14、薬師見習い
本日2話目です。
廊下を曲がったところで人にぶつかり、耐えることができず尻餅をついてしまう。
「すみません、大丈夫ですか?」
頭上から降ってきたのは心配そうな男性の声。
視線を持ち上げると、そこには多分初めて見る人が立っていた。頑張って覚えたどの人とも特徴が当てはまらない。
(誰かしら……?)
爽やかな雰囲気で榛色の髪に、赤色の瞳は垂れ目だ。整ったその顔立ちに、思わず小説の登場人物かと頭によぎってしまう。
「手を貸してあげたいのですが、あいにく手が塞がっておりまして……」
申し訳なさそうに謝る男の人の片方の腕には、た薬草と思われる草が山盛りになった籠と、もう片方の手には少量の赤い花を持っていた。
「いえっ!私のほうこそすみません!前を見ていなかったもので……」
慌てて自力で立ち上がると、ふと周りの惨状が目に飛び込む。私たちの周囲には鮮やかな赤色の花が散らばっていた。
この男の人が持っていたものを、私とぶつかった拍子に落としてしまったのだろう。
「あぁ!ごめんなさい!すぐに拾います!」
「ありがとうございます、助かります」
その男性も私と同じくしゃがんでくれた。手早く赤色の花を傷つけないように集めていく。
(この人、どうしてこんなにたくさんの花を……?
)
今まで治療院では花を見た記憶がなかったので疑問に思う。そんな疑問の視線を向ける私に気づいたのか、彼は苦笑した。
「これは患者さんたちの気晴らしになればと思い、持ってきたものです」
「そうなんですか……」
「ふふっ僕、怪しく見えます?」
「い、いえ……そんなことは……」
歯切れの悪い私の答えに、彼は笑みを深める。
「僕はラルフといいまして、薬師見習いをしています」
「薬師見習い……」
その職業を聞いて納得した。私は薬の調合室などの方には近づいたことがなかった。
顔を合わせたことがないのは、きっと彼は普段そこにいるのだろう。
「不躾にごめんなさい、私はサラといいます。先日からこの治療院でお手伝いしていて……」
「ああ、話は聞いています。なんでも魔法を使えるとか。……花を拾っていただきありがとうございます。花をこちらに乗っけてもらえますか?」
「あ、はい!」
拾い終わった花を赤い花の方に乗せると、ラルフさんは律儀にお礼を言ってくれる。
「拾ってくださって、ありがとうございました」
「いえ、こちらが前を見ていなかったせいですから。その花は……」
「あぁ、初めて見ますか?これは香りがよく見た目も華やかだと評判だったので、こうして持ってきたのです。少しでも患者さんの気分転換にでもなればと……」
「たしかに、色鮮やかでいい香りがしますね。塞ぎ込んでいる方も多いので、効果があるといいですね」
そんな私も体は疲れていたが、その花の優しい香りで癒されていく。これは時折、病室で香る匂いに似ていた。
「サラさんは、花はお好きですか?」
「ええ。あまり詳しくはないけれど……」
「ただ花が好きということに知識は必要ないですよ。そうだ、もしよければお一つどうぞ」
思ってもいなかった申し出に私は目を見開く。
「……いいんですか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
ラルフさんが腕に乗っている花を私の方に寄せたので、そこから一輪だけ手に取った。
「ありがとうございます。これは、なんていう名前の花なのですか?」
「これはパルマという花です。」
「ペレグ地方ではよく出回っている花です」
「ペレグ……ここから近いですね。サントール国と面していた気が。ラルフさんはペレグのご出身ですか?」
「いえ、生まれはもう少し西の方です」
(曖昧な答えだな……)
なんとなくはぐらかされたようで引っかかりを覚えつつも、私は受け取った花の鮮やかさと甘い匂いに顔を綻ばせる。
「……少し、元気になりましたね」
「え……?」
「花や草木は人の心を癒す力があります。こんな大変な状況だからそこ、これで少しでも患者さん方も癒されればと思うのです」
「ラルフさん……」
「今はこんな状況ですけど、早くよくなってくれればと思うばかりです」
「……私も。少しでも早く状況が好転するように、尽力します!」
「僕たちは仲間ですね!」
「はい……!」
同じ気持ちの人が目の前にいる。ただそれだけで心が元気を取り戻して前向きになれた。
今の状況だって、何かのきっかけできっといい方向に向かうはずだと思えた。
(私が諦めたら、よくなるものもならなくなってしまう)
◯めたらそこで試合終了ですよ、と前世の某バスケ漫画の名言を思い出す。私は花をそっと握りしめてラルフさんに頭を下げた。
「ありがとうございます。元気になりました!」
「それはよかった。……あなたには、笑顔の方が似合いますよ」
「そんなことは……わ、私はそろそろ仕事に戻りますね!」
なんとも口説き文句のような言葉に驚くも、もう一度軽く頭を下げてラルフさんに背を向けた。
「待ってください」
「え?」
振り返ると、爽やかに微笑むラルフさんが私に一歩近づいた。
「サラさん、あなたには何でも惹き寄せる力が働いているのでしょうね……」
(どういうこと……?)
「いつの間についたんでしょう」
薬草の上に花を乗せて、伸びてきたラルフさんの手が、そっと私の髪に触れる。
すぐに離れていったその指には赤い花びらが。
「あっ……」
「もう大丈夫です」
「全然気づきませんでした……ありがとうございます」
重ねてお礼をいった私は、今度こそ、その場を後にした。
──その光景を見ていた人がいるなんて、そのときの私は思ってもいなかった。
「……ふーん……」
灰色の雲が、快晴だった空を再び覆っていた──
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