1、その罪を、私は知らなかった
「エリザベス、お前は死刑だ」
「お兄……様……?」
お兄様と会うのは、数年ぶりだった。
まさか、こんな場所で再会することになるなんて、思いもしなかった。
今まで見たことのないほど冷たい目が、私に向けられている。
部屋でお茶を飲んでいただけだった。
それが——気づけば、地下牢にいた。
外が騒がしくなったかと思えば、騎士たちが雪崩れ込み、抵抗する間もなく連れ出されたのだ。
外の騒ぎを見に行った侍女のエレナは、無事だろうか——そんなことばかり考えていた。
「お前は……違うと思っていたのにな。俺の見る目がなかったのか……」
「お兄様……どういうことですか……?」
「はっ……まだ理解していないのか。……本当に、救いようがないな。血が繋がっていると思うだけで——吐き気がする」
その言葉と視線から、お兄様が私を嫌悪していることだけは、はっきりと伝わってきた。
けれど、なぜなのかはわからない。
数年ぶりに会えたお兄様。
ずっと——会いたいと願っていた人なのに。
どうして、こんな言葉を向けられなければならないの?
「どうして……そんな……」
言葉を言い終える前に、地下牢の奥が一気に騒がしくなった。
大声で喚きながら、お父様とお母様が連行されてくる。
国王であるお父様と、王妃であるお母様。
その二人が、こんな乱暴な扱いを受けるなんて。
混乱したまま、私はその光景を呆然と見つめていた。
「あ!ジークハルト!!私を助けなさい!」
「お前!!国王である私に何をしているかわかっているのか!!」
「黙れ!!」
騎士の怒声とともに、二人はそれぞれ別の牢へ押し込まれた。
「この私を、こんなところに入れるなんて!」
「ここを出たら──ただでは済まさんぞ!!」
「安心しろ。ここを出る時は、お前たちが死ぬ時だ」
その言葉を放ったのは、先ほどまで私と話していた——お兄様だった。
「し、死ぬだと……ジークハルト、お前……!」
「何度言っても散財をやめず、国庫を食い荒らした。その結果、この国は破滅寸前だ。それでもなお、自分の罪がわからないとはな。よくも国王や王妃などと名乗れたものだ」
「……!!」
するとお母様が、はっとしたように私を見た。
「わ、私は悪くないわ!!あの子が欲しがったのよ!!だから仕方なく与えていただけ!!全部、あの子が悪いのよ!!」
「そ、そうだ!!ワシらは悪くない!!全てあの娘のせいだ!!」
——名前は、呼ばれなかった。
こんなときですら、私の名前を口にしてもらえない。
きっと、覚えていないのだろう。
実の娘の名前すら。
(……ああ、やっぱり)
二人の瞳に映る私を見て、ずっと目を背けてきた現実を、ようやく理解した。
(ああ……私は、ずっとこんな目で見られていたのね)
それは、血の繋がった娘を見る目ではなかった。
まるで、汚物でも見るかのような視線。
その瞬間、心の中で何かが——静かに切れた。
今まで、私は何のために頑張ってきたのだろう。
どんなに努力しても報われなかった理由が、こんなにも単純だったなんて。
「私が知らないとでも思ったか?国のことに関わらず、欲に溺れていたのは周知の事実だ。ここで沙汰を待て。死刑を免れることはない」
お父様とお母様はまだ叫び続けていたが、私にとって、もうどうでもいい存在だった。
それよりも——。
本当に、あの人はお兄様なのだろうか。
私の知っているお兄様は、こんなに冷たくなかった。
いつも「しょうがないな」と言いながら、優しく笑ってくれた。
けれど、目の前の人物は、どう見ても紛れもなくお兄様だった。
背は伸び、あどけなさは消えていたが、それでも。
留学先で、何かあったのだろうか。
そんなことを、まるで他人事のように考えていると——。
「お前もだ、エリザベス」
「……え?」
「自覚がないのか?」
「——だから、お前は害悪なんだ。お前はあいつらと同じだ。宝石、ドレス、嗜好品。何度も買い続け、この国の破滅に加担した」
「……何度も……? 破滅……?」
「最後には、聖女を殺そうとまでした。もう情けは不要だ」
理解できなかった。
何一つ、身に覚えがない。
私は何度も手紙を送っていた。でも返事は一度も来なかった。
王宮の外に出たこともない。
離宮から出ることすら、ほとんどなかった。
破滅? 聖女?
何の話をしているの?
私の表情から察したのか、お兄様は淡々と説明した。
「お前が手に入れていたものは、すべて国民の税金だ。本来、税金は国民のために使うものだ。浪費のためではない。お前の無知は罪だ。世間では、お前はこう呼ばれている。——『悪の王女』だ」
「……悪の、王女……」
その言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。
それだけ言い残し、お兄様は地下牢を後にした。
なぜ、そう呼ばれるのか。
宝石やドレスを買ったことが、そんなにも罪なのか。
『悪の王女』
その言葉だけが、頭にこびりついて離れなかった。
——何日経ったのだろう。
気づけば、お父様とお母様の声も、もう聞こえなくなっていた。
暗い牢の中で、同じ言葉だけが何度も頭を巡った。
「無知は罪だ」と。
確かに、私は何も知らなかった。
城の外の世界を、想像したことしかなかった。
(私は……本当に、何も知らなかった)
親の気を引きたくて集めていた宝石やドレス。
あれが、国の資金だったのかもしれない。
お兄様も、お兄様とともに留学から帰ってきているであろう婚約者も、二度と姿を見せなかった。
私の存在など、恥と思っているか、あるいは忘れられたのだろう。
『悪の王女』
その呼び名は、あまりにも的確だった。
罵倒の声が聞こえることもあったけれど、もう何も感じなかった。
これが、私の運命だったのだ。
カビたパンと、泥水のような水が与えられる。
けれど、食べる気にはなれなかった。
——そして私は、そのまま意識を手放した。
何も知らないまま、何もできないまま。
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