31、俺が好きなのは
「……俺がミリアのことを好きだったことなどない」
何かを押し殺すように、サイラス様はゆっくりと言葉を絞り出した。
「それは、前回も……?」
「っ……前回も!!!一度もだ……!一瞬たりとも、そんな感情は抱いたことはない!!俺が好きなのは……!!」
言葉が途切れたまま、ただ私だけを見つめる。
どこかすがるような、熱がこもっているような感じがするのは気のせいか。
そういえば、エレナがサイラス様と手紙のやりとりをしていると、婚約すると言っていた。
小説の内容に気を取られてすっかりミリアだと思っていたが、エレナだったのか。
しかし、この目は──
しばらく私とサイラス様は見つめ合っていたが、ごほんっと咳払いが聞こえた。
その方をみるとお兄様で、何やらかわいそうなモノでも見るような目でサイラス様を一瞥したあと、気を取り直して言った。
「その……俺も……間違いなくサイラスも、ミリアを好きだったことはない。前回に関しては俺はわからないが……れ、恋愛的な意味での好意はなさそうだと、サイラスの話から推測できる」
「そう、ですか……」
お兄様はこの手の話には慣れていないのか、なんだか照れつつも言い切った。
それでは小説の通りではなかったということか。
確かに魅了魔法なんて書いていなかった。
でもそれなら隠さなくてもいいから話しやすい。
それなら魅了魔法とはどういうものなのだろうか。
それが顔に出ていたのか、サイラス様が話してくれた。
「魅了魔法は……調べたところによると、好意を増幅させるもののようだ。愛する人がいる者には効かない。ただ異性にはそれが効きやすいという厄介なもので、ジークはその友人としての好意を利用されたみたいだ」
「なるほど……」
たしかに、私もミリアには好意を持っていた。
初めての友人だと思っていた人だから、比較対象はいないけれど。
今思えば、途中から急激にその好意が大きくなった気もする。
でも今の話を聞いたからそう思うだけかもしれない。
とりあえず、魅了魔法についてはもう少し考える必要がありそうだ。
「……それは失礼しました。これから先の話をするにあたって、確認だけしておこうかと思っただけだったのですが……」
「確認?」
「はい。……おそらく、これからの話は好意を持っているのであれば、不快な内容かと思いましたので……」
「……先ほども言ったように、俺たちのことは気にしなくていい。エリザベスが話したいことを話してくれればいいんだ」
「……ありがとうございます。では、あの日…… ──」
その言葉からは、私のことを思ってくれているのが伝わってくるもので、私を安心させるものだった。
その言葉に甘えて、あの日捕縛されたところから、包み隠さず話すことができた。
◇◇◇
一通り話し終わると、その場はしんと静まり返っていた。
そっと様子を見ると、真っ青な顔でお兄様は思いつめたように若干俯きつつも、泣くのを耐えるような表情をしている。
サイラス様は俯いて表情が見えないが、膝の手で握りしめている手が震えていることがわかる。
そしてまた家具がカタカタ音を出し始めた。
「!?あの、どうし──」
「──ぃ……」
「……え?」
「許せない……何より、そんな思いをエリーにさせた自分が……!その上で、あの女が……!!俺なら……俺なら!エリーを最悪な状況から救うことができたはずだったのに!!」
顔を上げたサイラス様は眉間に深く皺を刻んで、目には涙がたまっていることがわかる。
前回のことを本当に悔いてくれていることが伝わってくる。
「いいんです、私──」
「いいわけないだろう!!エリーが……」
「そうだ。そんな一言で片づけてはいけないことだ」
サイラス様がなお言い募ろうとしたところで、お兄様は口を開いた。
「サイラス、ひとまず落ち着くんだ……そしてエリザベス……これから、償わせてほしい……俺は留学していたと言ってもサイラスがいたから一人ではなかった。なのにエリザベスはずっと一人で……手紙も、届いていなかったし……」
「……手紙ですか?」
「ああ……少なくとも、月に1度は送っていたはずだ。それをエレナとかいうあの侍女が……」
「え……?」
「……ここに来る前、お前が住んでいたはずの離宮に最初に行ったんだ。そこにはその侍女しかいなくて……サイラスが少し強引に問い詰めたところ、白状したんだ。俺とサイラスからの手紙を渡さずに保管していたと」
「そんな……」
胸の奥が、ひどく冷えた。
エレナは私がお兄様やサイラス様からの手紙を心待ちにしていることを知っている唯一の人だった。
時折、手紙がないのか聞いていたから。
私が待っていることを知っていながら、そんなそぶりも見せずに裏では笑っていたのだろうか。
あまりの衝撃にうつむいたままでいると、今度はサイラス様が話し始めた。
「……あのエレナとかいう女は恐ろしい。ミリアと同じくらいに。俺が書いていた手紙の「エリー」というところを自分のことだと思って読んでいたというんだ。……何をどう考えたら俺があの侍女に手紙を書くことになるんだ。意味が分からない」
「どういう、こと、ですか……?」
理解できないという顔をして、サイラス様は疲れたようにそう言った。
その言葉にゆっくりと顔を上げた私に、サイラス様は離宮でのやりとりを教えてくれた。
エレナはなんと、サイラス様は私との婚約を破棄して、エレナと婚約すると思っていたそうで。
それも、私宛の手紙を自分宛だと思い込んでいた挙句、手紙を勝手に開封して読んでいたそうだ。
何でも「エリー」というサイラス様しか使わない私の愛称は自分のことだと言い張ったとか。
ちなみにお兄様からの手紙は、国王夫妻に私には渡すなと言われていたらしく、それはそれで保管していたらしい。
「いままで書いた手紙は念のため持ってきた。しかし不要であれば捨て──」
「いえ!ぜひ、読ませていただいても、いいでしょうか……?あの、時間があるときにでも読ませてください……」
お兄様からの申し出に、食い気味で返事しながらも後半はだんだん声が小さくなってしまった。
それでもお兄様は、今更なもので少し気恥ずかしいが、と言いながら2人分の手紙の束を私に手渡してくれた。
亜空間収納袋に入っていたらしい。
その手紙を両手で思わず抱きしめてしまった。
——届いていなかっただけで、本当はずっと繋がっていたのだと知って。
目から涙が溢れてくる。
今日一日で涙腺がもろくなってしまった気がする。
そんな私をお兄様もサイラス様も優しい眼差しで見つめてくれていた。
でもそれじゃあサイラス様は──
形ばかりの婚約なのではないかと思っていたけれど、エレナの話を聞くに違うことがわかる。
(浮気をしていたわけではないということ……?)
脳裏に浮かんだのは前世のお母さん。
シングルマザーで苦労していた。
それも私の記憶にはあまりない、浮気したお父さんのせいで。
お母さんが私には見せなかったが、悲しい思いをしていたことを知っている。
形ばかりの婚約でも、お互いを尊重しあっていいパートナーとなれるならと思っていた。
(それでも浮気をするような人とは、形だけの婚約でも解消すべきだと思ってたのだけど……)
ちらりとサイラス様の方を見た、その瞬間、視線がぴたりと合った。
にこりと微笑んでいるのに──
逃げ場を塞ぐみたいに、逸らさせてくれない。
(……どうして、そんな顔をするの……?)
背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
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