2、バイバイおバカなお姫様
次に目を覚ますとそこには光が溢れていて、感じたのは激しい痛みだった。
「…うっ!!」
私の藁のようなくすんだ髪の色は、代々輝くような金色の髪をもつ王族にとっては欠陥品だった。
それでもエレナが手入れをしてくれていたためサラサラだった髪は、今はべとべとの埃まみれ。かつてあった艶は失われている。その髪を鷲掴みにされ引き摺られるようにして移動していた。
処刑台に登っていると気づいたが抵抗する力もなく、ただされるがままだった。体中に当てられる石やビンが痩せ細った体に食い込んで落ちていく。
「こいつらが全ての元凶だ!」
「殺せー!!」
「悪の王女を早く殺せー!」
「許すなっ!こいつらは悪魔だ!!」
「悪の王女め……!」
そんな言葉が耳に届く。不思議とお父様やお母様よりも私への憎悪が強い言葉が聞こえてくる。捕縛されたときから食事にも手を付けられずに、ぼろぼろの見窄らしい服を纏っていた。
しかしそんな自分達とあまり見た目が変わらない人たちが広間に集まっていることに気づき、息を呑んだ。
(破滅……そういう意味だったのね)
お兄様の言っていたことがようやく実感を伴って理解することができた。こうなるまで本当の意味で理解できなかった自分に心底呆れてしまう。
ふと気づくと、今では聖女と言われているミリアが近くに立っていた。
彼女は時折、私の離宮まで遊びにきてくれていた唯一の友人だ。聖属性の魔法が使えることで伯爵家の養子になった元は孤児の伯爵令嬢である。教会にも所属して奉仕活動をしており、いつも忙しいと言っていた。
騎士たちは処刑台の板に首を挟むために無理矢理立たされたエリザベスの前に立つミリアを見て「危ないです」「下がってください」と声を掛けている。
しかし彼女はニッコリと笑って「最後に二人で話させて」と言った。騎士が渋々ながらも私を台の上に転がしてから離れていった。
せめて最期に会えてよかった、とミリアの顔をみた。すると今まで聞いたことがないほど冷たく、しかし嬉しさが隠しきれていない声が聞こえた。
「あぁ……惨めね。臭くて汚くて……あんたにお似合いよ?……やっと死んでくれるのね、長かったわぁ……あんた、転生者でしょ?あんたが何もしなかったから大変だったんだから。あんたのあることないこと悪い噂を広めたのは私。みんなバカみたいに私のいうことなら何でも信じてくれるんだもの。聖女と言われるのも悪くないわ」
(転生者……?それは何?)
ミリアは慈愛に満ちた表情を浮かべている。その微笑みはまさしく聖女というような顔で。あまりの表情と言葉との乖離具合に理解が追い付かず、目を見開いて彼女を見つめる。
猿轡がかまされているため、どういうことか声にだして聞き返すこともできない。
ミリアは聖女のような表情を崩すことなく、私の表情から言いたいことを読み取ったようだ。少し驚いたような顔をしたが、それも一瞬で再び話し始めた。
「……え?転生者じゃないの?……まぁもうどうでもいいことだけど。最後だから教えてあげる。この世界は私のためにあるの。あんたを初めて見たときからずっと殺してやりたかった。本当は視界にも入れたくないくらいあんたが大嫌い。なんでも恵まれているのに、自分が一番不幸だとでも言いたいような顔をして……本当に不快だった。だからあんたの全てを奪って、壊して、とてつもない苦痛の中で殺してやりたかったの。まさに今この瞬間のようなね」
ミリアの口から耐えきれなかったのかふふっと笑い声が漏れ、この瞬間を待ちわびてきたとでもいうように明るく笑った。
そのちぐはぐなミリアの姿は、周囲の喧騒が大きいことと、ミリアの顔が民衆から死角になっているためか、周囲の誰にも悟られていない。
「ふふっ這いつくばっている姿をみると清々するわ。こんなに達成感があるものなのね。最後は私が持っていた毒を侍女に渡して、それを私のお茶にいれるように指示したのよ。あ、もちろん飲んでなんかいないけど。侍女にはあんたの指示でと言うように言っていたのよ」
「……っ!」
もちろんその毒はあなたの部屋の見つかりやすいところに隠したわ、と言葉を続けているミリアを信じられない気持ちで見ていた。残った力を振り絞り身を捩ったが、かすかな身悶えにしかならなかった。
わかったことは、ミリアは私を利用していたということ。そして『聖女を殺そうとした』とお兄様が言っていたことが、このことだったということ。
「あんたに味方なんているわけないでしょ?どこまでいってもあんたは1人ぼっちよ。これでさようならね。あの世で友達がいないことを悔いればいいわ。バイバイおバカなお姫様」
ことの真相を話し終えたミリアは立ち上がると処刑台から離れた自分の席に戻り、再び悲しみに満ちた表情を使った。
「親友だと思ってたのは私だけだったかもしれないけど……もう会えなくなると思うと胸が張り裂けそう……」
毒を盛られたにも関わらず、悪の王女を赦した聖女が顔を手で覆い肩を振るわせた。でもそれも今ならわかる。どうしても漏れてしまう喜びを隠すためのものだ。
そして、ミリアの傍には私の兄である今回の反乱の主導者である王太子のジークフリートが寄り添った。
何言かミリアと言葉を交わして私を見た。
昔はお兄様とも仲が良かったのに。いつの間にこうなってしまったのか。
最後だと思ってお兄様のほうをみると目があった。
その瞬間、お兄様の目には悲しみの色が垣間見えた気がしたが、瞬きをする間に冷たい顔に戻った。気のせいだったのかもしれない。
けれどお兄様もつらいのかもしれない。とても、優しい人だから。
本当はこんなことしたくないのかもしれない。
まだお祖父様が生きていたとき、2人で仲良く庭で遊んだことを思い出す。
(まあ、私の願望かもしれないけれど)
お祖父様が亡くなってお父様が急に即位したときから、全ては変わってしまった。
私はその変化が怖くて見て見ぬ振りをした。逃げてしまった。
もし、やり直せるなら。
そんなことを思ってももう遅いのはわかる。
「──この国を破滅に向かわせた者たちへの刑を執行する」
無表情で冷たい声でそう言い放ち、次に元国王夫妻に目を向けた。それは血の繋がった親を見るものではない背筋がゾッとするような冷たい視線だった。
「何を言っても無駄だとわかっているから結論だけ。お前らは死刑だ。生きていても害悪にしかならない」
生まれて初めて王宮から出た先がまさかの処刑場なんて思わなかった。
そしてそこで知ったのは、集まった人たちはみんな見窄らしい格好をしていたこと。そして私が悪の王女や悪魔だと言われていること。
(私は家族に認められたかった。愛されたかった……それだけなのに)
そんな願望がこんな大事になるなんて夢にも思わなかった。わかったのは私は間違ったということ。ただそれだけ。何が、というとはもはやわからなかった。
何も飲み食いしていない頭ではもう考えることも困難だった。身体も限界を迎えていた。
後ろ手に縛られたところを引きづられて処刑台の前に立たされる。私が最初のようだ。
抵抗する力ももう残っておらず、おとなしく処刑台に頭を置かれた。ここにきて、今までのことが思い起こされる。これが走馬灯というやつなのだろうか。
それと同時に、この世界ではない違う世界の記憶も頭によぎった。それは魔法はなく、科学の力で文明が発展している世界。
え──
ゆるゆると目を見開いてしまう。あまり鮮明に自分のことは思い出すことができずとも、今いるこの世界が小説の中の世界ということはわかった。
そうか、そうだったのね──
それなら私はここで退場になるのだろう。ミリアのことだけは腑に落ちないけれども。
私たちを処刑することはこれからのお兄様の治政に必要なことなのだろう。だから恨んではいない。
(それに、どちらにしても私は……)
それならせめて。お兄様に幸多からんことを──
そんなことを思いながら目を閉じた。
「……エリーっ!」
最後に誰の声か。
遠くで私を呼んだ声が聞こえた気がしたが、そこで意識は途絶えた。
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