13、新婚さん
朝食後、街をヴォルとともに歩く。ここはおそらくこの街の大通りと思われるが、やはり人通りは少なく、雰囲気も暗い。
人々はみな怯えたように足早に歩いている。静かで人々の会話も稀にしか聞こえてこない状況だ。
(これは、やっぱり……)
もうすでに伝染病は流行り出したのかもしれない。普段のこの街の様子を知っているわけではないが、そんな予感がした。
ヴォルは何か知っているのだろう。周囲を注意深く観察しているが、何も言わない。
そんな中、見かけたパン屋さんで話を聞くことができた。
「あーあんたたち、よそから来たのかい?」
「そうなんです、昨日着いたばかりで……」
「新婚さんにゃ申し訳ないけど、この街に思い入れがないのであれば、今は長居しない方がいい」
「し、しんこん……?」
側から見れば、そう見えるのか。思わず口元が引き攣ってしまう。
「ん?違うのかい?」
「いえ、そうですよ。妻はまだ慣れてなくて、照れているんです」
ヴォルは例の笑顔でそう言って肩を抱き寄せてきた。面白がっているのが伝わってくる。私はどういう反応をしていいのかわからず、思わず半目でヴォルをみてしまう。
ヴォルは口を動かさずに「合わせて」と小声で言った。ひとまず笑顔を顔に貼り付け、そうなんです。まだ慣れなくて、と言ってみる。
棒読みでも許して欲しい。引き攣っていないといいけれど。
「はっはっは!若いっていいねぇ!美男美女でお似合いだよ!」
「あんた!若い子を揶揄うのはおよし!!」
パン屋のおじさんに笑われたところで、奥様のだろう声が聞こえ、振り向くと工房の方からこちらに来たところだった。
「あらあらまぁまぁ。本当に別嬪さんね」
「べっぴんさん……」
(まぁ、ヴォルは私が認識できるほど顔は整っているものね……)
そんなことを思ってヴォルを少し見上げる。私の視線に気づいたヴォルはにっこり笑みを深めるだけだった。
「でもねぇ、さっきこの人も言っていた通り、今は長居しない方がいい。正直、生活があるからパン屋は続けなきゃいけないが……伝染病が流行っているらしいんだよ」
「伝染病……ですか。らしいっていうのは……?」
何も知らない体で質問すると、奥様は悩ましげにため息をついた。
「病気だから隔離して治療するらしいの。治療院にいった人が戻って来なくなってさ。帰って来ないしお見舞いもだめらしくってどんな様子かもわからない状況なの。でも人数はどんどん増えてるみたいでさ」
「そうなんですか……」
やはり、もう伝染病は広がってきているようだ。一応念のためにと理由をつけて、その治療院の場所も教えてもらうことができた。
◇◇◇
「…あんなに嫌がらなくてもいいのに」
「え?」
「いや、別に?」
パン屋さんを出た私たち再び歩き出すと、ヴォルは何やらおもしろそうにボソッと言った。その言葉は聞こえなかったが。
「──で。今の話聞いた上で、行くの?」
パン屋さんから出て少し歩くと、ヴォルは感情の読めない目で私を見下ろしてそう言った。
そのとき、ヴォルはあえてパン屋さんご夫妻の話を私が自分で聞くように取り計らったのだとわかった。
早くこの街からでていくという選択をさせるために。
それでも、私のすべきことは変わらない。
「……ええ。私の治癒魔法が効くかもしれないし。何か違うこともできるかもしれないもの」
「……ただの好奇心ならやめな。取り返しのつかないことになる」
「…………心配してくれているの?」
「違う。これはそういうことじゃない。甘い考えを持っているのならやめた方がいいと言いたいだけ。そんなに物事はうまくいくものじゃない」
動揺したのか、照れているのか。眉間に深い皺を刻み珍しく早口で喋る。
それでも私のことを本当の意味で心配してくれる人はいなかったから、少し嬉しくなる。
「ふふっありがとう。でもこれは……私がしなければならないことなの」
「だから違うって……はぁ、何を言っても無駄っぽいね」
「うん。ヴォルも私の性格わかってきたのね」
「すぐに何かやらかすってこともよくわかってるよ」
「そ、それは違うわ!」
「あっそ」
そっぽを向いてしまったためそれ以上顔を見ることはできなかったが、今までよりもヴォルを身近に感じることができた。
そして教えてもらった治療院に行った。その治療院は街の外れにあった。
最初は患者のお見舞いかと思われて断られるところだったが、手伝いたいこと、治癒魔法など試させてもらいたいと話すと、院長室に通された。
院長はクマもあり、やつれているように見える。私が手伝いたいことを話すと、院長には両手をあげて喜ばれた。
伝染病のせいで、患者の人数に対しての人員が足りていないようだ。
伝染病だった場合、拡散防止のために人を容易に増やすこともできなかった。
それでもこの状況をなんとかしようと募集したが伝染病の恐怖からか人も集まらず、人手不足が深刻だったようだ。
私は魔法も使えるので、慣れれば出来ることも多いかもしれない、と話すと泣きながら感謝された。
伝染病の詳細を聞くと、大なり小なり差はありつつも最初は手首から肘まで赤い斑点が浮ぶそうだ。怪我でもないし、痛みもかゆみもないらしい。
そしてだんだんと体の節々が痛み出し、それに伴って幻覚や幻聴が聞こえるようになる。最後は体を動かせなくなって、寝たきりになるようだ。
試しにここで1番重症な患者に治癒魔法をかけてみた。
幻覚によって顔を掻きむしったあとがあったが、それは綺麗さっぱりなくなったが、赤い斑点は消えず、それ以外の症状は変わらなかった。
そもそもの話にはなるが、私は聖属性である治癒魔法はあまり適性がないのか、ほんのちょっとした傷にしか使えない。
だからまぁ仕方がないか、と切り替えることにする。何か違う方法で治るようにお手伝いしよう。
ヴォルには条件を出されたが、なんとか渋々ここでのお手伝いを了承してくれた。
治療院内の衛生状態は、一言でいうと悪い。前世のお母さんのお見舞いで行っていた病院と比べてはいけないことはわかっているが、それでも。
人手が足りないと言っていたのがよくわかる。シーツは汚れており、異臭もする。手が回っていないのは明白だった。
そして医師見習いの人たちは、みんな一様に疲れた表情をしていた。
(ひとまず、この人たちを休ませた方がいいのかもしれない……)
この人たちがいなくなったときの地獄絵図が容易に想像できる。
明日は私が雑用を引き受けることを伝え、今日はひとまず帰ることになった。
本当はここに残った方がいいのだが、ヴォルが手伝いの条件として家からの通いということを提示したため、特例ということで院長ものんでくれた。
やはり魔法の使い手は貴重なのだろうか。
そして次の日──
早速たまっていた洗濯物や掃除に取り掛かった。風魔法と水魔法を使って、掃き掃除や洗濯、洗濯物を乾かしたりしたらあっという間に1日が終わった。
掃除をしていると、古い建物だからか黒い何か焦げたような後もあった。
ちなみにヴォルの同伴は必須となっていて行きと帰りは一緒だが、料理を担当してくれている。私は才能がなかったとだけ言っておく。
患者さんは料理がおいしかったのか、院内が綺麗になったからか、昨日よりは顔色がいい。
そんなこんなでやることに忙殺されていると、瞬く間に数日がすぎてしまった。
この治療院の人たちの特徴を必死でメモして覚え、全員の名前と顔が一致するようになったころ
この伝染病の症状、どこかで聞いたことがあるような、と考えごとをしながら歩いているとき、廊下を曲がったときに何かにぶつかった。
「──きゃっ!」
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