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処刑された悪の王女は、贖罪を選ぶ 〜すべてを捨てたはずが、なぜか誰にも手放してもらえません〜  作者: はな


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11、濃い血の匂い




 力尽きるように眠ったせいだろうか。

 目を開けると、部屋はまだ夜の底みたいに暗かった。


 カーテンの隙間にも光はなく、時計は三時半を指していた。


「……早すぎる」


 小さく呟いて目を閉じてみる。

 けれど眠気は戻らず、頭だけが妙に冴えてしまっている。


 布団の中でごろごろするのも落ち着かず、私は観念して体を起こした。


 静かにベランダの扉を開けると、ひやりとした夜気が頬を撫でた。

 灯りはほとんどなく、物音ひとつしない。


 月明かりだけが、屋根と石畳を青白く照らしている。


 少し寒いけれど、嫌じゃない。

 冷たい空気が肺を満たし、頭がすっと冴えていく。


(……これから、どうしよう)


 自分の余命のこと。

 贖罪のこと。


 ぼんやり考えたそのとき、カタン、と小さな物音がした。


 あまりに静まり返っているせいで、やけに大きく聞こえる。

 視線をそちらへ向けると、隣の家の庭先に人影が立っていた。


(あれ……?)


 庭に、長身の男が立っていた。

 こんな時間に、ここにいるなんて珍しい。


 そういえば、まだ引っ越しの挨拶もしていなかったな……なんて、どこか呑気なことを考える。


 目を凝らして確認しようとした瞬間、月が雲に隠れた。


 途端に視界が暗くなる。


(……あ、そうだ)


 隣はグレイキャットの支部だった。

 つまり裏稼業の人たちの拠点。


(もしかして仕事中……?)


 声をかけるのはまずい気がして、なんとなく柵の影に身を隠した。


 音もなく影が落ちた。

 木の上から降り立った誰かが、庭の男の前に片膝をつく。

 雲が流れ、月明かりが二人を照らした。


「処理は済みました」

「痕跡は?」

「残していません」

「ならいい。下がって」

「はっ」


 頭を下げた男は──ふっと、消えた。


(……消えた!?忍者……?いや、そんなわけ……)


 前世の記憶が変な方向に働く。

 でもどう考えても普通じゃない。


 これ、盗み聞きしてるよね。


 急に居心地が悪くなり、私はそっと部屋へ戻ろうと振り返った。


「っ……!!」


 何かに顔をぶつけ、鼻に鈍い痛みが走った。


「な、なに……?」

「気づいていないと思った?」


 涙目になって顔を上げるのと同時に、至近距離で声がした。

 目の前に、穏やかな笑みを浮かべたヴォル。


「ヴォル……!?」


 さっきまで庭にいたはずなのに、どうしてここにいるの。

 混乱する視界の奥で、彼の服についた赤い染みだけが、やけに鮮明だった。


 嫌な予感が、胸の奥をひやりと撫でる。


(……血?)


 悲鳴より先に息が止まり、次の瞬間には口を掌で塞がれていた。

 濃い血の匂いが鼻腔を刺し、鉄みたいな生臭さに頭がくらりと揺れる。


「夜は静かなほうが好きなんだよね」


 にこり、とそれは完璧な笑顔なのに、目がまったく笑っていない。


(こ、怖い……!)


 息ができず、それでも必死に首を振る。

 ぱっと手が離れ、空気が一気に肺に流れ込んだ。

 咳き込みながら、荒く息を吐く。


「ヴォル……血が……!」

「あぁ、これ?大丈夫。俺の血じゃないし」


 すると視界が歪み、次の瞬間には庭に立っていた。


 ヴォルは井戸水で、静かに血を洗い流している。


(……今、何が起こったの?)


 視線が勝手にヴォルへ向く。

 血が彼のものではないとわかった瞬間、胸の奥が、少しだけ軽くなった。


 ──いや、よくないけど。


 そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、私は恐る恐る声をかけた。


「怪我した人は……?」

「あぁ。今頃ぐっすり寝てるよ」


(これ以上聞いちゃダメなやつ……!)


 全身がぞわっと粟立つ。


「今日見たことは他言無用で……いいね?」

「……はい」

「お前の命は、いつでも奪える。理解してる?」


 必死に頷いた。


 死ぬのは怖くない。

 でも、今ここで殺されるのは絶対に嫌だ。

 ヴォルは満足そうに微笑み、背を向ける。


「あ、待って……!」


 思わず手を掴んだ。

 振り返った目は、氷みたいに冷たい。


「俺は仕事以外は手は出さない。けど邪魔するなら……」

「ち、違います! ベランダまで戻してほしくて……!」


 必死のお願いに、ヴォルはぽかんとしてからため息をついた。


「……ほんと、いろいろぶち壊してくれるね」


 次の瞬間横抱きにされ、また景色が歪む。


「転移魔法……?」

「違う。じゃ、おやすみ」


 姿が消えた。


 一人残された私は、どっと力が抜けてしゃがみ込む。


(早起きは三文の徳、のはずなのに……)


 今日のこれは、どう考えても徳じゃない。

 寿命削れた気がする。


 遠くで朝鳥が鳴き始めていた。


 夜が、終わろうとしていた。


読んでいただきありがとうございます!

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