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転生逆行王女の終活 〜悪の王女は二度目の人生で贖罪を選ぶ〜  作者: はな


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2、聖女の仮面



 次に目を覚ますとそこには光が溢れていて、感じたのは激しい痛みだった。


「…うっ!!」


 私の髪は、藁のようにくすんだ色をしている。

 代々、輝く金髪を受け継いできた王族の中では、それは欠陥品の証のような色だった。


 それでも、エレナがいつも丁寧に手入れをしてくれていたから、昔はさらさらと指通りのいい髪だった。


 けれど今は違う。

 埃と汗でべとつき、絡まり、かつての艶はすっかり失われている。


 その髪を無造作に鷲掴みにされ、私は地面を引きずられるように連れていかれていた。


 抵抗する力も残っていない。

 処刑台へ引き立てられているのだと気づいても、ただされるがままだった。


 投げつけられた石や瓶が、痩せ細った体に当たる。

 鈍い痛みだけを残して、足元へ転がり落ちていった。



「こいつらが全ての元凶だ!」

「殺せー!!」

「悪の王女を早く殺せー!」

「許すなっ!こいつらは悪魔だ!!」

「悪の王女め……!」


 そんな罵声が、絶え間なく耳に突き刺さる。


 不思議なことに、お父様やお母様よりも──私に向けられる憎悪のほうが、ずっと強かった。


 捕縛されてから、まともに食事も与えられていない。

 着ている服もぼろぼろで、薄汚れ、みすぼらしい姿のままだ。


 けれど。


 広間に集まった人々の姿を見て、私は思わず息を呑んだ。


 彼らもまた、私と大して変わらない。

 同じようにやつれ、疲れ果て、貧しい身なりをしていたのだ。


(破滅……そういう意味だったのね)


 お兄様の言っていたことがようやく実感を伴って理解することができた。

 こうなるまで本当の意味で理解できなかった自分に心底呆れてしまう。


 ふと気づくと、今では聖女と言われているミリアが近くに立っていた。


 彼女は、時折私の離宮まで遊びに来てくれていた、唯一の友人だった。

 聖属性の魔法を使えることを見込まれ、伯爵家に引き取られた元孤児の伯爵令嬢だ。


 教会にも所属し、奉仕活動に追われる日々を送っているらしく、会うたびに「忙しい」と笑っていた。


 騎士たちは、処刑台の板に首を固定するため、無理やり私を立たせた。

 その前に立ちふさがるミリアを見て、「危ないです」「下がってください」と慌てて声をかけている。


 しかし彼女は、にっこりと微笑んだ。


「最後に二人で話させて」


 そう言われ、騎士たちは渋々従い、私を台の上に転がすと、その場から離れていった。


 ……せめて最期に会えてよかった。


 そう思いながら、私はミリアの顔を見る。


 すると。


 今まで一度も聞いたことのないほど冷たい、それでいて――どこか嬉しさを隠しきれていない声が、耳元に落ちてきた。


「あぁ……惨めね。臭くて、汚くて……ほんと、あんたにお似合いよ」


 くすくすと喉を鳴らす。


「やっと死んでくれるのね。長かったわぁ……本当に」


 甘ったるい声が、耳元にまとわりつく。

 にっこりと、聖女の微笑みのまま言葉を続けた。


「あんたのあることないこと悪い噂を広めたのは私。みんなバカみたいに、私の言うことなら何でも信じてくれるんだもの。聖女って呼ばれるのも、案外悪くないわ」


(転生者……?それは何?)


 ミリアは、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。

 その微笑みは、誰が見ても“聖女”そのものだ。


 なのに──口から零れる言葉だけが、あまりにも醜い。


 あまりの乖離に、理解が追いつかない。

 私はただ目を見開いたまま、彼女を見つめ返すことしかできなかった。


 猿轡を噛まされているせいで、声も出ない。

 どういうことなのか、問いただすことすら許されない。


 それでもミリアは、聖女の仮面を崩さないまま、私の表情から言いたいことを読み取ったらしい。


 一瞬だけ驚いた顔を見せ──すぐに、何事もなかったかのように、また語り始めた。


「……え? 転生者じゃないの?……まぁ、もうどうでもいいことだけど」


 一瞬だけ、きょとんと目を丸くするも、すぐに興味を失ったように肩をすくめた。


「最後だから、教えてあげる」


 そう前置きして、唇がゆっくり歪む。


「この世界は、私のためにあるの……あんたを初めて見たときから、ずっと殺してやりたかった。本当は視界にも入れたくないくらい、あんたが大嫌いなんでも恵まれているくせに、自分が一番不幸ですって顔して……本当に不快だった」


 吐き捨てるような声だった。


「だから、あんたの全部を奪って、壊して、とてつもない苦痛の中で、ぐちゃぐちゃにして殺してやりたかったの」


 そして、にたりと笑う。


「……まさに、今この瞬間みたいにね」


 ミリアの口元から、堪えきれなかったように、ふふっと笑いがこぼれた。

 そして、この瞬間をずっと待ち望んでいたかのように、心底楽しそうに笑う。


 その表情はあまりに場違いで、背筋が寒くなるほどだった。


 けれど、誰もそれに気づかない。

 広場の喧騒にかき消され、さらに彼女の顔は民衆から死角になっている。


 その歪んだ笑みは、私にしか見えていなかった。

 くすくすと喉を鳴らしながら、楽しげに続ける。


「最後はね、私が持っていた毒を侍女に渡して──それを私のお茶に入れるよう指示したのよ。あ、もちろん飲んでなんかいないけど。侍女には、“あんたの指示だった”って言わせておいたわ」

「……っ!」

「もちろん、その毒はあなたの部屋の、いちばん見つかりやすい場所に隠したわ」


 そう言葉を重ねるミリアを、私は信じられない思いで見つめていた。

 残った力を振り絞って身を捩ったが、それはかすかな身悶えにしかならない。


 ようやく理解した。

 ミリアは最初から、私を利用していただけだったのだ。


 そして──

 『聖女を殺そうとした』とお兄様が言っていた言葉の意味も。


 あれは、このことだったのだ。


「あんたに味方なんているわけないでしょ?どこまでいってもあんたは1人ぼっちよ。これでさようならね。あの世で友達がいないことを悔いればいいわ。バイバイおバカなお姫様」


 ことの真相を話し終えたミリアは立ち上がり、処刑台から離れて自分の席へ戻った。

 そして次の瞬間には、何事もなかったかのように、悲しみに満ちた“聖女の顔”を作っていた。


「親友だと思ってたのは私だけだったかもしれないけど……もう会えなくなると思うと胸が張り裂けそう……」


 毒を盛られたにも関わらず悪の王女を赦した聖女──そう称えられるミリアは、顔を手で覆い、肩を震わせていた。

 けれど今ならわかる。あれは悲しみではない。抑えきれずに零れそうになる喜びを隠しているだけだ。


 やがて彼女の傍らに、一人の男が寄り添った。

 私の兄であり、今回の反乱を主導した王太子ジークハルト。


 兄はミリアと何言か言葉を交わし、それから静かに私へ視線を向けた。


 昔は、あんなふうに並んで立つ相手は私だったのに。

 いつから、こんなにも遠くなってしまったのだろう。


 これが最後だと思い、私は兄を見つめ返す。

 視線が合った、その一瞬だけ──兄の目に、かすかな悲しみがよぎった気がした。

 けれど瞬きをする間に、それは消え、冷たい王太子の顔に戻ってしまう。


 気のせいだったのかもしれない。


 それでも思ってしまう。

 お兄様は、本当は優しい人だから。

 こんなこと、望んでいるはずがないのだと。


 まだお祖父様が生きていた頃、二人で庭を駆け回って遊んだ日々が、ふと脳裏に蘇った。


(まあ、私の願望かもしれないけれど)


 お祖父様が亡くなり、お父様が急きょ即位してから──すべてが、少しずつ狂い始めた。

 城の空気も、人の目も、兄の態度も。何もかもが知らないものに変わっていった。


 けれど私は、その変化を直視できなかった。

 怖くて、見て見ぬふりをして、ただ自分の殻に閉じこもった。

 向き合うことから、逃げ続けていた。


 もし、やり直せるのなら。


 そんな願いが胸をよぎる。

 けれど──もう遅いことくらい、痛いほどわかっていた。


「──この国を破滅に向かわせた者たちへの刑を執行する」


 無表情のまま、氷のように冷え切った声でそう言い放つ。

 そして次に、元国王夫妻へと視線を向けた。


 それは、血の繋がった親に向ける目ではない。

 情も温度も一切感じさせない、背筋がぞっとするほど残酷な眼差しだった。


「何を言っても無駄だとわかっているから結論だけ。お前らは死刑だ。生きていても害悪にしかならない」


 生まれて初めて王宮の外へ出た。

 その行き先が、まさか処刑場になるなんて思いもしなかった。


 そこで初めて知った。

 集まっている人々は、皆みすぼらしい服をまとい、疲れ切った顔をしていること。

 そして──私が『悪の王女』と呼ばれていること。


(私は、家族に認められたかった。愛されたかった……ただ、それだけなのに)


 たったそれだけの願いだった。

 それなのに、どうしてこんな結末になるのだろう。


 自分が間違えたのだということだけは、わかった。

 けれど、何を、どこで、どう間違えたのかは、もう思い出せない。


 何日もろくに飲まず食わずだった頭は働かず、思考は霧がかかったみたいに鈍い。

 身体もとっくに限界で、立っているだけで精一杯だった。


 後ろ手に縛られたまま、乱暴に腕を引かれる。

 足がもつれて、半ば引きずられるように処刑台の前まで連れてこられた。


 どうやら、最初は私らしい。


 もう抵抗する力は残っていなかった。

 膝から崩れ、そのまま台に押しつけられる。冷たい木の感触が額に触れた。


 逃げようとも、叫ぼうとも思えない。

 ただ、言われるがままに頭を置いた。


 その瞬間、不思議と胸の奥が静まり返る。


 今までの出来事が、途切れ途切れに脳裏を流れていく。

 幼い日の庭、笑っていた家族、離宮の窓辺、ミリアの笑顔。


 ──ああ、これが走馬灯というものなのだろうか。


 そして同時に、もうひとつ。


 この世界のものではない記憶が、ふっと浮かび上がった。


 魔法のない世界。

 代わりに科学が発達し、高い建物と眩しい灯りが並ぶ、まったく違う文明の記憶。


  え──


 ゆるゆると、目が見開かれる。


 記憶はぼんやりしていて、自分がどんな人生を送ってきたのかさえ曖昧だ。

 それでも、ひとつだけ、はっきりと理解できた。


 ──ここは、小説の中の世界だ。


 そして私は、その物語の登場人物のひとり。


 そうか。

 ……そうだったのね。


 胸の奥に、すとんと何かが落ちる。


 それならきっと、私はここで退場する役目なのだろう。


 ミリアのことだけはどうしても腑に落ちないけれど。

 けれど、私たちを処刑することが、これからのお兄様の治政に必要なのなら――それでいい。


 だから、恨んではいない。


(それに、どちらにしても私は……)


 どうせ、長くは生きられない身だ。


 それならせめて。

 お兄様に幸多からんことを──


 そんな祈りにも似た願いを胸に、そっと目を閉じる。


「……エリーっ!」


 不意に、誰かの叫び声が聞こえた気がした。


 私を呼ぶ声。

 必死で、縋るような声。


 けれど、それが誰のものなのか確かめるより早く、世界はふっと遠のき、意識は静かに途絶えた。


読んでいただきありがとうございます!

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