に会いに行こうとして今に至る、と。
話を聞き終わり、ここでやっとヴォルが口を開いた。
「……どうして。姫さんは時間が戻って、自分が生きてることがわかった。それでなぜここに来たのさ」
「え?」
「話を聞くに、時間が戻ったんでしょ。信じがたいけど。そして伝染病が流行ってるとわかった上でここに来た。それは何で?」
「……私は、誰かの役に立ちたかったの」
簡単に言ってしまうと、贖罪云々言っているが、つまるところそういうことなのだ。
ただこれ以上お兄様方にショックを与えたくなくて、贖罪などの言葉は省いて出た言葉だったのだが。
「……自分の命を捨てるような人間を守ることなんてできない」
「ヴォル……?」
「ジークの依頼があったから、姫さんのそばにいたけど。それももう終わりだ」
ヴォルが急に冷たい目で私を睨みつけるように見つめる。
怒っているだろうことはなんとなくわかるが、何が逆鱗に触れたのかわからない。
立ち上がったヴォルを、お兄様は厳しい声で呼び止める。
「ヴォル!お前何を──」
「受ける依頼を選ぶ権利くらいは、俺にもあるはずだ」
冷たく言い捨てると、そのまま姿を消してしまった。
いきなりのことで驚くも、それはお兄様も同じだったようで。
サイラス様は呆れたように溜息をついた。
言葉を失ってしまいしばし静寂が訪れる。しかしひっかかる言葉があった。
「……依頼?」
「……それは、俺が言っていたんだ。エリザベスの調査と、見守って何かあれば助けてあげてほしいと」
『俺は仕事以外、手を出さない主義なんだ』
ふいに、あの言葉を思い出す。
……胸の奥が、少しだけ痛んだ。
「……エリー、何でマイザーに来た?何か、理由があるんだろう?」
「えぇと……」
サイラス様は気を取り直すように問いかけてきた。
私は伝染病を拡散させないこと、前回の記憶から小麦の風評被害と物価上昇のことを伝える。
「だから、伝染病を拡散しないように力になれればと思ったのだけど……ラルフさんの話を聞くとそれだけではなさそうで……」
「うむ……それはまた調べてみる必要があるな……ヴォルは引き受けてくれるだろうか」
「大丈夫だろう。あいつは恐らく……いや、まぁいい。あとで伝えておく」
「頼んだぞ、サイラス」
(ヴォル……)
いままであんな冷たい目をして私を見たことはなかった。その冷たい目が頭にこびりついて離れない。
「ひとまず一通り話終わったし、もう今日は遅いからおエリザベスも目を覚ましたばかりだし……治療院は明日からでいいと院長には確認をとっている」
「はい、わかりました……」
気がつけば、目を覚ましたのはお昼前だったはずなのに。今はもう日が暮れそうになっている。
「……エリー、疲れているかもしれないが、夕食後に少し時間をもらえるか?」
「え……?あ!はい、わかりました」
サイラス様がそう言ったため、先ほどの件だとすぐにわかった。
それよりも今はヴォルの方が気になった。
サイラス様とお兄様が夕食を作ってくれるという間に、ヴォルを探すことにした。
家の中にはいなかった。
胸騒ぎに押されるように外へ出る。
静まり返った庭の隅、塀の影に──人の気配。
それは見慣れた、忘れようのない気配だった。
……消しているつもりでも、私にはわかる。
(……いた)
転移で隣に立つと、ヴォルは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。
まるで最初から、私なんていなかったみたいに。
「ヴォル。少しでいいから、話をさせて」
返事がなき代わりに、小さな包みを破って中身を口に放り込む。
甘い匂いが、かすかに漂った。
「イライラするときは甘いものよね。私と同じ」
「……っ」
喉が詰まったみたいに、彼の動きが止まる。
その隙に、私は声を絞り出した。
「見守ってくれてたのは、本当?」
「別に。依頼だから。それだけだ」
淡々とした声だった。
それだけなのに、胸の奥がちくりと痛む。
──仕事。ただの依頼。
……わかっていたはずなのに。
言葉が見つからず、沈黙が落ちる。
隣にいるのに、やけに遠い。
手を伸ばせば触れられるはずなのに、届かない。
その静けさの中で、ふいにヴォルが口を開いた。
「──どうして」
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